髙阪剛が語る朝倉海のUFC初戦 後編(前編:朝倉海の一本負けを「世界のTK」髙阪剛が分析 勝負を分けた「ふたつのポイント」とは?>>) 2024年12月7日(日本時間8日)、米ラスベガスで行なわれた「UFC 310」。王者アレッシャンドリ・…

髙阪剛が語る朝倉海のUFC初戦 後編

(前編:朝倉海の一本負けを「世界のTK」髙阪剛が分析 勝負を分けた「ふたつのポイント」とは?>>)

 2024年12月7日(日本時間8日)、米ラスベガスで行なわれた「UFC 310」。王者アレッシャンドリ・パントージャに挑んだ朝倉海は、リアネイキッドチョークで敗戦を喫した。"世界のTK"髙阪剛氏が語る、MMAで台頭する"組み技とレスリング"の圧倒的強さと、打撃と組みが交差する中で勝つために求められる適応力。「UFC」トップ戦線で勝ち抜くための最新傾向と、朝倉海がつかむべき未来とは――。


試合前は「打撃の攻防ではパントージャ(右)より朝倉(左)が有利」と予想する声もあったが......

 photo by ZUMA Press/アフロ

【パントージャの"ヘタウマ"な打撃が当たる理由】

――海選手のヒザ蹴りの位置、タイミングはいかがでしたか? 1ラウンドの開始2分半くらい、右ストレートを見せてから歩くようにして放った左のテンカオ(相手をつかまないヒザ蹴り)は、タイミングはよかったように見えました。

「パントージャが右のヒジを前に出してくれていたら入っていたと思います。でも実際には、脇を締めてヒジが下りているんですよね。パントージャがピッチを落として、ディフェンスを意識しながら戦っている時間帯だったと思います。海選手が得意とするテンカオも頭に入っていたでしょう。

 パントージャの打撃って、いわゆる"ヘタウマ"なんです。脇が開いていますし、歩きながらパンチを振ってくる。キックボクシングでいうきれいなワンツーなどではないですよね。でも、それがなぜか当たってしまう。基本通りの軌道ではないから見えにくいんです。

 海選手がテンカオを放った場面も、パントージャが攻撃に振りきってパンチを打っていたらヒジが開いて浮いているはずなんです。それならヒザが刺さったと思いますが、ディフェンスを頭に入れながら攻撃もできる状態だったのかなと。これは本人に聞いてみたいですね(笑)」

――ドンピシャのカウンターにはならなかったということですね。

「そうですね。とはいえ、レバー側だったので多少は効いたと思います。冷静に試合運びができているときの海選手であれば、チャンスと見て一気に攻めたかもしれません。ただ、その前に組まれていたのが頭をよぎって、『また寝かされたら嫌だな』となり、前に出られなかった可能性もあると思います」

――パントージャ選手の"ヘタウマ"な打撃が当たるのは、相手が組み技や柔術を警戒しているからでしょうか?

「それがMMAの面白いところであり、怖いところです。組みを警戒すればするほど手が下がって顔が空きますから、パンチが飛んでくるとブロックが間に合わないんですよ。逆に顔を守って高い位置でガードすると、組まれた時の対応が遅れる。そういうことがMMAではよく起こります。

 パントージャがやっていること自体はシンプルですが、それをひたすら繰り返せるスタミナがある。しかも、テンポを変えて相手が警戒せざるを得ない状況を作り出しています。攻撃をバンバン仕掛けているわけではないのに、気づけば相手はどんどん削られていく。試合中に相手が『なんでだろう』と疑問符が浮かぶようなことを、ずっとやっているんですよね」

――戦前、打撃では海選手のほうが優位という見方もありましたが、パントージャ選手の打撃がよく当たっていました。

「身長(海:173cm、パントージャ:165cm)もリーチ(海:174cm、パントージャ:172cm)も海選手が上回っていましたが、パントージャは体の使い方がうまいんです。歩きながら体を動かして、『ひねり』や『うねり』を生かして腕を伸ばしてくる。止まった状態で手を出すのとは違います。1発目ではなく、2発目、3発目を当てにいっていますね」

――MMAでの打撃勝負は、別の要素が大きく絡んでくると。

「もしパントージャがキックボクシングの試合やスパーリングをしたら、ほとんどの打撃を避けられたり、ディフェンスされる可能性が高いと思います。でも、MMAルールのなかで、"組みが強い"というファクターがひとつ加わるだけで、まったく別物になります」

【UFC王者と戦えたことは「とてつもなく大きい」】

―――髙阪さんが以前、世界のトップで戦うには「引き出しを増やし、さらにストロングポイントを際立たせることが重要だ」と話していました。海選手の場合、その点はいかがでしょうか?

「海選手は今回の敗戦を経て、まずは二度と同じ状況にならないように取り組むはずです。たとえば、組まれたときにバックに素早く回られないようにするディフェンス。逆にバックに素早く回る動きを、自分も攻めで使えるようにしていくことが大切だと思います。オフェンスとディフェンス、両方の成熟が必要ですからね。

 自分に合った引き出しをたくさん持てることが理想です。どのシチュエーションで自分の強みを最大限に発揮できるのかを知ること。ディフェンスであれば、何が自分を助けてくれるのか、ニュートラルな状態に戻す手助けになるのか。組まれ際のヒジやヒザなど、シチュエーション別で必要なピースを埋めていく。今回の試合で何が足りないのかわかったはずなので、それをひとつずつ埋めながら、全体のレベルアップをしていくことが重要だと思います」

――王者との対戦経験を通じて見えた課題を、コツコツ積み上げていくことが大事だと。

「王者との試合を経験して、実際に触れて感じられたことは、とてつもなく大きなプラス要素です。見えた課題を埋めていけば、ほかの選手との試合でも応用できますからね。相手が王者・パントージャでよかったと思うのはそこです。課題がはっきり見えたという点において、得られたものは大きかったと思います。引き出しを増やして、強度高めのスパーリングで実践、微調整していく、みたいな流れですね」

――次戦は、海選手にとって非常に重要な一戦になりますね。

「それは間違いありません。ただ、ポジティブに捉えてほしいのは、今回のパントージャは"頂点"の選手だったということです。その相手と戦った感覚をしっかり消化して落とし込んでいくことは、実際に戦った人間にしかできないこと。しかも、UFCの初戦、タイトルマッチ挑戦という緊迫した状況で感じたことですから、一生忘れないはずです。その経験を自分に還元していくことは、そんなに難しくないと思いますよ。パントージャから得たものを、自信を持って使えるようになると、私は信じています」

――海選手は試合後、自身のSNSで「必ず這い上がってチャンピオンになる」とコメントしています。

「しばらくは落ち込んで当然だと思いますが、海選手が今まで積み上げてきたことは決して無駄になっていません。今回の敗戦をポジティブに捉えて、次への糧にしてもらえたらと思います」

【「まず負けない」選手たちがUFCに集結】

――今回、海選手の「UFC初陣でのタイトルマッチ挑戦」には、否定的な意見もありました。この点についてはいかがですか?

「いろんな要素が絡んでいたと思いますが、大事なのはUFCが受け入れて、海選手が相当なプレッシャーのなかでオクタゴンに上がり、パントージャと対峙したという事実です。自分は『よくやったな』と思いますね。パントージャもよく受け入れましたよね。いずれにしても、お互いが了承してあの一戦が実現したのは事実です」

――海選手のフライ級でのコンディションはどう見えましたか?

「RIZINで海選手と対戦経験のあるマネル・ケイプ選手は、『試合中の彼は小さく見えたし、たぶん減量が結果に影響したと思うね』と言っていました。これまでのバンタム級の海選手をイメージしているなら、ひとつ階級を下げたわけですから当然そう見えると思います。でも、コンディションは決して悪くなかったはずです。リカバリーもうまくいっているという情報は耳に入っていましたし、入場時の表情や動きを見てもよかったと思いますけどね」

――パントージャ選手のみならず、ダゲスタン共和国や中央アジアの選手も組み技やレスリングに秀でていて、無尽蔵にアタックしてきます。打撃で勝負したい選手が彼らを攻略するのは苦労しそうですね。

「なかなか大変だとは思います。組みにいってテイクダウンして、立たれてもまたすぐにプレッシャーをかけて再び組みにいく。そして、押し込んでケージレスリングに持ち込む。これを1ラウンドに3回、フルラウンドで続けられる選手は、まず負けないです。

 私がその数を最初に数えた選手は、ハビブ・ヌルマゴメドフ(元UFC世界ライト級王者/UFC殿堂入り)でした。彼は1ラウンドに必ず3回、多いときはそれ以上アタックしていました。たとえ相手がしのいでダメージがなかったとしても、ジャッジは『試合をコントロールしている』と見ますからね。これをフルラウンドでやるスタミナと、出力をコントロールできる選手がUFCに集まってきていると思います。特にフェザー級、バンタム級、フライ級といった軽い階級のほうが、その傾向が顕著に見られますね」

――まさに"修羅の国"ですね。

「そうですね(笑)。でも、海選手をはじめ、そこに挑む日本人選手たちには期待していますし、応援しています」

【プロフィール】
■髙阪剛(こうさか・つよし)

学生時代は柔道で実績を残し、リングスに入団。リングスでの活躍を機にアメリカに活動の拠点を移し、UFCに参戦を果たす。リングス活動休止後はDEEP、パンクラス、PRIDE、RIZINで世界の強豪たちとしのぎを削ってきた。格闘技界随一の理論派として知られ、現役時代から解説・テレビ出演など様々なメディアでも活躍。丁寧な指導と技術・知識量に定評があり、多くのファイターたちを指導してきた。またその活動の幅は格闘技の枠を超え、2006年から東京糸井重里事務所にて体操・ストレッチの指導を行なっている。2012年からはラグビー日本代表のスポットコーチに就任。