「フィギュアスケーターにとって夢の場所」。それが全日本選手権という舞台だろう。たどり着くために心血を注ぎ、出場するだけでも栄誉だが、いつしか表彰台の高いところに立つ誘惑にも駆られる。そこには当然、濃厚な光と影が出る。 ショートプログラム(S…

「フィギュアスケーターにとって夢の場所」。それが全日本選手権という舞台だろう。たどり着くために心血を注ぎ、出場するだけでも栄誉だが、いつしか表彰台の高いところに立つ誘惑にも駆られる。そこには当然、濃厚な光と影が出る。

 ショートプログラム(SP)からフリー、その狭間だけでも物語は生まれる。それは勝者だけでつくるものではない。"敗れざる者"がいることで成立するのだ。

【前回躍進の上薗恋奈は悔しい結果】

 ジュニアの14歳、上薗恋奈は「彗星のように現われた」スケーターと言えよう。昨年の全日本では、13歳で総合4位に躍進。少女ながら大人顔負けの表現力を見せ、脚光を浴びることになった。

「5歳からスケートを始めて。五輪での金メダルという夢を掲げました。今もその目標に向かってやっています!」

 今年5月のインタビューで、上薗はそう明かしていた。「トリプルアクセルにも挑戦したい」と野心的に言い、夢には思えないほどの現実味があった。



ジュニアながら2年連続で全日本選手権に出場した上薗恋奈

 しかし、今回の全日本ではSPで26位と低迷した。3回転ルッツで転倒、ダブルアクセルは成功も、フリップトーループのコンビネーションジャンプも思うようにいかなかった。スピンはオールレベル4で地力を見せたが、24位以上のフリー進出の道を阻まれた。

「ジャンプが決まらず、悔しい試合になってしまいました。力が入ってしまったのかなって」

 演技後、上薗は必死に言葉を紡ぎ出した。今年は全日本ジュニア選手権でも5位(昨年は3位)だった。心身ともに成長するなか、アジャストさせるのは簡単ではない。

「坂本花織さんのあと(の順番)で滑らせてもらったのは、すごくいい経験で。いつもの花織ちゃんとは違う雰囲気で、自分でもオン・オフを切り替えられるようにしていきたいと思いました。次の試合では納得できる演技ができるように」

 14歳はすでに前を向いていた。あらゆる経験が彼女を成熟させるはずだ。

【フリー棄権の三原舞依は後輩にエール】

 一方、全日本では過去7大会すべてで5位以内に入り、2022年は2位だった三原舞依は、今年の全日本SPは23位だった。そして翌日、フリー棄権が発表された。本人は決して自ら明かさなかったが、足首や股関節のケガで十分に追い込むこともできなかった。

「集中力の天才」

 そう言われる彼女だが、限界を超えていたのだ。

「GPシリーズが終わって......最後の1週間の追い込みで、苦しい時間があって追い込みきれませんでした。それが今日のショートに出てしまって」

 三原はそう言って、気丈に説明していた。

「たくさんの選手がいろんな痛さや不安な面を抱えながら努力を積んで、試合でも全力以上を出せているんだと思います。そこが(今回自分は)うまく合わせられなくて。でも、多くのスケーターが目指す全日本という舞台で、諦めずに滑り続けるというのはできてよかったなって思います」

 そして彼女らしいのだが、三原は自分のことよりも同門の後輩である三宅咲綺を労い、エールを送っていた。

「(三宅)咲綺ちゃんは、全日本までの期間の練習をすごく頑張っていました。6分間練習が終わり、控え室で(三宅の演技への)声援を聞いていたら、大丈夫だなって思いましたね。(次の順番で自分が)リンクインする時に咲綺ちゃんの満面の笑みを見られて、私もすごく幸せでした。頑張っている姿を見ていたので、試合で出しきれてうれしいなって」

 彼女の思いは、しっかり結びついている。その絆がフィギュアスケートの核にあるのだ。

【殻を破った三宅咲綺は自己最高順位】

 絆を感じているのは、三宅も同じだった。リンクに入る三原の背中へ励ましの声をかけていた。託すような気持ちがあって、表現者になれるのだろう。



三宅咲綺は自己最高の総合9位に入った

 三宅はSPで会心の演技を見せた。冒頭の3回転トーループ+3回転トーループを決めるなどすべてのジャンプを着氷。8位に躍進した。

「自分のなかで、ジャンプの出来としては80点くらいだったんですが......本番で決められたのはよかったです」

 三宅は言う。全日本は2018年から出場しているが、これまで最高は12位で無念さが募っていた。昨年も16位だった。

「2022年は(最終グループの)フリーで場違いじゃないかってもの怖じしてしまい、去年はショートで転倒し、フリーも2本ジャンプを失敗して......悔しい思いをしていて。絶対、ここ(全日本)に帰ってくると思っていました」

 三宅はそう言って、殻を破ったきっかけを明かした。

「(高橋大輔プロデュースの)『滑走屋』に出演させてもらい、氷の上で16時間も過ごしました。経験したことがなかったので、これがプロの技で、そこまでしないと人前で滑れないという大輔さんのプロの根性を見せてもらって。本当に『滑走屋』に出られてよかったです。今年は(全日本の舞台が)ふさわしいと思って頑張ることができました」

 フリーの演技、三宅は堂々たるものだった。9位と健闘。総合でも9位に入り、彼女はひとつのボーダーを越えた。

【中井亜美は涙のSPから巻き返し】

 SPが終わったあと、溢れ出す涙をティッシュで拭いていたのが、ジュニアの16歳、中井亜美だ。得意のジャンプで得点を伸ばせず、21位スタートだった。

「(フリーまで)1日空いて、気持ちを切り替える時間はあるので。まずはリベンジって自分に言い聞かせて......絶対にトリプルアクセルを2本決めます」

 中井は震える声で言った。

「フリーに通れたからには、やるしかないって。最後は気持ちかなって思っているんで。4分間は一瞬だし、後悔したくないから、笑顔で終われるように」

 そしてフリーで中井は、トリプルアクセルを2本降りた。宣言どおり、1本目はトーループとのコンビネーションだった。結果、フリーは12位と巻き返し、総合15位にまで順位を上げた。大会後には、世界ジュニア選手権出場も決まった。

 夢の舞台である全日本では、SPからフリーの狭間でもいくつものドラマがあった。道を閉ざされた者も、挽回できた者も、そこで生まれる思いが彼女たちを研磨する。氷上で輝く、敗れざる者たちの物語だ。