和歌山南陵高校が挑む再建への道(後編)前編:「レゲエ校歌」で話題の和歌山南陵、廃校寸前から再建への道はこちら>> 和歌山南陵高校の体育館は、いつも静かだ。部員同士で必要最低限の声をかけ合う以外は、ボールが弾む音やバスケットシューズが擦れる音…
和歌山南陵高校が挑む再建への道(後編)
前編:「レゲエ校歌」で話題の和歌山南陵、廃校寸前から再建への道はこちら>>
和歌山南陵高校の体育館は、いつも静かだ。部員同士で必要最低限の声をかけ合う以外は、ボールが弾む音やバスケットシューズが擦れる音ばかりが響いている。
和歌山南陵バスケットボール部ヘッドコーチの和中裕輔は、「必要な声があればいい」という方針だ。
「練習を声で盛り上げて雰囲気をつくるのも大事ですけど、それでやる気を出しているようでは試合会場の雰囲気にのまれてしまうイメージがあるんです。私は選手自身のなかでモチベーションを持って、必要な時に『こっちやで!』とか声を出せることを大切にしたいんです」
部員5人でウインターカップに挑む和歌山南陵バスケ部
photo by Kikuchi Takahiro
【5人で戦うウインターカップ】
部員わずか6人のバスケ部は、今夏に快進撃を見せた。体力の消耗を避けるため、「走らないバスケ」を標榜。高校バスケにありがちな「走り合い」を避け、ゆっくりと時間を使う戦術に徹した。
一定の結果も出た。近畿大会でベスト4に進出し、インターハイに出場。初戦の延岡学園(宮崎)戦は75対67で勝利し、2回戦に関東大会王者・八王子学園八王子(東京)に54対96と敗れている。
冬のウインターカップでは、6人で日本一を狙う──。
そう力強く宣言していた和歌山南陵バスケ部だったが、ウインターカップを前に大きなアクシデントに見舞われた。
いつもは部員6人が動き回る練習風景のはずが、今は5人しかいない。主将を務める二宮有志は言う。
「イドリスがいなくなって、最初の頃は『しんどいな』と思っていました。でも、今はもうしょうがないと切り替えて、前を向いて練習しています」
ナイジェリアからの留学生であるアリュー・イドリス・アブバカが、進路の都合で帰国。当初はウインターカップまでに日本に戻ってくる予定だったが、11月下旬にアブバカから和中のもとに「やっぱり無理です」と連絡が入ったという。
和中は達観した表情で「今はなんとか5人で1回戦を勝ちたい、というモチベーションでやっています」と語った。
アブバカは身長205センチのセンターで、攻守の大黒柱だ。インサイドに強いだけでなく、ドライブで切り込むスピードや3ポイントシュートを放つ器用さも兼ね備えるオールラウンダー。アブバカを欠き、しかも残された選手全員がフルタイム出場しなければならない。その厳しさを誰もが痛感していた。
実際に試合を戦ってみて、二宮はこんな実感を語っている。
「6人だと1人はまだ休めるのでラクでしたけど、5人になると想像以上にきつかったです。今のところケガ人はいませんが、多少の痛みは我慢してやるしかないんで。みんなでカバーし合ってやるしかないです」
【763万4000円の支援金】
これまで何度も逆境を乗り越えてきた。
学校の経営難もあり、入学当初に14人いた同期生は6人まで減った。寮生活は過酷を極め、食事が菓子パン1個になった日もあれば、料金未納のためガスが止まった日もあった。トイレの天井から大量の水が漏れ、傘を差して用を足さなければならない時期もあった。そんな苦しい日々を過ごしてきた二宮であっても、ウインターカップを前にこんな弱音が口をついた。
「バスケをするためにこの学校に来たので、ある程度のことは我慢できたんです。でも、ここにきて5人で戦うっていうのは......一番しんどいですね」
アブバカを欠いても「走らないバスケ」をすることは変わらない。ただし、ヘッドコーチの和中は細部で戦術が変わることを示唆する。
「ゴール下の仕事は酒井(珀/178センチ)や紺野(翔太/181センチ)にやってもらいます。また、今までなら必ず足を止めるようなところでも、子どもたちの判断で走れるところは走ることになると思います」
高校生活最後にして、最大の逆境。それでも、和歌山南陵バスケ部には勝利をあきらめない理由がある。今年の5月にバスケ部員の保護者を中心に支援金を募るクラウドファンディングを展開。和歌山南陵の実態が広く報道された影響もあって、目標金額の80万円を大きく上回る763万4000円が集まった。
和中はこんな感謝の言葉を口にする。
「クラファンでの支援金は遠征など活動費に使わせてもらって、ものすごくありがたかったです。6人だけだったら、絶対にやっていけなかったはずですから」
自分たちのやってきたバスケを全国に知らしめるとともに、サポートしてくれた人々への感謝の思いを形にしたい。その思いが、和歌山南陵バスケ部の5人を支えている。
二宮はこんな決意を口にした。
「まだ緊張感が足りないところもあるので、試合までに突き詰めていきます。上を見ることなく、目の前の1試合1試合を戦っていくだけです」
選手5人──。本来なら「絶体絶命」というべき剣が峰に立たされた和歌山南陵バスケ部は、どんな戦いを見せられるか。ブザーが鳴る瞬間は、刻一刻と迫っている。