「ボクシング・東洋太平洋スーパーバンタム級タイトルマッチ」(12日、後楽園ホール) 元WBC世界バンタム級王者・辰吉丈一郎(54)の次男で、東洋太平洋スーパーバンタム級6位の辰吉寿以輝(28)=大阪帝拳=が壮絶に散った。初のタイトルマッチ…
「ボクシング・東洋太平洋スーパーバンタム級タイトルマッチ」(12日、後楽園ホール)
元WBC世界バンタム級王者・辰吉丈一郎(54)の次男で、東洋太平洋スーパーバンタム級6位の辰吉寿以輝(28)=大阪帝拳=が壮絶に散った。初のタイトルマッチで王者・中嶋一輝(31)=大橋=に挑戦したが、左フック一発で失神。ショッキングな2回TKO負けでプロ初黒星を喫し、タンカで運ばれた。一家総出で見守った丈一郎は、この敗北を糧にするよう、寿以輝に語りかけた。
衝撃的な結末に、聖地が揺れた。2回、中嶋に左ストレートを2発入れられた寿以輝は、距離を詰めてフックを振るっていったが「手応えがあった」という中嶋の左フックを直撃されると、朽ち木倒しで後方にダウン。後頭部を強打してピクリとも動かず、即座にストップが宣告され、長女の泣き声が響く中、タンカで搬送された。試合の記憶は飛び、コメントすることはなかった。
父が1990年に初タイトルとなる、日本バンタム級王座を獲得した聖地・後楽園。青コーナー下の最前列では辰吉一家が総出で見守ったものの、18戦目にして初黒星という残酷な現実が突きつけられた。
中嶋は1回に左フックが当たったことで、寿以輝の右のガードが少し下がると見て取り、ボディーストレートで寿以輝の意識を下に向けさせて、フィニッシュの左フックにつなげたと説明。寿以輝はサウスポーが苦手とされており、辰吉は「いろいろと考えていると認識が多くて、どうしてもこうせなあかんという気持ちが強かったんじゃないか。せわしなかった。いろいろとらわれすぎた。左が圧倒的に少なかった」と敗因を指摘した。
さらに「倒れて失神するのは当たり前。俺は立ったまま失神した」と、1999年の自身のウィラポン(タイ)戦を引き合いに出し「負けて強なるのが辰吉。負けを知らない人間が天下取ってもおかしくなるだけや」と辰吉流の哲学を開陳した。
「これをええもんにするのか最悪にするのかは本人次第。僕は何も言えん」と述べた。そして「辰吉風に言うなら、俺はリマッチする」としつつも「俺は俺、寿以輝は寿以輝やから」と、寿以輝の意向を尊重する姿勢を見せていた。
◆辰吉 寿以輝(たつよし・じゅいき)1996年8月3日、大阪府守口市出身。父はWBC世界バンタム級王座を3度獲得した辰吉丈一郎。幼少期から父のもとで兄の寿希也さんとともにボクシングを始め、寺方小2年でプロを志望した。2015年4月にプロデビュー。13連勝後、1分けを挟んで3連勝。家族は妻の優さんと長女の莉羽ちゃん。寿以輝と名付けたのは99年に死去した父方の祖父・粂二さん。身長167センチ。右ボクサーファイター。