「山の名探偵」として箱根5区の代名詞になりつつある早大・工藤 photo by AFLO往路3位、復路も粘り強くレースを進めて総合では3位に10秒差の4位。第101回箱根駅伝で久しぶりに存在感を発揮した早稲田大の走りは、チームの屋台骨を4年…
「山の名探偵」として箱根5区の代名詞になりつつある早大・工藤
photo by AFLO
往路3位、復路も粘り強くレースを進めて総合では3位に10秒差の4位。第101回箱根駅伝で久しぶりに存在感を発揮した早稲田大の走りは、チームの屋台骨を4年生がしっかり担い、3年生以下の優れた「個」の成長を促した今シーズンを象徴するものでもあった。
来季は、山を含めた主要区間の箱根出走者も多く残り、有望な新入生も入学予定。三大駅伝では久しく遠ざかっている3強、そして頂点に向け、満を持して強い「臙脂(えんじ)」が復活の狼煙を上げ始める。
【「"うれしい"ではなくて、 "悔しい"」が成長の証】
1月3日、大手町に4番目に帰ってきたのが早大だった。
復路は3位が見える位置でレースを進め、最後まで國學院大と3位争いを繰り広げた。
「3位目標とは言いつつ、"そこまでいかないでしょ"と皆さんは思っていたのではないでしょうか」
結局、3位にはわずか10秒届かなかったが、花田勝彦駅伝監督が言うように、多くの人にとって早大の4位は健闘に映っただろう。
ただ、目標の3位が手の届くところにあっただけに、その胸中は複雑だ。
接戦に敗れたアンカーの菅野雄太(4年)はもちろん、菅野を迎えた駅伝主将の伊藤大志(4年)らの目にも涙が浮かんでいた。
「3位が見えていましたので、やっぱり悔しいっていう思いが先に来てしまいます。選手たちもそういう気持ちでいると思います」
レースを振り返って、花田監督が最初に口にしたのも"悔しい"という感情だった。
その一方で、選手たちの成長に確かな手応えもあった。
「逆に、4位が"うれしい"ではなくて、みんなが"悔しい"と思えるところまでチームが上がってきたことは、成長を感じる内容でした」
花田監督はこう言葉を続けた。
主将の伊藤も仲間たちの健闘ぶりに、胸を張る。
「出雲(駅伝)、全日本(大学駅伝)と3強に手が届かなかったところにいたのが、3位争いができるところまできたのは、チームが成長した証だと思います。最後は國學院とのチーム力の差が出たかなって感じがしますが、僕らは僕らで100%出しきったので、そこはもう悔いのない4位だと思っています。最後は結局、泣いちゃったんですけどね。
菅野をフィニッシュで迎えて、最初に出てきた言葉は『ありがとう、菅野』でした。悔しいっていうよりも、やりきった4位でした。清々しく負けた気がします。満足はしていないですけど、納得のいく4位ではあると思います」
実際、早大が大学三大駅伝(出雲、全日本、箱根)で4位以上の成績を収めたのは、3位に入った2018年の第94回箱根駅伝以来のことだ。花田監督が就任して3年目、チームは着実に力をつけてきていることを示した。
今季の三大駅伝は、出雲6位、全日本5位、そして箱根が4位と、ひとつずつ順位を上げていった。
「出雲はチームの6割ぐらいしか力が出せなくて、次の全日本は8割ぐらい。今回の箱根は、よかった人も悪かった人もいて、チームとしては9割ぐらい力を出したかなと思います」
【4年生の頑張りが今季の成長に】
今季の早大は試合を重ねるごとに力を発揮してきた。とはいえ、花田監督が"9割"というように、今回の箱根駅伝でも取りこぼしがあったのも事実だ。
今回の総合タイムは10時間50分57秒。条件がよかったとはいえ、チームの過去最高タイムを4分24秒も更新した。だが、花田監督が想定していた総合タイムは10時間46分から50分だ。「1区がスローペースだったことを考えれば、ほぼ想定どおり」というが、わずかに届かなかった。
往路に関しては、むしろ「想定よりもよいぐらい」だったと言う。
「1区の間瀬田(純平、3年)がいい出だしでした。2区の山口智規(3年)は少し気負いもありましたが、(前半から飛び出して)ハイペースに持ち込んだことで、崩れたチームもあったと思います。4区の長屋(匡起、2年)も無難につないでくれましたし、3区の(山口)竣平(1年)と5区の工藤(慎作、2年)が非常によい走りをしてくれました」
ルーキーの山口竣平の3区3位の活躍や"山の名探偵"工藤が5区2位(区間歴代3位の1時間09分31秒)の快走を見せ、往路は3位。しかも、3強と目されていた駒澤大と國學院大に先着し、"3強崩し"に向けて最高の形で往路を終えた。
一方で、復路は想定していたタイムよりも3分以上遅かった。
「他大学が崩れてたまたま3位に上がった部分もありました。うちも7区、8区、9区は区間5番、悪くても一ケタ台を想定して送り出したんですけど、そこがうまくいかなかった。彼らの調子自体は上がっていましたが、それぞれプレッシャー等もあり、練習からすると7割、8割ぐらいでしたね」
7区を走った主将の伊藤は、実は12月に入ってから調子がガクンと落ちていたという。
「5000mのインターバルでも、最後の1000mは3分かかったり、距離走でも(1km)4分まで落ちてしまうことがありました。今まで経験したことのない不調で、正直、走れるかなって思っていました」
伊藤は、こう振り返る。2週間ぐらい前から調子が上昇し、出走にこぎつけた。そんな状況でも無難にまとめたのはさすがだったが、エース級の選手だけに、本来求められた役目を果たせたわけではなかった。
3年連続8区の伊福陽太(4年)は、ウォーミングアップ時に体調に不安を感じたという。報告を受けた花田監督は、シード圏外まで落ちることも覚悟した。前回から約1分遅く、快走とはいかなかったが、区間11位で走りきった。
9区の石塚陽士(4年)は、今シーズンは不調が続き、出雲も全日本も欠場していた。それでも、12月頭の日体大競技会10000mでは自分でペースメイクして28分台で走りきり、その後は調子が上向き、「全日本を走れず悔しい思いをして、そこから立て直してきた。だいぶ戻ってきていて、この1年の中では一番良い状態だった」と花田監督は起用に踏みきった。國學院大の上原琉翔(3年)に追いつかれたあと、ラスト3kmでは意地を見せて鶴見中継所には先着したが、区間15位と苦しい走りになった。
宮岡凜太(3年)や吉倉ナヤブ直希(1年)もかなり状態がよかったといい、花田監督はこの3区間のメンバー起用について「最後までどうしようかと悩みました」と言う。
「チーム状況が悪い時に私が就任し、最初に大志を呼んで『お前がキャプテンになった時に優勝を目指せるチームにしような』っていう話をしていました。石塚たちも同じ気持ちでやってきていて、私自身、彼らにかけようと思いました。起用したのは私ですので、私の責任だと思っています。
4位が悔しいと言えるようなチームになったのは、今の4年生の頑張りが大きい。彼らには感謝したい」
最後に調子を上げてきた4年生の意地にかけたのは、決して温情からではなく、根拠があっての起用だった。
昨年末の全日本高校駅伝1区で快走を見せた鈴木はスケールの大きなランナー
photo by Wada Satoshi
【「『来年度は総合優勝を目指す』と言える下地はできた」】
来季に目を向ければ、早大の未来は明るい。もちろんライバル校も手強いが。
「原さん(晋、青山学院大監督)に『来年、早稲田は強いね』って言われました。やっとそう言ってもらえるようになりました」
それもそのはず。5区を攻略した工藤に加え、山下りの6区も、2年生の山﨑一吹が58分台で区間5位と好走した。これまでたびたび課題となってきた山で、アドバンテージが期待できるのは大きい。エースの山口智規や山口竣平も健在。ハーフ1時間2分台の記録を持つ宮岡も、今回惜しくも出番を逃し、ラストイヤーにかける思いは大きい。吉倉や瀬間元輔ら現1年生も、さらなる成長を見せるはずだ。
さらには、年末の全国高校駅伝で1区の日本人最高記録を打ち立てた八千代松陰高(千葉)の鈴木琉胤、3区区間賞の佐久長聖高(長野)の佐々木哲といった強力ルーキーも加わる。
「この春にすばらしい選手が入ってきますが、彼らを箱根駅伝のために育てようとはまったく思っていない。1年、2年積み重ねて、彼らが圧倒的な個になっていくチームづくりをしたい」
花田監督はこう話すが、都大路での走りからも、十分に即戦力としての活躍を望めそうだ。
屋台骨を担ってきた現4年生は卒業するものの、「戦力ダウンはない。年々、戦力は上がっていくと思います」と、花田監督は育成と強化に自信を口にしている。
「報告会でもテレビのインタビューでも、『来年度は総合優勝を目指す』と言いました。そう言えるぐらいの下地はできたと思っています」
大学駅伝三冠を成し遂げた2010年度を最後に"優勝"のふた文字から遠ざかっているが、いよいよ頂点が視野にある。新年度は、早大が久々に大きな注目を集めそうだ。