なでしこジャパンの現在地 長谷川唯男子のサッカー日本代表と同じく、女子のなでしこジャパンの面々も海外でプレーする選手の割合が増えてきた。世界最高峰とされるイングランド女子スーパーリーグのマンチェスター・シティには、なでしこジャパンの中心、長…
なでしこジャパンの現在地 長谷川唯
男子のサッカー日本代表と同じく、女子のなでしこジャパンの面々も海外でプレーする選手の割合が増えてきた。世界最高峰とされるイングランド女子スーパーリーグのマンチェスター・シティには、なでしこジャパンの中心、長谷川唯(27歳)が所属している。そのプレーぶりを現地取材した。
【マンチェスター・シティではアンカーでプレー】
なでしこジャパンでは、攻撃で唯一無二のアクセントを創出する長谷川唯。16歳から日テレ・ベレーザに飛び級し、その非凡さを披露していた彼女は、世代別代表でもチームの中心となって活躍、20歳でなでしこジャパン入りを果たした。157㎝と小柄ながらそのプレーは誰よりもクレバーで、ピッチ上でその存在感が薄れることはない。
イングランド女子スーパーリーグのマンチェスター・シティでプレーする長谷川唯
photo by Hayakusa Noriko
24歳の時、長谷川はミランへの移籍を決意し、日本を飛び出した。その後、瞬く間に世界最高峰とされるイングランド女子スーパーリーグまで駆け上がった。最初に所属したウェストハム・ユナイテッドは常勝チームではないものの、強豪相手にも彼女の意表を突くパスセンスや高い予測能力が霞むことはなかった。
2022-23シーズンにマンチェスター・シティに移籍すると、今度は彼女の守備能力が開花する。イングランドでプレーする選手から選出されるPFA年間ベストイレブンにも2シーズン連続で選ばれるなど、長谷川の魅力に今や世界が注目している。
現在、彼女が所属するマンチェスター・シティはシーズン中盤において、チェルシーに続き勝ち点6差の2位につけている(12月15日第10節終了時)。長谷川が託されているのはアンカーだ。
「ゲームのなかではバランスを取ることが多いポジション。そこでボールを取りきる力はイングランドに来てから成長した」と本人は語る。世界各国の代表クラスのストライカーやチャンスメイカーが繰り出す攻撃の芽を、小さな長谷川が豊富な運動量で摘んでいくのだから痛快だ。しかし、シティにおいて彼女の存在が大きくなればなるほど、相手は警戒を強める。当然、今シーズンはやりづらいことも増えたという。
「最近はマンツーマンでマークにつかれることが多いんですよね。だからビルドアップでも相手を引き連れることが多いので、面白くはないですけどそれでもやらなきゃいけないので(苦笑)。自分はこのチームに入った時から守備が楽しくて、ボールが出て来そうなところのカバーやインターセプトはやっていて楽しいし、自分の好きなところでもあるので、そこの強みはしっかり出せてるかなって思います」(長谷川)
なでしこジャパンの浜野まいかがいるチェルシーは、現在無傷で首位を独走している。シティが今シーズン初黒星をつけられたのもチェルシーだった。タイトル奪取には倒さなければならない強敵である。隙のない戦いを見せ続けるチェルシーだが、リーグ2巡目は何が起こるかわからない。
「首位のチェルシーがどこかで負けない限り、自分たちは逆転が難しい位置だとも言えるので、他のチームは気にせずに1試合1試合勝つことが大事。でもここ最近は得点のところが寂しくて......ボールを大事にしすぎてチャンスメイクができていないのを感じています。
去年の勢いがない......。監督のやりたいサッカーに合わせていく過程だというのもありますが、もっとクロスとかリスクのあるプレーを前(の選手たち)は選択していかないと、なかなか得点の匂いがしない」(長谷川)
長谷川の位置は全体が見えるだけに、攻撃への本音もこぼれた。
【イングランドでは日本人対決が多い】
シティには今シーズンからなでしこジャパンの藤野あおば、清水梨紗(リハビリ中)、そしてGKの山下杏也加が加わったが、他にも日本人選手が続々とイングランド女子スーパーリーグに参戦し、日本人対決も増えた。取材した試合の対戦相手レスター・シティでは、元なでしこジャパンの宝田沙織、籾木結花がプレーしている。
長谷川と籾木は、日テレ・メニーナ時代から苦楽を共にしてきた戦友でもある。試合前後、長谷川の表情に昔の幼さが滲んだのは籾木との対戦だったからだろう。ピッチ上ではアンカーの長谷川と、前線に入っていた籾木はガッツリとマッチアップすることはなかったが、互いの位置を常に意識する配置にはあった。
「モミとはずっと一緒にやってきたので、自分と対峙してない時のモミの動きを見たりとかすると『モミっぽいな~』ってプレーがあって楽しいです。でも、どちらかと言えば一緒にサッカーをやりたいですよ(笑)」(長谷川)
長谷川がニヤリと籾木を見れば、すかさず籾木からも返答が。
「チームメイトが後ろから『行け~!』って言うんですけど、『でも自分が前に行ったら、ここの唯が空くのに大丈夫なのかな?』って思いつつ、『じゃ行くよ?』って行ったらやられたので『そりゃやられるよな』って(笑)。唯の動きを見て『この感じ、この感じ』って思いながらプレーしてました」(籾木)
日本人対決にそれほど心は動かされないとする長谷川でも、相手が籾木となれば、その心境は異なるようだ。試合は大量リードを得たこともあって、通常よりも攻撃に絡む長谷川の姿もあり、彼女らしさを満喫できた一戦だった。
長谷川唯と籾木結花。対戦後の2ショット
photo by Hayakusa Noriko
この日のスタジアムには日本人の姿が多く見られた。日本人選手が集まるということで地元・マンチェスター大学の学生に声がかけられていたという。マンチェスターの街中は学生も多く活気があり、住みやすそうだ。
「特に観光地があるわけじゃないんですけど、ブランチの美味しいところがたくさんあります! オフの時は10時から12時位の間にどこかに歩いていって、並んででもブランチを食べたりしてます。日本ではあまりブランチの文化はないですけど、こっちでは気軽にそういうのを楽しんでます」(長谷川)
ロンドン市内には負けるが、マンチェスター界隈にもマンチェスター・ユナイテッドをはじめ、レスター、リバプールなど熱量のあるフットボールチームが集まっている。そんな環境に身を置く長谷川は、どんなことを感じ取っているのだろうか。
「まずサッカーをやっていて楽しいです! 日本もこうなってほしい気持ちはあるけど、難しいですよね。これはもう文化だから。代表や地元のチームの結果が出れば、日本でもこういうふうに盛り上がったり、フットボールが日常の環境になるかと言われると、そうではないじゃないですか。ここは男子のフットボール文化が根底にあるからだと思うし。
日本の女子サッカーのよさはそういうのとは別にあると思うので、海外とは違う魅力、日本人ならではの魅力を伝えていければ、もっと見てもらえるんじゃないかなって、ここでプレーするから感じることもあります」(長谷川)
【なでしこジャパンに足りないと感じていたところ】
なでしこジャパンでは攻撃においての期待も高い長谷川だが、パリオリンピックでは守備を大前提とした戦い方で、2023年の女子ワールドカップ同様に準々決勝敗退。ベスト8の壁を越えることはできなかったが、彼女は力の限りは尽くした結果だと前を向く。
「自分たちがボールを持って主導権を握ってサッカーをするというのは、パリオリンピックの段階で自分たちにはできなかったと思います。本当にそれをやるんだったらゴールキックのつなぎから、ポジショニング、サポートの角度、出した後のスピード......。基本的なことですけど、そこが本当に大事になってくる。みんながそれをできるチームしか主導権は握れないんです。自分は代表にはそこが足りないと感じていました」(長谷川)
なでしこジャパンの新指揮官ニルス・ニールセン監督は、直前までマンチェスター・シティ女子チームのテクニカルダイレクターを務めていた縁がある。就任会見時には「彼女(長谷川)は、言葉は少ないがピッチで存在感を示す。ハードなタックルはしませんが、今季のイングランド女子スーパーリーグでのボール奪取率が1位だった」と語り、長谷川への評価は高く、信頼は厚い。
2021年東京オリンピックからの3年間の戦いで、なでしこジャパンは外国チームの強度がどういうものかを叩き込まれた。そして今は海外クラブに所属する選手が多く、そのほとんどがここからフィジカル、経験値ともに成熟期に差し掛かっていく。この先4年間での個々のレベルアップは過去最大幅になることが予想される。
そして、なでしこジャパンのスタイルに影響を受け、2018年から4年間でスイス女子代表を簡単に負けないチームに押し上げたニールセン監督は、なでしこジャパンの戦い方、日本人のサッカー観に理解が深い。
新チーム始動を前に、今、長谷川が思い描く次なる"なでしこジャパン"の姿とは?
「自分としては、つなぐサッカーは目指したいです。どうボールを動かすか、そのためのポジショニングをチームに落とし込んでいくのが一番いいのかなと思います。やっぱり日本人って頑張れるし、みんなでやるべきことを成し遂げようとする力がある。チームとしてちゃんと共有できれば、結果もついてくると思うんです。
個人的にはシティみたいな形のサッカーができるのが理想ですけど、そこは新監督の考えもあるので、自分がフィットしていかないといけないところ。そもそもまずは、代表メンバーに選ばれないといけないので、個人のプレーも大事にしながらここでプレーを磨いていきたいです」(長谷川)
ニールセン監督のイメージと大きな乖離はなさそうだ。長谷川が新生なでしこジャパンにおいてどのような役割を担うのか、本格始動となる2月のSheBelieves Cupが楽しみだ。