室屋義秀とマルティン・ソンカ――。2017年シーズンのレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップにおいて、常にチャンピオンシップポイントランキング(年間総合順位)のトップを争ってきたふたりだ。 第7戦のレースを終え、笑顔を見せ…

 室屋義秀とマルティン・ソンカ――。2017年シーズンのレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップにおいて、常にチャンピオンシップポイントランキング(年間総合順位)のトップを争ってきたふたりだ。



第7戦のレースを終え、笑顔を見せる室屋

 まず今季開幕戦(アブダビ)で優勝したのは、ソンカである。優れた機体性能に加え、技術的にも安定してきていることは明らかで、開幕早々に”ソンカ強し”を印象づけた。

 続く第2戦(サンディエゴ)で優勝したのは、室屋だった。室屋は続く第3戦(千葉)も連勝して一歩リードするも、ソンカも第6戦(ポルト)で2勝目を挙げるなど、ポイントを積み重ねてきた。

 シーズンもなかばになると、ふたりの争いにカービー・チャンブリス、ピート・マクロードが加わり、ポイントのうえでは4強の様相を呈してきた。それでもなお、室屋は「最も警戒すべきはソンカ」と口にしてはばからなかった。

 ふたりの争いに変化が生まれたのは、最近2戦のことだ。第5戦(カザン)と第6戦で、室屋がトータル5ポイントしか獲得できなかった一方で、ソンカは17ポイントを上積み。チャンピオンシップポイントランキングでトップに立つソンカとは対照的に、室屋は4位に後退し、ソンカとのポイント差も「10」にまで広げられた。

 今季残されたレースはわずか2戦。絶望的とまでは言わないまでも、かなり厳しいポイント差。客観的に見れば、そう言わざるをえない状況だった。

 そして迎えた、ドイツでの第7戦(ラウジッツ)。その結果次第では年間総合優勝の可能性が消えるかもしれない土壇場の一戦で、室屋は大勝負に打って出た。

 室屋、ソンカともに、ラウンド・オブ・14、ラウンド・オブ・8を順当に勝ち上がり、優勝を決めるファイナル4にはふたりの他、マット・ホール、フワン・ベラルデの4人が残っていた。

 最初に飛んだホールのタイムは、50秒846。ホールがこの日飛んだ3ラウンドのフライトのなかでは、最速のタイムだった。

 エアレースは気象条件の変化に影響を受けやすいため、同じコースを飛んでいるからと言って、数字だけで一概にタイムの良し悪しを比較はできない。だが、ホールのタイムはこの日の全体のレース傾向から考えると、かなりの好タイムであることは確かだった。

 続く2番目に飛ぶ室屋は、フライト前にホールのタイムを聞いた。「かなり速かったので、無難に飛んで勝てるタイムではなかった」。それが率直な印象だった。

 室屋は常々、必ずしもすべてのレースで優勝を目指す必要はなく、コンスタントにファイナル4に残り、確実にポイントを重ねていくことが年間総合優勝への道だと考えている。だが、もはやそんな悠長なことは言っていられない。状況は切迫しているのだ。

「2位や3位を狙って取ったところで(年間総合優勝のためには)ダメだと思ったので、もうここは一発勝負。ペナルティ覚悟で勝ちにいこうと腹をくくった」



優勝を狙う室屋は、ペナルティ覚悟のフライトを見せた

 攻めのフライトであることは、スタート直後から明らかだった。インコレクトレベル(ゲートを水平に通過しない)のペナルティを取られるのではないかというギリギリのターンの連続。滑るようにパイロンをすり抜けていく機体は、ペナルティを犯すことなくグングンとスピードに乗っていった。

 タイムは50秒451。ホールを0.4秒近くも上回るスーパーラップは、この日の全ラウンドを通じて最速タイムだった。室屋が覚悟のフライトを振り返る。

「ファイナル4はホントに目一杯のフライトで、ペナルティをもらうかどうかのギリギリだったんじゃないかと思う。ビデオはまだ見ていないけれど、相当際どく攻めたから」

 まさに無謀と紙一重。そんな強気なフライトのなかでも、とりわけ室屋がリスクを承知で突っ込んだのが、バーティカルターンだった。

 ゲートを通過した瞬間、一気に垂直に上昇するバーティカルターンは、上昇のタイミングが遅れれば、タイムロスが出てしまう一方で、早すぎればクライミング・イン・ザ・ゲート(ゲートを水平ではなく、上昇しながら通過すること)のペナルティを取られてしまう。わずかなタイミングの違いが大きな差を生み出すバーティカルターンは、勝負のカギを握る重要なポイントとなっていた。室屋が語る。

「ラウンド・オブ・8から、少しずつ詰めて(上昇するタイミングを早くして)いって、ファイナル4では、『これはどうかな』というくらいのタイミングでターンした。『えーい、行ってしまえ!』という感じだった」

 結果的に、勝負のバーティカルターンにペナルティはなかった。だが、スロー映像を確認する限り、”黒に近いグレー”というのがその印象だ。もしもペナルティを取られていても文句は言えまい。それほど際どいタイミングだった。

 室屋自身、「特に最後(2周目)のバーティカルターンは、自分でも上がっている最中に『どうかな?』とちょっと思うくらいだった」と認めるほどである。

 だが、ペナルティを恐れていれば、これほどのスーパーラップは生まれなかったこともまた事実。室屋は賭けに勝った。そう表現してもいいだろう。

「(ペナルティかどうか)際どかったけれど、その分勝ったという感じだった。50秒6くらいならマルティンも可能性があったと思うが、50秒4までは届かないだろう、と。フィニッシュした後にタイムを聞いて、『これなら勝てる』と確信した」

 室屋に続いて3番目に飛んだフワン・ベラルデは、インコレクトレベルのペナルティを犯し、53秒680で優勝争いから大きく脱落。そして最後に飛んだ宿敵ソンカもまた、50秒964にとどまり、室屋の後塵を拝した。

 ソンカにしても、これほどのスーパーラップを見せられた後では、無闇に挑みかかるのは得策ではないとの判断もあっただろう。室屋を上回ろうと無理をしてオーバーGでDNF(ゴールせず)にでもなれば、取れるはずのポイントも失ってしまう。ここは2位でもいいから、取れるポイントを確実に拾っておこうと考えたとしても不思議はない。

 それだけに、あくまでもこのレースの優勝ではなく、チャンピオンシップポイントランキングをにらんで勝負に出た室屋にとっては、ホールが2位に入ったこと、すなわちソンカを3位に終わらせたことは大きかった。

「マットがいいところで頑張ってくれたおかげで、最高の結果になった」

 一か八かの大勝負。運も味方し、室屋は見事に勝利をつかみ取った。

 これで室屋はチャンピオンシップポイントランキングで2位に順位を上げ、トップのソンカとの差を4ポイント差まで詰めた。

 次の最終戦で室屋が優勝しても、ソンカが2位になれば逆転はできない。しかし、一度は土俵際まで追い込まれていた室屋が、ソンカを大きく押し返したことは間違いない。

「今日はいい展開で勝てたので、いいレースだったと思う。チャンピオンシップもかなりおもしろくなったので、次、もう一発いきたい」

 室屋は自分に言い聞かせるようにそう言うと、「ポルトでもう少しポイントを取れていれば楽だったけど、それを言っても仕方がない。でも、うん、おもしろくなってきた」と繰り返した。

 さすがに、いつも以上にタフなフライトを終えた後とあって、室屋の表情にも疲れが見える。だが、何かに気づいたようにニヤリと笑うと、まるで他人事のように続けた。

「今日のレースは出来すぎ。我ながら『よくぞ盛り上げてくれますね』って感じ。こちらは追いかける立場なので気楽だし、インディでは準備だけ十分にして、あれこれ考えずにいくしかない」

 逆転優勝をかけた最後の大一番、第8戦はおよそ1カ月後の10月14、15日、モータースポーツの聖地インディアナポリスで開かれる。

 室屋とソンカがファイナル4で雌雄を決する。そんなしびれるような展開が、おそらく待っている。