プレミアリーグで躍進! ブライトンの横顔 後編 プレミアリーグ第12節を終えた11月24日時点で、5位と順位を上げているブライトン。三笘薫がプレーする今季のチームを率いているのは、31歳と若いファビアン・ヒュルツェラー監督だ。ドイツで育った…

プレミアリーグで躍進! ブライトンの横顔 後編

 プレミアリーグ第12節を終えた11月24日時点で、5位と順位を上げているブライトン。三笘薫がプレーする今季のチームを率いているのは、31歳と若いファビアン・ヒュルツェラー監督だ。ドイツで育った無名の指導者は、どのようにして世界最高峰リーグのチームを指揮するようになったのか。

前編「ブライトンを躍進させた会長の変わった経歴と手法」>>

【23歳で指導者を目指す】

 何か大きなことを成し遂げるために、己を知る。

 物心ついた頃からの一番の夢、トップ中のトップのプロフットボーラーになることは叶わなそうだ。でも指導者の資質なら自分にもある気がする。その道に早く進めば、最高のレベルを極められるかもしれない――。


今季のブライトンを率いる31歳、ファビアン・ヒュルツェラー監督

 photo by Getty Images

 ブライトン&ホーブ・アルビオンを率いる31歳のファビアン・ヒュルツェラー監督は、そう信じて早々に現役のキャリアに見切りをつけ、トップレベルの指導者を目指し始めたという。彼が23歳の時だった。

「(その頃)こんなふうに自問自答していたんだ。『たぶん3部リーグでプレーできるかもしれないし、2部の可能性もあるだろう。でもブンデスリーガに到達することはない』と」

 1993年生まれのプレミアリーグ史上最年少監督は今年10月、オンライン・メディア『The Athletic』にそう話した。今でもまだまだ若いが、もっと若い頃はバイエルンの下部組織や、ドイツの若年層代表で主将を務めた知的なセントラルMFだったという。

「多くの人々は理解してくれなかった。2部や3部でプレーできるはずだと言ってくれてね。でも彼らには、私の求めるものがわからないんだ。私が心の底から追い求めるもの、人生のビジョンを」

 清廉な両目でじっと相手を見つめながら、そう話している姿が想像できる。なぜなら筆者は11月9日にブライトンがマンチェスター・シティから逆転勝利を収めた後、会見場で監督の目前の席が空いていたので座り、2メートルに満たない距離から質問し、彼の澄んだ瞳がとても印象的だったことを覚えているから。加えてその奥に宿る野心と卓越性も。

【現在31歳。チームには年上の選手が5人】

 ファビアン(ほとんどの人が彼のことをそう呼ぶ)は今季、初めて世界一のリーグに挑戦している。真のトップレベルの舞台に足を踏み入れたわけだ。31歳だが、現役選手としてではなく、監督として。

 今季のブライトンのファーストチームのスカッドには、このドイツ人新監督より年上の選手が5人いる(GKジェイソン・スティール、DFルイス・ダンク、DFジョエル・フェルトマン、MFジェイムズ・ミルナー、FWダニー・ウェルベック)。なかでも、数多の激戦を潜り抜けてきた海千山千、ミルナーにいたっては7歳も年嵩だ。

「監督には就任当初から感銘を受けているよ」と今夏に来日した時にミルナーはそう語った。「メディアは彼が私よりいかに若いかを取り上げたがるけど、今あなたが話しているのは、16歳から38歳までプレミアリーグでプレーし続けている選手だ。つまり年齢なんて、ただの数字だってことさ」。

 同じミックスゾーンでウェルベックは、監督の印象をこう語った。

「とてもいいよ。まだ1、2カ月しか経っていないけど、トレーニングは充実しているし、伝え方も上手だね」

 この年齢でプレミアリーグのクラブの監督を務め、新天地の選手たちに認められ、見事な結果も残している。12節を消化した現在、ブライトンは5位──マンチェスター・ユナイテッドやトッテナムを下し、アーセナルと引き分け、前述したように直近のホームゲームでは王者シティを倒している。

 夢のようなプレミアリーグデビューを可能にしたのは、若き日の英断だけでなく、バイエルンでトップレベルのフットボールに親しんできたことや、指導者大国ドイツの血にも見出せる。

【シニアレベルの監督歴1年半でプレミアリーグへ】

 スイス人の父とドイツ人の母のもと、アメリカはテキサスで生まれ、2歳の時に家族でミュンヘンへ移り、バイエルンのファンになった。11歳でそのバイエルンの下部組織に入団し、エムレ・ジャン(現ボルシア・ドルトムント)やピエール=エミール・ホイビュア(現マルセイユ)らと共にプレー。名将ユップ・ハインケスやエリック・テン・ハフ、メーメット・ショルらの指導も受け、勝者のメンタリティを学んだ。

 それでもリザーブチームで燻っていた自身に選手としての特別な才能がないことを悟り、2016年に当時5部のピピンスリードで選手兼監督に転向。ショートパス主体のポゼッションスタイルにこだわっていたが、ある時、それだけでは勝てないことに気づいたという。

「自分はバイエルンの選手だったから、こう考えていたんだ。常に試合の主導権を握り、美しく勝たなければならない、と。でも、それがどこででも通用するわけではないことを学んだ。攻守の最適なバランスが必要だということを」

 2020年にザンクト・パウリのアシスタント・コーチに任命され、2022年12月に解任された監督の後任に、ブンデスリーガ2部史上最年少の29歳で指名されると、降格の危機に瀕していたチームに息を吹き込み、翌2023-24シーズンには優勝と昇格を果たした。つまりブライトンはシニアレベルの指導歴を1年半しか持たず、1部リーグ初挑戦となる指揮官を迎えたのだ。多くの強者が跋扈するプレミアリーグという無慈悲な戦場に。

「(23歳の時に指導者への転向を決めた時もそうだったが)何かを決断する時、自分のなかで直感が働くんだ。それはおそらく合理的なものではない。

 今夏にブライトンから連絡を受けた時もそうだった。もちろん理性的に考えると、(ザンクト・パウリという)安住の地に残る選択肢もあった。私はそこですばらしい人々に囲まれ、大きなことを達成したのだから。

 でも結局のところ、これは私の人生であり、私が決めることだ。このチャレンジに挑まなければならないと感じたんだ」

 ユルゲン・クロップやトーマス・トゥヘルといった同胞の先達の影響を強く受け、少しでも話す機会があれば、年長の指導者たちを質問攻めにする。自身に経験が乏しいことを自覚し、誰からも、どんなことからも学ぼうとしているのだ。

【12試合中11試合で三笘薫を先発させている】

 ただしその采配とチームづくりを見る限り、いかなる強敵とも対等に勝負できている印象だ。トッテナムには前半に2点を、シティには1点を先行されながら、ハーフタイムの修正と指示によって逆転勝利を手繰り寄せているように。シティ戦後の会見では、どこを調整したのかと訊かれ、落ち着いた口調でこう答えている。

「前半は縦パスを急ぎすぎ、簡単に失うシーンが多かったので、辛抱しながらボールを回そうと選手に伝えた。ポゼッションで我慢できれば、ギャップが生まれてくるものだから。そして最適なタイミングでスペースを突けるようになり、それが前後半の大きな違いとなった。後半開始から投入したカルロス(・バレバ)は運動能力が高く、デュエルに強く、中盤を支配できる。彼の影響もあり、ボールの保持に関わらず、チーム全体のインテンシティが上がったことも大きい」

 三笘薫についてはプレミアリーグ12試合のうち11試合に先発させていることからも、信頼を置いているのがわかる。昨季までのチームを率いたロベルト・デ・ゼルビ前監督が築いたポゼッションスタイルに、新指揮官が「最適なバランス」を加えようとしている今のチームでは、三笘もよりタフに走っている印象だ。守備時の健闘はもちろん、攻撃時に周囲と連係する際も、以前よりダイナミズムを意識しているように見える。

「自分は選手たちと同じ言葉が話せる。それは利点だと思う」と言う新指揮官は、4歳下の三笘にとって、兄のような存在かもしれない。そしてどちらも、ブライトンに来るまでは、イングランドでほぼ無名だった。

 先見の明と先進的なスカウティングシステムを持つクラブでなければ、このふたりがプレミアリーグのチームで巡り合うこともなかっただろう。彼らが規模で大きく上回るビッグクラブとやり合い、時に食ってしまう様は、見ていて痛快この上ない。

 今季のブライトンも、実に興味深いチームだ。