髙阪剛が語る朝倉海のUFC初戦 前編 2024年12月8日(日本時間)、米ラスベガス(T-モバイル・アリーナ)で開催された「UFC310」のメインイベント。「RIZIN」の前バンタム級王者・朝倉海が、「UFC」世界フライ級王者アレッシャンド…
髙阪剛が語る朝倉海のUFC初戦 前編
2024年12月8日(日本時間)、米ラスベガス(T-モバイル・アリーナ)で開催された「UFC310」のメインイベント。「RIZIN」の前バンタム級王者・朝倉海が、「UFC」世界フライ級王者アレッシャンドリ・パントージャに挑んだ一戦は、2ラウンド2分5秒、リアネイキッドチョークによって朝倉が一本負けを喫した。
多くの期待を背負い世界最高峰の舞台に立った朝倉は、なぜパントージャの壁を越えられなかったのか。勝敗を分けたポイントを"世界のTK"髙阪剛氏に聞いた。
UFC初挑戦も、2ラウンドで一本負けを喫した朝倉海
photo by ZUMA Press/アフロ
【朝倉が対応できなかった「ピッチ調整」】
――以前、海選手のUFCデビューについて伺った際に、海選手のポテンシャルと格闘技センスを「見せつけてほしい」とおっしゃっていました。実際に試合をご覧になって、いかがでしたか?
「海選手は、自分の試合をしようとしていたと思いますが、パントージャにそれをさせてもらえなかったですね。映像を見返してみると、勝敗を分けたポイントがふたつ見えました」
――そのポイントとは?
「ひとつは『ピッチ(リズム・テンポ)の違い』です。海選手よりもパントージャのほうが速いピッチを刻んでいました。特に試合の序盤はかなり高いギアで入ってきた。海選手がそれに対応しきれなかったのが大きかったと思います」
――パントージャ選手は細かくステップを踏んでいましたが、そういったリズムが速かったということでしょうか?
「そうですね。海選手が攻めても、すぐに返される。しかもパントージャは、前に出続けてきプレッシャーをかけてきましたから、海選手は自分のリズムを作れなかった印象ですね」
――試合開始すぐに、パントージャ選手はカーフキックから入りました。戦略についてはどう見ましたか?
「あれは完全に狙い通りでしょうね。パントージャは、序盤は速いテンポで海選手を混乱させて、中盤以降は少しペースを落としたんです。シチュエーションによってピッチを調整しながら試合を運んでいました。それが彼の強さの一因だと思います」
――パントージャ選手がペースを落としたのはどのあたりですか?
「パントージャが2回目のテイクダウンに成功したあと、スタンドの展開になりました(開始から1分44秒付近)。そこからペースを少し落としたんです。シンプルに言えば、『遅くなった』。結果、海選手が自分のペースを少し取り戻したようにも見えました」
――パントージャ選手があえてペースダウンをした狙いは?
「2度のテイクダウンで、海選手の寝技の力量がわかったから深追いしなかったのか、序盤のペースが速かったので一度落ち着く時間を作ったのか。いずれにしても、パントージャは長い試合を見据えてペースを調整する能力が際立っていますね。プレッシャーをかけつつ、ピッチを調整しながら試合をコントロールする。それができるからこそ、長いラウンドでも自分のリズムで戦い続けられるんだと思います。
海選手からすれば、パントージャのギアの上げ下げやピッチ調整につき合わされた感じ。試合中に相手が変わったかのようにやりづらかったんじゃないかと思いますね」
――パントージャ選手がギアを下げた1ラウンド後半、海選手の動きはいかがでしたか?
「距離感やリズムが取りやすくなって、『打撃が当たる』と思えた場面もあったと思います。ただ、『またペースが変わるかもしれない』という不安があったのが、詰めきれなかった要因のひとつになったかもしれません」
【勝負を分けたもうひとつのポイント】
――海選手がペースをつかめなかったもうひとつのポイントは?
「これは、パントージャの身体能力にもよる部分だと思いますが、"戻しの速さ"です。体勢を戻すスピードがとてつもなく速くて、試合全体を通してそれが際立っていました」
――オフェンス後やディフェンス後、ニュートラルな状態に戻すのが速いということですか?
「そうですね。序盤、海選手が飛びヒザを狙った場面で、パントージャがシングルレックからバックを取りにいきました。海選手が体を反転させて結果的には分かれる形になりましたが、その分かれ際で、パントージャが構えを整え、すぐにプレスをかけました。海選手も体勢を整えようとしましたが、パントージャのほうが一歩先をいく形でした。
離れ際やスクランブルになったあと、パントージャがすでに体勢を整えて"すぐ来る"のが海選手の視界に入っていたはずです。実際にパントージャは前に出続けて、休む間を与えませんでした。海選手は、フィジカル的にもメンタル的にも大きなプレッシャーを感じていたと思いますし、パントージャからすれば相手にペースを握らせないための戦略だったと思います」
――離れ際の攻防といえば、開始から1分近くの場面。海選手が左を差してパントージャ選手を金網に押し込んだあと、一度離れようとしましたが、パントージャ選手はすかさず足をかけて倒しにきましたね。
「非常に計算された動きだったと思います。パントージャは組んでいる際に、海選手が逃げる方向もコントロールしていて、バランスを崩すタイミングを見逃さずに足払いを仕掛けていました。
パントージャは右手で海選手の首を捉えて、ヒジを下げていました。海選手からすると、その肘が邪魔で出たい方向に出られない。かといって押し込もうとしても肘が邪魔で押し込めないから、一度分かれざるを得なくなった。その瞬間、パントージャは右手で海選手の頭を下げて、足が浮いたタイミングで足払いを仕掛けたんです」
――2ラウンドでも、同じように離れ際で足をかけるシーンがありましたね。
「1ラウンドでパントージャは、『この動きが効く』と確信したんだと思います。流れのなかで出せば海選手が対応できないことを体で記憶した。ただ、2ラウンドはバックを取るため、足をかける位置が変わっています。
映像では1ラウンド目の足払いは切れてしまっていますが、おそらくはくるぶしのあたりを狙って払う、柔道で使う技術だったと思います。それが2ラウンドでは高い位置、ふくらはぎのあたりに引っかけていました。倒すのではなく崩しだけで、素早くバックに回る狙いがあった。海選手の体勢が崩れて、反転してくれればバックを取れるという計算があったのでしょう」
【チョークが決まるまでの攻防戦】
――1ラウンド目は、パントージャ選手にとって海選手の力量を測るラウンドでもあったのでしょうか?
「そうだと思います。海選手がやれること、やれないことを見極めていた。それで、離れ際やスクランブルでの足払いが効くことはわかったんでしょう。5ラウンドをフルに戦う展開を常に頭で描いていると思います。
もちろん、早いラウンドで『イケる』と思ったらフィニッシュを狙ったでしょうけどね。1ラウンド、海選手の反応は後手ではあったものの、極めきるところまでは無理だと判断したんじゃないかと。海選手が立ち上がったあとも深追いしなかったのは、それもあるんでしょう」
――以前、髙阪さんは「トップレベルの選手は試合中に戦い方を変えてくる」とおっしゃっていましたが、パントージャ選手もそんな感じでしょうか?
「そうですね。2ラウンドは、1ラウンドの入りより少し速いピッチで入ってきました。『ギアがいくつもあるんだ』と驚かされましたね。ああいう戦い方をされたら誰でも翻弄されると思います。パントージャは、やるべきことを淡々とこなしていた印象ですね」
――パントージャ選手のプレスを受けて、海選手が真っすぐ下がる場面が見受けられました。サークリングなどで横に動くことも難しかったのでしょうか?
「パントージャは横に動くのも速いんです。海選手が横に動いてもすぐについてくる。プレスをかけて相手に本来の動きができないように持っていく。そこがパントージャのうまさでもあります。攻めの細かい技術、引き出しが多いんですよ」
――2ラウンドのフィニッシュシーン。バックを取られて足4の字でロックされました。海選手はどんなディフェンスをしたかったのでしょうか?
「バックチョーク、バックマウント、バックキープをする側で大事なのは『ロックしている足』と『首を取る腕のバランス』です。バックを取る側は、首に手をかけようとする際に足がルーズになる。逆に、しっかり足をかけようとすると、首に手をかけるのが遅くなる。この繰り返しなんですよね。
海選手がバックに回られる前、スタンド状態の時に自らロール(前転)したのも対応のひとつです。自からスクランブルを起こすことで、一瞬プレッシャーが緩むので、その隙に上を取り返すのが理想。そうでなくても、首と足のディフェンスが可能な状態になることもありますから。4の字になってからは、首と足のディフェンスを同じパーセンテージで意識してディフェンスしていたと思います」
――海選手からすると、4の字を外して脱出するというよりは、ラウンドの残り時間を凌ぐことが最優先になるのでしょうか?
「そうですね。パントージャの最も得意な形ですし、4の字がしっかりかかっていましたから、外すのはかなり難しいです。海選手は最初、パントージャの左手を脇で挟み、両手で相手の右手を持ってディフェンスしていました。ただ、脇が一瞬緩んだ際、パントージャは素早く左腕を抜いて首に巻きつけました。
海選手もパントージャが締めにくいように体を右に回したのですが、パントージャは左腕から右腕に切り替えてリアネイキッドチョークをセットした。海選手は、今度は左に体を回して両手でパントージャの左腕を剥がしにいったんですけど、あれは正解のディフェンスです。
ただ、やはりパントージャはうまかった。剥がされている左腕の上腕二頭筋あたりをつかんでヒジを引きながら、自身の右肩で海選手の頭を押して圧迫しました。これでフィニッシュという流れです。あの形から締めきるのは、相当に熟練した技術がないとできません。固めながら少しずつズラして締めていくという感じでしたね」
(後編>>)
【プロフィール】
■髙阪剛(こうさか・つよし)
学生時代は柔道で実績を残し、リングスに入団。リングスでの活躍を機にアメリカに活動の拠点を移し、UFCに参戦を果たす。リングス活動休止後はDEEP、パンクラス、PRIDE、RIZINで世界の強豪たちとしのぎを削ってきた。格闘技界随一の理論派として知られ、現役時代から解説・テレビ出演など様々なメディアでも活躍。丁寧な指導と技術・知識量に定評があり、多くのファイターたちを指導してきた。またその活動の幅は格闘技の枠を超え、2006年から東京糸井重里事務所にて体操・ストレッチの指導を行なっている。2012年からはラグビー日本代表のスポットコーチに就任。