◆第103回全国高校サッカー選手権▽決勝 前橋育英1―1(PK9―8)流通経大柏(13日・国立競技場) 前橋育英(群馬)が流通経大柏(千葉)をPK戦の末に破り、7大会ぶり2度目の優勝を果たした。 10番手までもつれ込んだPK戦は、大会の決勝…

◆第103回全国高校サッカー選手権▽決勝 前橋育英1―1(PK9―8)流通経大柏(13日・国立競技場)

 前橋育英(群馬)が流通経大柏(千葉)をPK戦の末に破り、7大会ぶり2度目の優勝を果たした。

 10番手までもつれ込んだPK戦は、大会の決勝史上最長となった。前橋育英は、いかにして激闘を制したのか。山田耕介監督、選手たちの言葉から振り返る。

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 順番は山田監督が指名した。ポイントは3つあった。

〈1〉2回戦愛工大名電戦(PKスコア6―5)で失敗した主将のMF石井陽を外す

〈2〉相手がデータを持っていることを承知の上で、愛工大名電戦で成功した選手を5番手以内に4人並べる

〈3〉奇策としてGKの藤原を4番手に入れる

 順番は以下の想定だった。

〈1〉MF中村太一〈2〉FW大岡航未〈3〉DF瀧口眞大〈4〉GK藤原優希〈5〉DF竹ノ谷凌駕

 しかし、GK藤原は固持した。「止めることに集中させてください」と山田監督に伝えた。指揮官は「おう、そうか」と反応したという。選手が監督に意見し、それを監督自身も受け入れる関係性があったことは、勝利に結びついた。

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 藤原は11番手に回り、当初は5番手以下だった選手たちが1つずつ繰り上がることになった。

 誰よりも動揺したのは「圏外」の6番手から「最重要番手」の5番手に昇格した、DF鈴木陽だろう。

 しかも鈴木は、直前のPK練習で3回蹴って2回外していた。案の定、外せば敗退の局面で回ってくるわけだが「左に蹴って2回外してたので右に蹴りました。入ってよかった」と胸をなで下ろすことになった。

 PK戦直前、主将の石井はキャプテンマークを外し、守護神・藤原の腕に巻き付けた。藤原は「責任持って止めなきゃと感じました」と震え立った。この主将マークを授ける行為は今後、トレンドになるかもしれない。

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 流通経大柏の先攻で始まったPK戦は、合計10選手が続けて成功。決勝史上初めて、サドンデスに突入することになった。

 スコアボードには、成功を示す〇が並ぶ。この時の心境を、藤原が明かした。

 「チームメートが決めてくれているのに自分が止められていない。止めなきゃ止めなきゃって思いでした」

 8番手でついに展開が動く。藤原が横っ跳びではじき、初めて「×」が流通経大柏についた。

 「決めれば優勝」の局面で、前橋育英のキッカーは2年生のMF白井誠也。今大会のラッキーボーイ的存在だった。山田監督は「これを決めたら、白井の大会だなあ」と考えていた。

 しかし、白井のキックは大きく枠を外した。その場で崩れ落ち、泣き出してしまった。ちなみに、山田監督もこの瞬間、ベンチ前で豪快に崩れ落ちて天を仰ぎ、絶句した。

 取り乱した2年生に駆け寄ったのが、3年生守護神だった。「俺がもう1本止めるから。任せとけ」と泣きじゃくる背中を押した。

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 有言実行の守護神は相手の10人目を止めた。再び前橋育英がリードし、10番手後攻を迎えることになった。キッカーは「たまたま(前に)上がったらボールが来た」とヘディングで同点弾を決めた柴野快仁。

 本人曰く「足が限界だったので」、山田監督曰く「あいつは気が小さいから」、真偽は不明だが、とにかく10番手で控えていた2年生は「来るのかなと思ってたら来ちゃった…っす」と当時の心境を振り返った。

 そんな持ってる男は無事、ヒーローとなった。やや浮かせたキックでGKのタイミングを外す、冷静なキックでネットを揺らした。

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 「ありがとうございました」。泣き腫らした目を真っ赤にした白井の言葉に、藤原は「お前が外したおかげで、俺の見せ場ができたよ」と笑顔を返した。

 整列時には、悔しいはずの流通経大柏イレブンからも「ありがとう」「楽しかったよ」と健闘をたたえる声があがったという。6万人に迫る大観衆の拍手も温かかった。就任43年目、65歳の山田監督は「やっぱり高校サッカーは素晴らしい」とほほ笑んだ。(岡島 智哉)