長崎県対馬市はスポーツを通じた町おこしに積極的に取り組んでいる。12月7-8日の2日間、平成国際大学女子硬式野球部(埼玉)と折尾愛真高校女子硬式野球部(福岡)による交流試合が初開催された。両チームはカテゴリーの違いを超えての交流を図ると共に…

長崎県対馬市はスポーツを通じた町おこしに積極的に取り組んでいる。12月7-8日の2日間、平成国際大学女子硬式野球部(埼玉)と折尾愛真高校女子硬式野球部(福岡)による交流試合が初開催された。両チームはカテゴリーの違いを超えての交流を図ると共に、韓国がすぐ近くに見える同地での社会勉強を積むこともできた。

 

女子野球は侍ジャパンの活躍やNPB球団が女子部を創設して力を入れるなど、少しずつ広がり始めた。今年の全国高校女子硬式野球選手権大会決勝戦は甲子園での開催、イチロー氏(元マリナーズ他)が中心となった試合も行われるなど話題になりつつある。しかし知名度やプレー環境が決して恵まれていると言えない中、「きっかけの1つ」となることを期待され今回の交流試合開催が決まった。

大学と高校というカテゴリーの垣根を超え、明るい雰囲気の中で交流が進んだ。

~グラウンドの石拾いで大学生と高校生の壁がなくなる

折尾愛真高校女子硬式野球部は、福岡県北九州市から学校のマイクロバスに乗り込み、福岡港からフェリーを使ってやってきた。朝5時過ぎに対馬へ上陸してホテルでの休憩後、午前9時前にはグラウンドへ足を運んだ。

 

「高校生は元気です(笑)。フェリーの中では熟睡、朝からいつもと変わらずに動き回っていますから」と同校野球部の池田太尊監督は満面の笑みで語り始めた。

 

「対馬市から本校へ進学している生徒が何人もいますので、同市とは普段から何かあればコミュニケーションを取らせていただいています。『何か一緒にやれたら良いですね』と話し合っている中で、平成国際大さんと繋がりがあったので話が進みました」(池田監督)

グラウンドの石拾いから始まり、合同ノック、交流試合と両チームは貴重な時間を共有できた。

交流試合の話が具体化したのは今年に入ってから。4月には池田監督と平成国際大女子硬式野球部・濱本光治監督が対馬市へ足を運んで現地視察を行なった。

 

「女子野球は未熟で基盤も脆弱なので、まずは1人でも多くの人に知ってもらうことが大事。対馬の地を訪れた大学生と高校生が試合をすることが少しでも話題になってくれれば嬉しい。日本、そして世界は広いですから選手たちには多くの場所に足を運んで、たくさんの人と接して欲しい。そうやって人間としての幅を広げて欲しい思いもありました」(濱本監督)

 

試合会場の厳原総合公園野球場は、島内で唯一、硬式野球ができる場所。シーズンオフに入ったこの時期のグラウンド状態は決して万全とは言い難かった。練習開始前には両チーム選手たちが合同で石拾いを行なう姿があった。

 

「石拾いの時間が一番有意義だったかもしれません。球場到着直後はお互いに挨拶しても会話する様子はなかった。石拾いの時間が進むにつれ野球やプライベートの話をするようになった。その後はシートノックなどで声をかけて、いじり合うような姿も見られましたから」(池田監督)

平成国際大学女子硬式野球部・濱本光治監督(写真左)と折尾愛真高校女子硬式野球部・池田太尊監督(同右)。

~対馬の人々は世話好きが多い

交流試合開催に向け、対馬市側の業務を担っていた中の1人が対馬市観光商工課・永留史彦氏。「顔の見える関係作り」を常に大事にしながら動いている。

 

「長崎県内でも壱岐や五島に比べれば、対馬は渡航費も時間もかかります。それでも来てくれるわけですから可能な限り手厚くサポートしたい。球場への送迎もホテル側が喜んでやってくれる。試合の審判団もボランティアで引き受けてくれた。選手たちが全力プレーできるように、少しでも力になれればと誰もが思ってくれています」

 

「昔から『対馬の人は商売下手だ』と言われます。『対馬の人は港に船が入ると、買ってくれではなく、良かったら持っていけと品を差し出す』と例えられるほど。今でも海で魚を取った人が山側の人に差し上げる風習もあります」

 

対馬の人々に脈々と流れている「世話好き」の思いが、今回の交流試合がスムーズに行われて、選手、関係者が喜んで島を後にしたことに繋がったのだろう。

 

「スポーツ合宿や交流試合は前からやりたいと思っていました。コロナ禍になり韓国からの観光客がいなくなったことで、来島客の多様化を図りたいと考え、スポーツでの交流に特化しようと考えました。対馬に無くて他にあるものを追っかけるのではなく、『人の繋がり』を辿って今回も実現まで辿り着けました」

 

「『対馬にしかないものがある』と感じてもらい、来島した価値を見出していただければ…。人の繋がり、自然との共生を感じる食、そしてSDGsへの積極的な取り組み等は対馬が誇れるものです。そういう部分を来ていただいた方々に少しでも感じてもらえれば本当に嬉しいです」

対馬市観光商工課・永留史彦氏からは、同市への深い愛情が伝わってきた。

~女子ということを忘れるほどのレベルの高さ

「対馬は何度訪れても本当に素晴らしい場所。今回も楽しみにしていました」と語るのは、ソフトバンクのレジェンド右腕・攝津正氏。数年前からプライベートで対馬を訪れ、趣味の釣りを楽しんだりしている。今回はチームメートだった吉村裕基氏と2人で来島、試合後には短時間ながらも両チーム選手へクリニックも開催した。

 

「縁があって対馬の野球関係者の方々と出会え、地元の長所や短所、課題を聞くことができました。素晴らしい環境だし、可能性をたくさん秘めた場所です。今回の交流試合をきっかけにスポーツがもっと盛り上がって欲しいと思います」(攝津氏)

 

「初めて来ましたが、福岡から想像以上に近くて驚きました。12月なので風は冷たいですが、日差しは強いので昼間なら野球を十分にできる。年間を通じて練習や試合ができる素晴らしい環境なので、もっともっと知られて欲しい場所です」(吉村氏)

元トッププロからの的確なアドバイスに聞き入る姿が印象的だった。

試合レベルの高さにも両氏は驚いていた。基本的な低いミスは全くなく、お互いに強い打球を打ち返す攻撃的な好ゲームだった。

 

「うまい、と言うのが失礼なくらい普通に高いレベルの試合をやっている。目についたのは女子独特の身体の柔らかさ。筋肉だけでなく関節も柔らかく、腕の使い方などはジュニア選手に似ている感じ。力強さをプラスしていけばどんどん上達すると思います」(攝津氏)

 

「試合を見ていて単純に面白かったです。両チームとも打線が素晴らしく、しっかり振り切った強い打球を放っていた。女子は男子に比べて身体の線が細いのは仕方がないので、体幹や軸をしっかり意識することで補える。毎日積み重ねれば、もっとレベルが上がるはずです」(吉村氏)

ソフトバンク時代にチームメイトだった吉村裕基氏(写真左)と攝津正氏(同右)。

~時間と人を大事にすることが上達にも繋がる

多くの人々の協力のもと、選手たちは素晴らしい経験ができたはず。両監督に2日間の貴重な体験を総括してもらった。

 

「それぞれ感じたことはあるはずですが、今のままで良いと思います。なぜならみんなが楽しそうだから。野球という好きなことをやる中で、勝ったり負けたり、人生で大切なことを学んでいる。もちろん将来を考えることも重要ですが、今の野球を楽しんでくれれば、自然と多くのものが身についているはずです」(池田監督)

 

「交流試合を2試合こなしたからといって、急激に技術が伸びるはずはありません。対馬に着いた瞬間、もっと言えば埼玉を出た時から、何かを選手たちは感じているはず。対馬や、相手チームの人々と交流することができたのが何よりの財産。最後は人との縁が一番大きいと思います。野球、そして人生に何かしらの形でプラスになったはずです」(濱本監督)

限られた時間だったが、両チームの選手にとって大きな経験となったはずだ。

「今という時間を大事にする」「人との出会いが宝」

両監督が語ったことは、野球と離れた人間性(力)に関係したことに思える。どのような競技、さらに言えば人生において土壇場で最大限の力を出すためには人間力が高いことが求められる。対馬での経験は両チームの選手たちを、多くの部分でレベルアップさせたに違いない。今後はそれぞれのカテゴリーで結果を出すと共に、女子野球界全体の刺激になってくれるはずだ。

 

(取材/文/写真・山岡則夫、取材協力・攝津正、吉村裕基、鴛海秀幸、対馬市、平成国際大学女子硬式野球部、折尾愛真高校女子硬式野球部)