今季、阿部慎之助新監督のもと、4年ぶりにリーグ制覇を果たした巨人。だが、クライマックス・シリーズでDeNAに敗れ、日本シリーズに進出することができなかった。その屈辱を晴らすため、大型補強に踏み切った。 FA宣言をした阪神・大山悠輔の獲得こ…

 今季、阿部慎之助新監督のもと、4年ぶりにリーグ制覇を果たした巨人。だが、クライマックス・シリーズでDeNAに敗れ、日本シリーズに進出することができなかった。その屈辱を晴らすため、大型補強に踏み切った。

 FA宣言をした阪神・大山悠輔の獲得こそならなかったが、中日の絶対的守護神であるライデル・マルティネス、楽天を自由契約になった日米通算197勝の田中将大、そして国内FA権を行使していた甲斐拓也の獲得を発表した。

 一気にオフの主役となった巨人に対して、球界のご意見番である広岡達朗はどんな思いを抱いたのだろうか。

【なぜ楽天を自由契約になったのか】

「阿部は見どころのあるヤツだと思ったが、やっぱり原(辰徳)と同じ"欲しい欲しい病"に感染したな。長期政権を築く腹づもりなんだろうけど、田中を獲れたのは巨人だからできたふしがある。別に1勝もできなくても、グッズの売り上げやニュースや新聞で取り上げられる広告効果もあって、十分に採算がとれるとフロントは判断したのだろう。巨人が考えそうなことだ」

 ただ、巨人にとって田中が本当に必要だったのかどうか、広岡は懐疑的だ。

「そもそも、日米であれだけの実績を残している田中が、なぜ楽天を自由契約になったのか。田中について、若手投手陣もお手本となってリーダーシップを発揮してほしいというようなことを言っているが、それができるなら楽天はなんとしても引き留めたはずだ。菅野の15勝の穴埋めをどうにかしないといけないと思っているのだろうが、そもそも今年春のキャンプの時点で菅野がこんなに勝つと誰が予想した? 実績ある選手を連れてきて、チーム力を上げるのは簡単だ。

 だが、それは一時的な補強に過ぎず、長い目で見た時に本当の意味でチームのためになっているのか。それよりも若い選手を育てて起用したほうが、チームは活性化する。まず最優先すべきことは若手の育成のはずなのに、いつまで経っても目先のことしか考えられない」

 田中は楽天を退団して自由契約になったが、獲得に名乗りを上げるチームはなかなか出てこなかった。現状の実力もさることながら、田中の扱い自体に難色を示す球団もあった。

 そんななか、獲得を表明したのが巨人だった。過去、中田翔や松田宣浩、岩隈久志といったベテランの大物選手を獲得するなど、こういった選手たちの扱いに慣れているのだろう。また、田中と小学生時代にバッテリーを組んだこともある坂本勇人の存在も大きかったと思われる。なかなか移籍先の決まらなかった田中にとっても、巨人からのオファーは渡りに船だったはずだ。日米通算200勝まであと3勝と迫っているだけに、新天地でどんな活躍を見せてくれるのか注目だ。


国内FA権を行使しソフトバンクから巨人への移籍を決めた甲斐拓也

 photo by Koike Yoshihiro

【甲斐は明らかに衰えがきている】

 そして広岡は、ソフトバンクからFA宣言し、先日巨人入りを発表した甲斐拓也についても言及した。

「巨人のキャッチャーには大城卓三、岸田行倫、小林誠司、山瀬慎之助といるのに、誰もレギュラーとしてフルシーズン働けないから、甲斐を獲ってきた。キャッチャーは経験が大事なポジションであることは言うまでもなく、出場機会が減れば成長スピードは止まる。2年ぐらいは甲斐でいけるかもしれないが、その後をどうするかだ。

 20代前半の山瀬以外は、これ以上伸びしろが期待できない年齢に差しかかっている。なにより5年契約の甲斐が入ってくることで、彼らのモチベーションが保てるのか。小林は菅野がメジャーに行くことでさらに出場機会は減るだろうし、岸田も正捕手候補として頑張っていただけに複雑な思いがあるのではないか」

 ゴールデングラブ賞7回、侍ジャパンのメンバーとして世界一にも貢献した甲斐の実績は、誰もが認めるところだ。しかし広岡は、現状のチーム状況から見て、田中同様、甲斐獲得に首をかしげる。

「4、5年前の甲斐ならまだしも、もともとバッティングはよくないし、明らかに衰えがきている。リードとキャッチングがいいと言うが、岸田も今シーズン成長した。大城、小林だって、甲斐と比べて大きく劣っているとは思えん。高いお金を使って獲ることが、生え抜き選手の育成を阻害することになるのはずっと前からわかっていることだし、人的補償でいい選手を獲られたら、それこそ目も当てられんぞ」

 広岡は長嶋茂雄監督時代から変わらない目先の補強に、さすがに辟易した言葉しか出ない。

 ただ、中日から獲得したライデル・マルティネスは、ここまで303試合に登板し14勝18敗、166セーブ、42ホールド、防御率1.71と抜群の成績を誇っており、よほどのことがない限り、大きな戦力になってくれるのではないか。しかし広岡は、マルティネスを含め、外国人6人体制に疑問を呈する。

「日本に来る外国人はメジャーに上がれない3A以下であって、働けなかったらすぐにクビを切られる。巨額な契約で獲っても機能しなければ塩漬け。そんなチームを見て面白いと思うのか」

 90年の伝統がある巨人ブランドが崩れかかっていることに憂いを感じているからこそ、広岡はいつになく激昂する。生え抜きの選手が活躍してこそファンは喜び、楽しみも倍増するのではないか。「勝利至上主義を突き詰めれば突き詰めるほど、ファンの思いはないがしろにされている」と、広岡は寂しそうに言った。

広岡達朗(ひろおか・たつろう)/1932年2月9日、広島県生まれ。呉三津田高から早稲田大に進み、54年に巨人に入団。1年目からショートの定位置を確保し、新人王とベストナインに選ばれる。堅実な守備で一時代を築き、長嶋茂雄との三遊間は球界屈指と呼ばれた。66年に現役引退。引退後は巨人、広島でコーチを務め、76年シーズン途中にヤクルトのコーチから監督へ昇格。78年に初のリーグ優勝、日本一に導く。82年から西武の監督を務め、4年間で3度のリーグ優勝、2度の日本一に輝いた。退団後はロッテのGMなどを務めた