エンゼルス時代の2021年、コミッショナー表彰時の大谷(右はマンフレッド氏)。この時、ネルソン氏が司会を務めていた photo by Getty Images第3回(全3回):MLBチーム初のアジア系実況アナインタビューロサンゼルス・ドジャ…
エンゼルス時代の2021年、コミッショナー表彰時の大谷(右はマンフレッド氏)。この時、ネルソン氏が司会を務めていた
photo by Getty Images
第3回(全3回):MLBチーム初のアジア系実況アナインタビュー
ロサンゼルス・ドジャースの世界一に大きく貢献した大谷翔平(30歳)と、その活躍ぶりをMLBチーム初のアジア系実況アナとして伝え続けた日系4世のスティーブン・エツオ・ネルソン氏(35歳)。
ネルソン氏は自身の実況に信念を持っている。日系人であるにもかかわらず、実況に日本語を織り交ぜない、という信念だ。
その理由には、ルーツである日本に対しての誇りと敬意が込められている。
第1回:大谷翔平とともにMLB史に名を刻んだ日系4世実況アナ
第2回:日系4世のドジャース実況アナの目に大谷翔平はどう映ったか?
【英語実況のなかに定着した日本語】
大谷翔平と2023年からドジャースの実況を務めるネルソン。実はふたりが初めて出会ったのは2021年のワールドシリーズでのことだった。その年、大谷は二刀流での活躍が評価され、ロブ・マンフレッドコミッショナーから「コミッショナー特別表彰」を受けることになった。表彰式は球場の記者会見場で行なわれ、司会を務めたのがネルソンだった。
最初は英語だったが、途中から突如日本語に。
「日本のメディアの皆さんこんばんは、MLBネットワークのネルソン・エツオと申します。次はマンフレッド・ロブさんから大谷選手に特別な発表がございます。下手な日本語で失礼しました」
大谷はうなずきながら聞いていたが、コミッショナーが「Nice chat with Japanese!(日本語でのおしゃべりも上手じゃないか)」と笑顔で引き継ぐと、神妙な面持ちだった大谷も笑顔が広がり、表情が柔らかくなった。
「そのセレモニーで使った日本語は、叔母のグレース・ナカモトに手伝ってもらいました。彼女は日本語が流暢で、かしこまった表現からカジュアルな言い回しまで、いろいろと教えてくれた。でもやっぱり、日本語は難しい。
正直、あの時はとても緊張していました。キャリアのなかで一番緊張していたと思います。口ごもってしまったし、話すのもたどたどしかった。自分の日本語が失礼に聞こえるのがすごく嫌だったんです。ただ、表彰式のあと、翔平が『あなたの日本語はA+だよ』と言ってくれて、すごくうれしかった」
ロサンゼルス・エンゼルス時代の大谷の試合で、エンゼルスの実況アナたちは片言の日本語を使いながら実況を盛り上げていた。初代のビクター・ロハスは「ビッグフライ、オータニさん」で一躍有名になった。次に担当したマット・バスガーシアンは、投手・大谷が三振を奪うと「座ってください」と言い、ホームランを打った際には「ショーへイ、キュンです」など、日本語を使った遊びを楽しんでいた。発音は独特だったものの、それが日本の野球ファンの間で好意的に受け入れられた。
【日本語を使うことに敏感になる理由】
しかしながら現在ドジャースの実況を務めるネルソンは、中継のなかで日本語を使うことはない。「日本語を知っているのに、なぜ使わないのか」と問うと、こう答えた。
「私が日系人だから、日本風の言葉を使うのではないかと周囲は期待するかもしれません。実際、私も考えたことがあります。翔平がグランドスラムを打ったときに、『マンルイホンルイダ』と言おうかな、とか。でも、実況アナとしては、ほかの人が使っているフレーズを真似するのは避けたいんです。ビクター・ロハスは日本人ではありませんが、彼は翔平のホームランをそう表現すると決め、それが彼のスタイルになった。私は自分のやり方でいこうと決めました。
さらに、ドジャースの試合を中継する『スポーツネットLA』の視聴者の多くは英語を話し、英語で聞いているという現実もあります。もし私が日本語で何かを言ったとしても、彼らが理解できなければ意味がない。そのあたりのバランスを取ることが大切だと感じています。私は日系人としてのバックグラウンドを大切にしていますが、過剰に強調したり、余計なことはしたくないと思っています」
加えて、日本語を公共の場で話すことについては、コミッショナー特別表彰の時と同様、とても神経質になると明かした。
「日本語をもっと理解できるようになりたいとは思いますが、日本語を話すことがどうしても怖いんです。あなた(筆者)のように、第二言語を使いこなす人たちを見ると本当に感心します。私にとって、第二言語を話すのは無防備になっているような感覚がある。言葉が正確かどうかわからないし、誰かに失礼なことを言ってしまうのではないかと心配です。そもそも言語の構造も違う。だから日本語を話すとすごく緊張してしまうんです」
この説明を聞いて、アメリカ社会でマイノリティとして生きることの意味について改めて考えた。加えて近年アメリカのスポーツチームがインディアンズ(MLB)やレッドスキンズ(NFL)といったアメリカ先住民にちなんだニックネームを使うのをやめた理由についても考えた。
アメリカ先住民は何世代にもわたって土地や文化を奪われ、強制移住や虐殺といった過酷な歴史を経験してきた。このため先住民の文化やシンボルを使うことは、過去の痛ましい歴史を軽視することにつながり、マイノリティに対するステレオタイプ的なイメージを助長することになる。すなわちそうした行為は、その末裔の人々にとって侮辱的に感じられるという説明だ。
すでに書いたようにアフリカ系アメリカ人や日系人も長年にわたってステレオタイプの偏見に苦しんだ。差別を直接経験し被害にあってきた人たちだからこそ抱く感じ方がある。
日本のメディアにたびたび登場し、その印象的な髭をたくわえた風貌で日本でもおなじみとなった『ロサンゼルスタイムズ』紙のディラン・ヘルナンデス記者も日系人である。その彼は、2023年にエンゼルスが恒例化していた、ホームランを打った際、ダグアウトで武将の兜をかぶせるセレブレーションについて、現地の日系人で違和感を抱いた人が少なからずいたという話を教えてくれた。
ネルソンはひとりの日系人にすぎないが、パイオニアとして彼がマイクを通して発する言葉は、日系社会を代表する。だから言葉に対して敏感で、とても慎重になってしまう。
MLBチームで初めてアジア系の実況アナになったことについて、ネルソンはこう語った。
「初めてであることはすばらしいですが、決して最後であってはならない。私のあとにも日系の実況アナウンサーが続いてくれることを願っています」
だからこそ、軽々しく日本語で言葉遊びなどできない。筆者はそう推察したのである。