ヤクルト秋季キャンプ密着レポート(前編) ヤクルトの秋季キャンプ(愛媛・松山市)。坊ちゃんスタジアムの屋内練習場では、若手3選手が3種類のメニューを30分のローテーションで回っていた。小休憩をはさみながらバットを振り続けること1時間半。トス…
ヤクルト秋季キャンプ密着レポート(前編)
ヤクルトの秋季キャンプ(愛媛・松山市)。坊ちゃんスタジアムの屋内練習場では、若手3選手が3種類のメニューを30分のローテーションで回っていた。小休憩をはさみながらバットを振り続けること1時間半。トスをあげる大松尚逸チーフ打撃コーチの足元には、100個以上のボールが入ったケースが5箱、6箱と積み上げられ、1箱、2箱と空になっていく。
練習する選手のうしろには、打球速度を計測する機器を設置。一球ごとに裏方さんが「152キロ」「おー160キロ!」と数値を告げるのだった。
昭和の猛練習と令和のテクノロジーの融合。それは2週間に及ぶ(休日は2日)今キャンプを象徴する光景だった。
スイングする選手のうしろには打球速度を計測する機械が設置されていた
photo by Sankei Visual
【1日1500スイングを超えるメニュー】
大松コーチは「今回の目的は、単純にいえばチームの底上げです」と言った。
「ここにいる選手のレベルをどう上げようかと考えた時に、単純に振る力の強化ですね。エンジンが大きくならないと、再現性も上がりません。若い選手たちはそこが顕著に出ているので改善しようと。4000㏄や5000㏄のエンジンを積んで試合に臨み、その8割の3500㏄くらいでも十分です。でも、もともとが1000ccで、その8割でやっていたら出力が低すぎる。なので、1000ccを2000cc、3000ccに......できるのであれば、6000ccとか7000ccの馬力をつけると、高い出力のまま再現性を生かせます。要は出力を上げるために、エンジンを大きくしようということです」
キャンプではA班とB班の2つに分かれて行動。ひとつは「その日はバッティングに集中してほしい」(大松コーチ)という理由で、1日中バットを振り続ける班。もうひとつは、午前と午後で守備・走塁とウエイトをする班の2つに分け、それを1日交代で繰り返した。
特にバッティングだけの日は、屋内練習場の3メニューだけで1000スイングを超え、メイン球場でもフリー打撃、各種ティー、締めのロングティーを休む間もなく振り続けた。
「1日1500スイングを超えるメニューになっています。団体で動いているので、時間の兼ね合いもありますけど、時間があるんだったらもっと振ってもいい。自分の限界まで行ってほしい。選手が自分にブレーキをかけるのは当たり前のことなので、そうさせないように、選手の限界を引き出す環境をつくっていくことが大事だと思っています」
第1クールは5日間の長丁場で、選手にとってバッティングだけの日は"地獄の一日"となった。屋内練習場では、次々と膝をつき、仰向けになる選手たち。練習が終わり、宿舎に戻るタクシーを待つロビーは、さながら"野戦病院"のようだった。
選手たちはマメが潰れ、ボロボロになった手のひらを見せあっては力なく笑い、入団2年目組の西村瑠伊斗は「もう無理」といつもの強気な姿はなく、北村恵吾も「明日はウエイトと守備の日ですけど、明後日のことを考えると今から怖いです」と苦笑いを浮かべた。橋本星哉も「まさかこんなことになるとは思わなかったです」と、顔をしかめた。
「自分は体の強さには自信があって、『僕ができなければ、ほかの人もついてこられないだろう』みたいな気持ちでキャンプに入ったんですけど、最初の振り込みで肩、広背筋、太ももと全部攣(つ)って......。感情を表に出さないタイプなのですが、本当に無理でした」(橋本)
【逃げられない状況をつくる】
今年一軍でプレーした選手たちは、それなりに余裕があるように見えたが、並木秀尊は「振り込んだ次の日は手に力がはいらないというか、ストレッチで足を持つのもしんどい。こんな感覚は人生で初めてでした」と笑った。
また丸山和郁は、次のような感想を述べた。
「最大出力で振るなかで、ペースは早いし、先が見えないので心が折れそうになりました。マジで苦しかったです。でも、この時期は"量"が圧倒的に大事なんで。短い時間で集中して振り込むことは、すごくいいことだと思います」
今シーズン、キャリアハイとなる96試合に出場した丸山は、この秋季キャンプで土台づくりのために試行錯誤を繰り返した。
岩田幸宏は7月に育成から支配下選手となると、プロ初本塁打を記録。10月の宮崎でのフェニックスリーグ期間中も早出練習を欠かさず、秋季キャンプでも早い時間から準備する姿が印象に残った。
「振ると聞いていたので、そのための準備はしてきました。30分振り続けろと言われたらできますし、自分のためにやるだけです。僕の課題は打つことなので、やらなあかんという気持ちだけです」
第1クール最終日、今年7月に火の国サラマンダーズから入団した中川拓真は、屋内練習場でのローテーションひと回り目で160キロを超える打球速度を計測。しかし次のメニューでは極端に動きが鈍くなり、スイングが大きく波打ち、限界を超えているように見えた。
それでも大松コーチは「はい、1、2、3......」とトスを止めない。その理由について、こう説明する。
「ふつうだったら、もうダメなのかで終わるけど、今回は逃げられない状況をつくり、『ちゃんと自分と向き合わないと、練習は終わらないよ』ということですね」
中川はなんとかメニューを消化したが、「もう無理です。東京に帰りたい」と弱音を吐いた。そんな中川に「これを乗り越えたら、何かつかめるかもしれないですし、そういう物語は記者にとってはうれしいことです」と話すと、「そうなんですか......」とポツリと語った。
「乗り越えたら記事にしてくれますか? じゃあ、それをひとつのモチベーションにして、"なにくそ魂"ですね」
大松コーチは「振る力がついても、それを試合でコントロールできなければ底上げにならない」と、その先を見据えたメニューをつくっていた。
大松コーチが後ろに下がりながら6球トスを上げ、選手は前にステップしながら振り抜くメニューがそれだった。このメニューは、たとえば指定された約35メートル先のポイントに何球連続で打ったら終了で、ゴロの打球は禁止で、ピッチャーの足元を想定したライナーの打球や、長打を狙った高いゾーン打球など、その都度、指示は変化していった。
「しんどいなかでも、きちんと打たないとその場所に打球はいきません。今日は難易度を上げ、もっと高いゾーンに5球連続としたのでなかなか終わらない。そうなると500から600スイングになるんですね(笑)」
濱田太貴は「去年より振る量が多いですし、これまでで一番きついですね」と言った。今シーズンは出場10試合にとどまり、期待されているホームランは出なかった。
「もうちょっとコンタクトして強く振りたいので、今回の練習はそれにつながると実感しています。強く振りつつも、コンタクト率をあげられる練習だと思っています」
【昭和と令和のコンビネーション】
そして冒頭で触れたように、松山キャンプでは昭和風の猛練習の向こうに、令和のテクノロジーが顔をのぞかせていた。バッティング練習では、ラプソードやブラストといった機器を使い、選手の打球速度やスイングスピードなどを測定していた。
スタンドティーを使用した"置きティー"では、選手ごとに目標値が設定され、150キロと告げられた選手はその数値以上を60球クリアしないと終われない。平均打球速度を上げるのが狙いで、再現性にもつながっていくのだった。どの選手も60球をクリアする頃には、250球ほどを要していた。
アナリストの工藤大二郎氏は「昭和と令和のコンビネーションですね」と話した。
「選手たちは数値が目に見えるので、きついなかでも手を抜けない。計測器は、手を抜かさせないための役割も果たしています。始まった頃と比べると速度が出る選手も多くなっていますし、まだ波がありますが、そのなかで右肩上がりになっていければと思っています」
増田珠は、今季からヤクルトでプレー。一軍で52試合に出場し2本塁打を記録。「僕は数字系が好きなので」と、ソフトバンク時代から映像分析アプリをチェックしている。
「みんなの数字は見ますし目安にもなりますが、結局は自分の数値が上がっていくことが大事です。今シーズン戦って感じたことは、スイングスピードを速くしていかないと上を目指すのはきつくなるということでした。なので、今回のように振ることは大事だなと。
テクノロジーの面で打球速度を測りながらやるのもすごくいいですよね。『今のはよかった、悪かった』などの感覚だけでなく、実際に数字を見て『今の打球はよかったんだ』と納得できる。今回、数値は上がりましたが、疲労度も増しています(笑)。でも、この疲労がちゃんと抜けた時にどうなるのか。オフを経て、今やっていることが2月にすごく生きてくるんじゃないかと楽しみです」
髙津臣吾監督は第1クール最終日に「打撃コーチには、今回のキャンプではバットを振る量と強さをお願いしました」と話した。
「そのなかで、感覚だけでなく現実的な数字を見ながらやるのは選手もわかりやすいし、目標にもなるでしょうね。まだまだ青写真を描ける段階ではありませんが、いずれ彼らが中心になっていかないといけない。今のうちにしっかり鍛えて、将来的にひとりでもふたりでもレギュラーやチームを引っ張っていく存在の選手をつくっていかないといけないと思っています」
そうしてキャンプは第2クール、最終の第3クールへと入っていくのだが、選手たちは日ごとに強く、たくましくなっていくのだった。
つづく>>