中野信治・インタビュー F1 2024シーズン総括 前編(全3回) F1の2024年シーズンのドライバーズ・チャンピオンは、レッドブルのマックス・フェルスタッペンが獲得し、4連覇を達成した。 しかし、タイトル獲得までの道のりは困難の連続だっ…

中野信治・インタビュー F1 2024シーズン総括 前編(全3回)

 F1の2024年シーズンのドライバーズ・チャンピオンは、レッドブルのマックス・フェルスタッペンが獲得し、4連覇を達成した。

 しかし、タイトル獲得までの道のりは困難の連続だった。シーズン中盤以降はマクラーレンのランド・ノリスが躍進し、フェルスタッペンは11戦も勝てないレースが続いたのだ。それでも王者は新たな挑戦者の攻撃を凌ぎきった。

 両者の勝敗を分けたポイントは何だったのか? 元F1ドライバーで解説者の中野信治氏に聞いた。



フェルスタッペンと王者を争ったノリス photo by Sakurai Atsuo

【ターニングポイントとなった接触】

中野信治 2024年は近年稀に見る接戦となり、非常に見ごたえのあるシーズンでした。開幕からの前半戦はレッドブルの優位で始まりましたが、シーズン途中、マクラーレンが調子を上げてきました。同時にランド・ノリスも力を発揮し始め、マックス・フェルスタッペンとの戦いが勃発しました。

 第11戦オーストリアGPでフェルスタッペンとノリスが激しい首位争いを演じ、結果的に両者は接触。ともに勝利を逃すことになりましたが、あのレースが今シーズンのターニングポイントだったと思います。ノリスはフェルスタッペンを倒してチャンピオンを獲るためにはこれまでの戦い方では勝てない、変わらなければならないと理解したと思います。

 そのオーストリアGP以降、ノリスは戦う姿勢を全面に押し出して、戦闘モードでレースに臨むことになりました。そこからがノリスとマクラーレンにとって本当の意味でのタイトル戦線がスタートし、レッドブルとマクラーレンの両陣営による見ごたえのあるバトルが展開されました。

【相手を心理的に追い詰めた王者の気迫】

 でもシーズンが終わってみれば、フェルスタッペンがノリスよりも一枚も二枚も上手だったという結果となりました。最終的なドライバーズポイントは、4連覇を達成したフェルスタッペンが437点、2位のノリスが374点で、両者の間には大きな差がつきました。

 なぜここまでの差がついたのかと言えば、劣勢に立たされた時の戦い方の違いだと思います。クルマが速い時に勝つのはフェルスタッペンの能力であれば当然なのですが、シーズン後半戦にはクルマの実力が4番目、5番目というレースもありました。そんな時でもダメージを最小限に抑える戦いができる。そこが彼の強さです。

 フェルスタッペンはタフなドライバーで、ポジションを守るために時には議論を巻き起こすドライビングをすることがありました。ドライバー目線で「白か黒か」と聞かれれば、限りなく黒に近いグレーというケースもありましたが、フェルスタッペンはアグレッシブな走りでノリスに対して大きなプレッシャーをかけていました。

 仮にペナルティを1戦もらったところで、それ以上に相手を心理的に追い詰めるという意味ではすごく効果的だったと思います。絶対に引かないという走りや気迫は、ドライバーにとっては基本の「き」の部分なんです。



2024年のF1について振り返る中野信治氏 photo by Murakami Shogo

【チャンピオン争いは究極の精神戦だった】

 ノリスはもともとすごく性格がいいように見えますが、対してフェルスタッペンは勝つことが当たり前で、ある意味、自分が負けるとは思っていないところがあります。そんなフェルスタッペンに対抗するためにノリスは今シーズン、自分の本来のスタイルじゃない戦い方をせざるを得なかった。大きなエネルギーが必要で、精神的にキツかったでしょう。

 ノリスは顔にマスクをして、本来の自分とは違う人間になって戦っていたイメージだった思います。そうしないとフェルスタッペンに勝てない。2010年代に当時メルセデスでチームメイトだったルイス・ハミルトンと激しいチャンピオン争いを繰り広げたニコ・ロズベルグの姿が重なりました。

 ロズベルグとハミルトンは幼い頃からの親友でしたが、チャンピオン争いが激化するにつれて関係が変化し、最後はほとんど口も聞きませんでした。ロズベルグは2016年にハミルトンを倒してタイトルを獲得しましたが、それぐらいしなければハミルトンに勝てなかった。

 モータースポーツはメンタルの戦いでもあります。今シーズンのチャンピオン争いは究極の精神戦でした。フェルスタッペンは、完全にノリスの「気持ちを折る」戦いをしてきました。プレッシャーをかけ続け、相手をつぶしにいきました。そういう戦いをされると、ノリスは何ともないと思っていても、どこかで必ず遠慮するというか、ボディブローのように効いてくる。

 それがフェルスタッペンの強さだし、最後には誰もが認めざるを得ない速さもありました。少なくとも今シーズンに関してはフェルスタッペンの完勝だと思います。実際、最終戦アブダビGPが終わったあとのノリスのインタビューにすべてが表われていると思います。「やっぱりフェルスタッペンと戦うのはラクじゃなかった」としきりに言っていました。この言葉がすべてを物語っています。

 もうひとつフェルスタッペンの勝因を挙げるとすれば、レッドブルのチーム力です。マクラーレンのマシンに圧倒的なスピードがあり、ノリスは一時的にフェルスタッペンとのポイント差をひっくり返すくらいの勢いがあったのですが、結果的にフェルスタッペンが守り抜いた。その背景にはレッドブルのスタッフの力がありました。

 走らないクルマを何とか勝負できるようにするために、レッドブルはチームのすべての知見を集結させ、決勝がスタートするギリギリまで努力を重ねていました。レッドブルのチームとしての勝利へのこだわりというか、執着のようなものを感じました。今シーズン、速さという点でマクラーレンが上回っていましたが、強さという面ではレッドブルとフェルスタッペンに分があったということだと思います。

【来シーズンはノリスに勝機あり?】

 ただ、来シーズンに関しては状況が異なります。このオフから開幕戦までの間、ノリスとマクラーレンはしっかりと準備ができます。人間の根本的な性格は変わらないですが、準備していけば、ノリスは今年よりは少しラクに戦えると思います。

 あとは慣れですよね。フェルスタッペンのような相手との勝負に慣れていなかったので、それに対抗するためにアグレッシブにいこうとしてミスを犯すケースがどうしてもありました。結局のところ、マクラーレンは自分たちの時間軸とかけ離れたスピードでマシンが速くなってしまい、ドライバーとチームも戸惑ってしまったんです。そもそも彼らは今年、自分たちがチャンピオン争いをするとは思っていなかったはず。

 だから戦略的なミスをしたり、ノリスとチームメイトのオスカー・ピアストリのどちらを優先するのかという点でもちょっと優柔不断なところもあったりしました。その結果、かなりのポイントを失いましたが、レースを重ねるごとに少しずつ修正し、コンストラクターズ・チャンピオンに輝きました。

 マクラーレンのクルマのポテンシャルを考えると、来シーズンはノリスがタイトル争いの中心になるはずです。レッドブルはマシンが急に速くなるとは思えませんので、フェルスタッペンにとっては厳しいシーズンになるかもしれません。

 それでもノリスはフェルスタッペンを警戒しているでしょう。同じドライバーとしてノリスはフェルスタッペンの強さを誰よりもわかっているからです。今年、クルマの性能が明らかにいい状態でも、タフな戦いを強いられた。もし同じクルマに乗っていたとしたら、もっと厳しい勝負になっていただろう......そうノリスは心のなかで思っていると思っているでしょうね。

 チームメイトのピアストリも速いですが、まだスピードセンスという部分ではノリスに及ばないところがあります。今シーズンもずっと走行データを見てきましたが、ピアストリはノリスのすごく近いところには来ているのですが、ブレーキの使い方や高速コーナーでのマシンの走らせ方などで、まだノリスに分があります。

 コース特性によってはピアストリのドライビングのほうが合うところもありますが、総合的にはノリスのほうがまだ上だなと思わせるようなデータが多い。それは、もしかしたらマクラーレンのマシンがノリスのドライビングスタイルに寄っていることが原因なのかもしれません。

 もしピアストリが来シーズン、マシンとピタッと合うドライビングができ、ノリスに匹敵するスピードを手に入れた時は、一気にチャンピオン争いに名乗りを上げてくると思います。

 そうなったらハミルトンとロズベルグがコンビを組んでいた時代のメルセデスのように、チーム内のバトルは相当激しくなるでしょう。マクラーレンとしてはうれしい反面、さらにドライバーのハンドリングが相当難しくなっていくと思います。

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【プロフィール】
中野信治 なかの・しんじ 
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのカートおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、ホンダ・レーシングスクール鈴鹿の副校長として、F1参戦を目指す岩佐歩夢をはじめ、国内外で活躍する若手ドライバーの育成を行なう。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や毎週水曜のF1番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当。