【グッドマンの地元、オーストラリアで臨んだ一戦】 12月24日にWBA/WBC/IBF/WBO統一スーパーバンタム級チャンピオン、井上尚弥(31歳)に挑むはずだったサム・グッドマン(26歳/オーストラリア)が左目の上をカットし、試合が1カ月…
【グッドマンの地元、オーストラリアで臨んだ一戦】
12月24日にWBA/WBC/IBF/WBO統一スーパーバンタム級チャンピオン、井上尚弥(31歳)に挑むはずだったサム・グッドマン(26歳/オーストラリア)が左目の上をカットし、試合が1カ月延期された。グッドマンは目下19戦全勝8KOで、IBFとWBOの指名挑戦権を持っているが、井上との差は大きそうだ。
無敗のトップコンテンダー、グッドマンと過去に拳を交えた日本人がいる。前日本バンタム級王者の富施郁哉(26歳)だ。2022年5月11日、富施はグッドマンの母国、オーストラリアに飛び、WBOオリエンタルタイトルに挑戦した。
2022年5月にグッドマンと試合をした富施。着ているのはグッドマンのTシャツ
photo by Soichi Hayashi Sr.
富施は当時を振り返る。
「僕はこれまでにプロで18戦していますが、スーパーバンタムで試合をしたのはグッドマンとの一度きりなんです。あの時は、『スーパーバンタム級のWBOオリエンタル王者からオファーがきたぞ。勝てば世界ランキングに入れるかもしれない』と。海外での試合はいい経験になるだろうと感じましたし、信頼しているトレーナーに『やったほうがいい』と助言され、受けました。
あの時点での僕は、11勝1敗でした。現地入りしてから、IBFインターコンチネンタルの空位決定戦としても認められ、2本のベルトを懸けてグッドマンと戦ったんです」
1998年7月10日に茨城県で生まれた富施は、小学1年から中学3年まで空手道場に通っており、水戸桜ノ牧高校常北校に入学後、ボクシングに転向した。2年次の3月に催された全国大会で2位となっている。その後、1日でも早くプロの世界に飛び込もうと、定時制の高校に転校するとともに故郷を離れ、上京した。
2017年1月23日にプロデビューし、2021年10月20日には日本ユースバンタム級王座を獲得。「グッドマンを食って、上に行く」。そう自分に言い聞かせながら、翌年の5月に虎視眈々とオーストラリアの地を踏んだ。
「ほぼ時差がなく、7日前くらいに現地入りしたので、万全の調整ができました。向こうの5月は秋で、ちょっと寒いくらいでしたね。でも、気温も問題なかったです。スーパーバンタムでの試合だったので、ウエイト調整もラクでした」
普段、53.52kg以下のバンタム級で戦う富施が、55.34㎏以下のスーパーバンタムでリングに上がったが、グッドマンのパワーに驚くことはなかった。
「相手の映像を見て、『バランスがいい選手だな』という印象を持っていました。ヒット・アンド・アウェイが巧みなので、向こうの右ストレートに合わせる練習をしました。こちらもバランスを課題とし、打ち終わりに体が流れないこと、重心が上がらないようにと意識しましたね。
僕は緊張するタイプじゃないんですが、アリーナは大観衆で埋まっていて、炎が上がる演出のなかで花道を歩き、さらに盛り上がりました。僕らの試合のあとに、まだ3試合くらいあったと記憶しています。もちろん気持ちは高まりましたよ。『雰囲気がいいな、せっかくだから楽しもう』と考えました」
【グッドマンがダウン後に見せた「うまさ」】
サウスポーの富施はリズムを取りながら、前の手でフェイントをかける。しかし、序盤から手数でオーストラリア人ファイターが上回った。
「立ち上がりのグッドマンは、予想以上にプレッシャーをかけてきました。僕はジャブを顔面に、ストレートをボディに、またはフック気味に顔面を狙っていきました」
2ラウンド目は、グッドマンの右ストレートをかわし、顎に左アッパーをヒットさせるなど、日本人チャレンジャーも自分のよさを見せる。
「グッドマンって、ワンツー、そしてまたジャブと3つ打ってくるんですよ。その癖を見抜いたので、左ストレートを合わせたんです」
第3ラウンド、2分14秒。富施の左を浴びたグッドマンが腰からキャンバスに沈む。狙い澄ました一発に見えたが、富施は淡々と回想した。
「たまたま当たって、タイミングよく倒れてくれました。ただ、グッドマンはその後がうまかったですね。常に自分の距離を保って、(こちらのパンチが)届かないんです。近いようで遠く感じました。
当たりそうだなと思ってパンチを出すんですが、どうしても捉えられなかったです。反応がよく、空間支配能力に長けていました。僕が踏み込んだら、その分、グッドマンも下がる。そして、彼のパンチは意外とノーモーションなんです。向こうが距離を詰めてプレッシャーをかけてくるんですが、本来、こっちが手を出せば当たる距離なのにヒットできなかったです。逆に相手のノーモーションのパンチを、もらってしまいました......。
敵地でしたから、倒してやろうと左ストレートを打ち続けましたが、ダウンを取ったラウンド以外は全部、向こうのポイントでしたね。各回、ちょっとずつ負けていたのかなと思います。本当に技術の高い選手でした。僕はガムシャラに攻めましたが、グッドマンは余裕があったんじゃないかな」
ジャッジ3名が7ポイント差と採点し、日本人チャレンジャーは敗れた。
【井上vsグッドマンはどんな試合になる?】
そのグッドマンが井上尚弥に挑む一戦について、富施は語る。
「井上尚弥選手との試合は、ファーストラウンドが楽しみです。グッドマンは、左手でリズムをとりながら好戦的にプレッシャーをかけますね。井上選手はなんでもできますが、プレッシャーのかけ合い、そこでどちらが主導権を握るか見たいです。いずれはグッドマンが倒されるでしょうが、初回の駆け引きが楽しみですね。流れに注目しています。
5月の井上(右)vsネリ終了後、リングに上がったグッドマン(左)photo by Hiroaki Finito Yamaguchi
対戦した人間からすると、挑戦者にもちょっとは頑張ってほしいです。でも、井上選手って異次元のチャンピオンじゃないですか。グッドマンは僕でも渡り合えた選手ですが、井上選手は世界チャンピオンのなかでもナンバーワンというスーパーな存在です。ほかの王者が相手だったら、グッドマンも世界王者になれた可能性があると思うんですよ。でも、井上選手に勝つことは難しいでしょう。本当に、規格外ですから。
1ラウンド目は距離の取り合いをして、徐々にリードの差し合いで井上選手がアドバンテージを取り、グッドマンがディフェンシブになっていく。挑戦者はどんどん削られていって、早ければ3回、遅くとも5ラウンド以内に井上選手がKO勝ちすると見ています。井上選手のボディブローが有効に決まって、挑戦者がダメージを蓄積してしまうんじゃないですかね。
グッドマンは『想定したよりも距離が遠かった』というのが僕の実感です。それをいかに潰すか、井上選手の戦いぶりが楽しみです。僕はけっこう、グッドマンのパンチをもらってしまいましたが、距離の取り合いでも井上選手が勝つのか、それともプレッシャーをかけていくのか、そのあたりのリングの使い方に注視します。距離も井上選手がコントロールしたら、グッドマンは戦いようがないですよ」
いずれにしても、井上尚弥の圧勝は間違いないとしながら、富施は言葉を続けた。
「グッドマンはデビュー以来19連勝中ですが、全勝できるだけの力を持った、テクニシャンです。相手に当てさせず、自分が当てるスタイルで、まとめ方も器用です。パンチ力よりも、連打で相手をストップするタイプと呼べるでしょう。
でも、井上選手はレベルが違います。第一に、踏み込みのスピードがほかの選手と比較にならないくらい速い。1度パンチをヒットしてから、もう一回踏み込む。ステップインの連続が頭抜けています。1発だけだと、距離を取るのがうまいグッドマンは対応できるかもしれません。でも、連動した踏み込み、連打というのは味わったことがないでしょう。
井上選手はまったく違う次元、土俵で戦っている人なので、僕なんかが語っていい存在じゃないですけれどね......。ボクサーはもちろん、ファンのみなさんも憧れていますよ。野球なら、大谷翔平選手のような唯一無二の男でしょう」
グッドマン戦を糧とし、今年4月に日本バンタム級王座に就いた富施だが、同7月の初防衛戦でタイトルを手放している。来たる12月20日、自身も復帰戦を迎える。
「次に勝って、日本かOPBF東洋太平洋かWBOアジアのタイトルに絡んでいきたいです。もう一回、ベルトを獲りたいですね」
富施が何度も「異次元」と口にした、28戦全勝25KOの"モンスター"は2025年1月24日、どんな内容で白星を加えるか。