ホンダF1・折原伸太郎 インタビュー後編(全2回) ホンダF1の現場責任者を務める折原伸太郎・トラックサイドゼネラルマネージャーにF1カメラマンの熱田護氏がインタビュー。パワー・ユニット(PU)を供給するレッドブルとビザ・キャッシュアップR…

ホンダF1・折原伸太郎 インタビュー後編(全2回)

 ホンダF1の現場責任者を務める折原伸太郎・トラックサイドゼネラルマネージャーにF1カメラマンの熱田護氏がインタビュー。パワー・ユニット(PU)を供給するレッドブルとビザ・キャッシュアップRB(VCARB)の仕事の進め方の違い、王者マックス・フェルスッペン選手や角田裕毅選手のすごさ、さらにはレッドブルのマシン開発を率いてきた"天才デザイナー"エイドリアン・ニューウェイの偉大さについて語ってくれた。



4連覇を目指す王者マックス・フェルスタッペン

【ホンダのエンジニアに求められる力】

ーー現場の責任者として2シーズン目。レッドブルとVCARBの仕事の進め方の違いを感じることはありますか?

折原伸太郎(以下同) まずエンジニアの配置が違います。ホンダは各ドライバーに2名のエンジニアを配置していますが、レッドブルについては、主にパフォーマンスを担当するPUエンジニアがチームのエンジニアと一緒にエンジニアリングルームにいます。主に信頼性を担当するシステムエンジニアはガレージにいて、ファイアアップ(始動)したりします。VCARBは、PUエンジニアとシステムエンジニアはともにガレージ内にいます。

 レッドブルでは、PUエンジニアはチーム側のレースエンジニアやドライバーとも近い位置にいますので、フィードバックを得やすいですし、細かいチームやドライバーの要望を吸い上げやすい。VCARBは、PUとシステムエンジニアが同じところにいますので、PU側になにかあった時に対応しやすい。PUのオペレーションという観点ではVCARBのほうに利点がある。チームとの連携という点ではレッドブル。一長一短ですね。

ーーレースウィークには何度もミーティングがあります。会議のスタイルに違いがあったりしますか?

 ありますね。レッドブルはミーティングの際、ほとんどインターコムで会話します。サーキット内のエンジニアリングルームにPUと車体の全エンジニアがそろっているのですが、イギリスのミルトン・キーンズのファクトリーにいるエンジニアも会議の内容を聞いています。すべてのエンジニアが情報を共有するために、インターコムを使っているんだと思います。

 VCARBはフリー走行などのセッション後のミーティングはインターコムをつけてやりますが、それ以外の小さいミーティングは対面が多い。そこはシステマチックにやるイギリス人と、よりウェットなイタリア人の違いなのかもしれないですね(笑)。日本から初めてきた人は、会話のスピードが速いのでインターコムはなかなか難しい。対面式のほうが言葉の壁は乗り越えやすいです。

ーーホンダではF1のエンジニアを選ぶ際には英語力もひとつの基準になっているのですか?

 英語力は当然必要ですが、エンジニアとしての能力も高く、英語もバリバリできるという人はなかなかいません。そんなに優秀な人が社内にたくさんいるわけではないので、標準的な日本人の英語力でもがきながら成長していくという感じですかね(笑)。

 最初にインターコムでのミーティングに参加した時は、会話のスピードがあまりに速くて衝撃を受けました。でも、そこを乗り越えることでエンジニアは育っていくと思いますから。

【PUへの要求は信頼の証】

ーーホンダは現在、レッドブルとVCARBの4人のドライバーと一緒に仕事をしています。フェルスタッペン選手や角田選手の優れているところは?

 フェルスタッペン選手はとにかくタイムを出すのが早い。走り始めてすぐにマシンの限界に近いところでタイムを出してきます。角田選手もそうですね。雨のなかでいきなりポンッと速いタイムを出したりします。

 あとフェルスタッペン選手に一番驚かされたのは、クルマの挙動を聞かれた時のコメントです。たとえば、他のドライバーだったら「クルマがアンダーステアだから直してくれ」と言うだけなのですが、フェルスタッペン選手は「クルマがこうなっているのでこういう挙動をしていると思うから、こうすれば改善するんじゃないか」とメカニカル的に説明してくれるのです。エンジニアの領域に一歩踏み込んだコメントが多くてビックリしました。

ーーホンダのPUに対するリクエストは?

 その点はフェルスタッペン選手よりも角田選手のほうが多いですね。それは逆に言うと、それだけホンダのことを信頼してくれている証なんだと感じています。ホンダのエンジニアに「ここをこうしてほしい」というリクエストをすれば、きちんと対応してくれるという信頼感からだと思います。



F14年目のシーズンを過ごしている角田裕毅

ーーどんな要求ですか?

 角田選手だけでなく他のドライバーも共通して言えますが「もっと馬力を出してほしい」ですね(笑)。でも現行のレギュレーションでは性能向上のための改良は禁止されていますので、一番多いのはドライバビリティを改善してほしいということ。それで対応していくと、次はどうしてほしいというリクエストが来て、また対応していくことになります。角田選手に比べると、ダニエル・リカルド選手からのリクエストは少なかったですね。

【ニューウェイと浅木泰昭の共通点】

ーー今シーズン前半までレッドブルの最高技術責任者を務めていたデザイナーのエイドリアン・ニューウェイの印象は?

 私は直接仕事をしていないのですが、一緒に働いていたエンジニアと話していると、ニューウェイさんは「マシンをこうしろ」と直接、指摘してくるわけではなかったようです。でもマシン開発の方向性について話し合いがあった時に、議論のなかで肝を見つけて、最終的に方向性を決めてくれるのが彼だった、と。

 なおかつニューウェイさんが「こうしよう」と言うと、みんなが納得して同じ方向に向かって進んでいくというのです。道しるべになる人だと言っていましたね。

ーーニューウェイは2025年の春からアストンマーティンに移籍しますが、ホンダも2026年からアストンマーティンにPUを供給することが決まり、再び一緒に仕事をすることになります。

 楽しみですね。きっとニューウェイは、ホンダで言えば、2018年シーズンからPUの開発責任者に就任した浅木泰昭さん(※2023年春に定年退職)のような存在かもしれません。マクラーレンと組んでスタートした第4期の最初3年間(2015〜17年)は低迷が続きました。その頃もホンダとしてはいろいろな"タマ"を投入していましたが、各部署の目指す方向性が異なっており、開発チームのベクトルが合っていなかった。

 でも浅木さんが就任して競争力を上げるために肝になるのはこれだと決めて、開発チームを導いてくれ、最終的にタイトル獲得ができました。「こっちの方向を行こうぜ!」と決断してくれる人がいると、開発が大きく進んでいきます。きっとニューウェイさんはそれぐらいチームにとって大きな存在だと思います。

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【プロフィール】
折原伸太郎 おりはら・しんたろう 
1977年、東京生まれ。ホンダF1第2期活動(1983〜1992年)でのマクラーレン・ホンダの活躍を目の当たりにしてF1の世界に憧れ、大阪市立大学工学部機械工学科で学び、2003年にホンダ入社。市販車用エンジンの開発に携わったあと、ホンダ第4期F1プロジェクトに参画。イギリスの前線基地の立ち上げ、国内でのパワーユニット開発にあたり、2023年からトラックサイドゼネラルマネージャーを務める。