西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 第24回 ラヤン・シェルキ 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。今回…

西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第24回 ラヤン・シェルキ

 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。今回は、フランス代表の新10番候補と目される21歳のラヤン・シェルキ。「10番」とともに栄光を築いてきた、フランスサッカーの逸材を紹介します。

【フランスの「10番」の系譜を継ぐ】

 アントワーヌ・グリーズマンがフランス代表から引退した。レ・ブルー(フランス代表の愛称)の攻撃的MFとして活躍したグリーズマンの後継者は誰になるのか。

 フランスは「10番」とともに栄光を築いてきた。


リヨンでプレーするラヤン・シェルキはフランス代表の新10番候補だ

 photo by Getty Images

 1958年スウェーデンW杯で3位になった時はレイモン・コパ。この年のバロンドール(欧州年間最優秀選手。2007年より世界年間最優秀選手)を受賞した名手である。1980年代はミシェル・プラティニ。バロンドール3回受賞のスーパースターだ。1998年フランスW杯で初優勝した時はジネディーヌ・ジダン。やはりW杯の活躍でバロンドールを受賞している。

 ジダンの後継者がグリーズマンだった。バロンドールは受賞していないが、2016年と2018年に3位に選出されている。2018年ロシアW杯で2度目の優勝を成し遂げた中心メンバーだ。

 歴代「10番」はいずれも外国の血が入っている。コパはポーランド移民の子、プラティニはイタリア系。ジダンはアルジェリア移民2世でベルベル族。グリーズマンは父親がドイツ系、母親がポルトガル系である。フランス人は三代遡れば外国人というのがむしろ普通で、現在の代表メンバーも多くが黒人選手になっている。

 グリーズマンの後継者として期待されているラヤン・シェルキも父親がイタリア系、母親がアルジェリア系だ。オリンピック・リヨン所属の21歳。

 16歳でリーグアンにデビュー、史上二番目の若さでチャンピオンズリーグ出場を果たした。リーグアンではクラブ史上最年少の得点も決めている。フランス育成年代の代表に選出され、パリ五輪のメンバーでもあった。まだフランス代表には招集されていないが、有力な「10番」候補と目されている。

【両足を同じように使えるタイプ】

 見た目はリオネル・メッシに似ている。足下に吸いつくようなドリブルとキレのあるフェイント、少し背中を丸めた姿もよく似ている。身長はメッシより6㎝高い176㎝だが、小柄な技巧派だ。

 面白いのが、完全な両足利きだということ。ドリブルは左足を多く使っていて、それもあってメッシを思わせるのだが、実は右利きだそうだ。確かにセットプレーは右足で蹴っていて、パワフルな右足のシュートも決めている。

 両足を同じように使えるタイプはこれまでにもいたが、ここまでどちらが利き足かわからない選手は珍しい。フランス代表にはウスマン・デンベレという、やはりどちらが利き足なのかわからない選手がいるけれども、ナチュラルに両足が使えるのは極めて希少だ。

 右ウイングあるいはトップ下としてプレーする。サイドもできるが、中央のほうがシェルキのキープ力やパスがより活きる。高度なテクニックとともにインスピレーションの冴えもすばらしく、まさに「10番」のタイプ。

 リヨンの育成を経て、15歳の時にはBチームでプレー。16歳でトップへ昇格。体幹の強さを感じさせるプレーぶりで、早熟なタイプだったようだ。ただ、育成年代の代表チームで活躍しながら、まだA代表に呼ばれていないのは少々気になるところではある。

【開花しなかった「10番」もいる】

 ハテム・ベン・アルファは、飛び級でクレール・フォンテーヌ(国立育成センター)に入った逸材だった。その才能は同年代のメッシと比較されるほど。しかし、リヨンからマルセイユに移籍して勢いが止まり、カルト的な人気はあったがフランス代表でも活躍できないままだった。

 ベン・アルファと同期のサミル・ナスリも「ジダン2世」と呼ばれた才能の持ち主。アーセナルやマンチェスター・シティで活躍したが、フランス代表にはやはり定着せず。

 ベン・アルファ、ナスリの共通点は規律の欠如である。才能は文句なしだったけれども、ナスリは監督批判で外されていて、ベン・アルファはコンディションがあてにならなかった。フランスは個人主義の国と言われているが、そのぶんチームの規律はけっこう厳格で、和を乱すような存在は受け入れられない傾向がある。

 ベン・アルファがマルセイユでプレーしていた時の監督はディディエ・デシャン。当初は起用法に不満を漏らして干されている。ナスリはフランス代表監督となったデシャンを批判して招集外となった。

 デシャン監督がフランス代表を率いて12年。その間、2018年ロシアW杯優勝、2022年カタールW杯準優勝。規律を乱す選手には容赦がない。出自も個性もさまざまで、自己主張の強い選手たちをまとめるには、デシャンの手法がおそらく正解なのだろう。シェルキがどういう性格かはわからないが、10代で天才ともてはやされた先輩たちの轍を踏まないことがまずは前提になる。

【代表定着のポイントは?】

 ただ、もしかしたらさらに大きな壁があるかもしれない。デシャンはフランスを支えてきた「10番」をそこまで重視していない可能性があるからだ。というより、現代サッカーで純粋な「10番」は居場所を見つけにくくなっている。

 そもそもデシャンはモナコを率いていた時も「10番」のタイプを置いていなかったし、フランス代表でもグリーズマンより10番成分の顕著なナビル・フェキルはずっと控えだった。グリーズマンはよりハードワークできて、さまざまな局面に対応する適応力があり、それが重用されていた理由のひとつと考えられる。

 シェルキの「10番」としての能力は疑いないが、その他の仕事をどれくらいのレベルでこなせるかが、代表に定着するかどうかのポイントになるのではないか。

 現在のフランス代表は、フィジカル・モンスターが勢ぞろいしたような様相になっている。キリアン・エムバペという大エースもいる。しかし、グリーズマンにあった創造力は欠けたままだ。

 シェルキがジダンの道を歩むのか、それともベン・アルファやナスリの轍を踏むのかは、まだわからない。ユベントスとフランス代表で、ジダンを間近に見てきたデシャンの決断が注目される。

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