「8~9カ月前だったら、グランドスラムで2勝するなんて、イメージするのも難しかった」 昨年は左手首の痛みに悩まされたラファエル・ナダルだったが、ニューヨークで3回目の戴冠を実現させ、全仏に続いて王者の強さと風格を取り戻した――。4年ぶり…

「8~9カ月前だったら、グランドスラムで2勝するなんて、イメージするのも難しかった」

 昨年は左手首の痛みに悩まされたラファエル・ナダルだったが、ニューヨークで3回目の戴冠を実現させ、全仏に続いて王者の強さと風格を取り戻した――。



4年ぶりに全米オープンを制したラファエル・ナダル

 今季最後のグランドスラム・US(全米)オープンテニスの男子決勝で、第1シードのナダル(ATPランキング1位、8月28日付け、以下同、スペイン)が、第28シードのケビン・アンダーソン(32位、南アフリカ)を6-3、6-3、6-4で破って、2013年以来となる3度目の優勝を成し遂げた。

 今回は31歳同士の対決となったが、USオープンでは2002年の31歳のピート・サンプラス(アメリカ)と32歳のアンドレ・アガシ(アメリカ)以来となる30代同士の決勝だった。

 初めてグランドスラムの決勝に進出したアンダーソンは202cmの長身を活かしたビッグサーブからの速攻型プレーヤーだが、「ラファがたくさんリターンを返してきて、私をすごく厳しい状況に追い込んだ。彼はベストディフェンダーのひとりだ」とアンダーソンが振り返ったように、ナダルはリターンポジションをバックフェンスのすぐ前、ベースライン後方約5mまで下げて、まずリターンを確実にかつ深く返すことを徹底した。

 そして、アンダーソンの返球が浅くなるとそれを見逃さずに、ベースライン付近からステップインして攻撃的なストロークを打ち込んだ。コートを縦横無尽にカバーできるナダルのフットワーク力があってのプレーであり、ナダルの攻守の切り替えが素早い見事なポジショニングだった。

 さらに、ナダルはネットプレーも織り交ぜてきた。決勝では16回すべてのネットプレーを成功させ、チャンピオンシップポイントでは、ナダルが驚くべきことにサーブ&ボレーに出て、バックボレーのウィナーで締めくくった。

 結局、アンダーソンはナダルからブレークポイントを一度も握ることができず、40本のミスを犯す一方で、ナダルはミスを11本に抑えて、30本のウィナーを決めている。また、ナダルがサーブのコースを読み切っていたため、アンダーソンのセカンドサーブでのポイント獲得率は36%にとどまり、まさにナダルの完勝といっていい。

「USオープンは、自分にとって最も重要な大会のひとつであり、そこで優勝できてとても嬉しい。大きな意味があるし、グランドスラムの締めくくりとしてはこれ以上ない」

 そう語るナダルの優勝は順当ともいえるが、今年のUSオープン期間中は波乱の連続だった。ボトムハーフのアンダーソンの勝ち上がりは、その波乱を象徴するひとつだ。また、準々決勝の時点で、上位8シードで残っていたのは、ナダルと第3シードのロジャー・フェデラー(3位、スイス)だけという荒れようだった。

 その中で、予選から勝ち上がってベスト16に初進出した18歳のデニス・シャポバロフ(69位、カナダ)と、グランドスラムで初めてベスト8に進出した19歳のアンドレイ・ルブレフ(53位、ロシア)によるティーンエイジャーの活躍は鮮烈で、新しい時代の到来を十分に感じさせた。

 そもそも、USオープン開幕前から波乱の前兆はあった。

 昨年準優勝のノバク・ジョコビッチ(5位、セルビア)が右ひじの故障、ディフェンディングチャンピオンのスタン・ワウリンカ(4位、スイス)がひざの手術、昨年ベスト4の錦織圭(10位)が右手首の腱の裂傷と、トップ10選手にケガが多発していたのだ。

 開幕直前にはミロシュ・ラオニッチ(11位、カナダ)が左手首のケガで欠場。さらに、ニューヨーク入りして練習し、第2シードに決まっていたアンディ・マリー(2位、イギリス)がでん部のケガで、開幕2日前に突然出場を断念した。

 ラオニッチ以外の4人は、すでに2017年シーズンの終了を表明しており、異常事態ともいえるような状況になっている。

 ただ、昨年の左ひざの手術からカムバックした36歳のフェデラーは、いたって冷静にこの状況の原因を次のように語った。

「彼らのほとんどが30歳以上だからだと思う。最近、(20代でも)錦織とラオニッチはいくつかのケガを抱え、それが頻発しているようだ。大半は年齢からくるものだと思う。プレーをするかどうかの選択権は選手にあるのだから、正直ツアーがどうこうという問題ではないと思う」

 ナダルも、フェデラーと同じようなことを述べている。

「スタンが32歳、ノバクが30歳、アンディが30歳。僕たちはもう若くないんだ。だから、何かしら起こったり、何らかのケガがあったりすることはノーマルなこと。今回同時に起こったのは偶然の一致に過ぎない」

 2016年シーズンに早々と戦線離脱して休養を取り、2017年にグランドスラムタイトルを2つずつ分け合ったナダルとフェデラーの華麗なる復活は、現在ケガに悩む選手たちからすれば、長期の休養こそ起死回生への最善策に思えるかもしれない。

 だが、「休養が誰にでもベストがどうかはわからない」とフェデラーが指摘するように、2018年シーズンに、今回の休養組の復帰が成功する保証はどこにもなく、長く戦列を離れれば、当然、試合勘が鈍るリスクを伴うことも忘れてはならない。

 とはいえ、やはり「カムバックする時は、100%でありたいでしょ」というフェデラーの発言は、ケガをしている全選手の気持ちを代弁しているのではないだろうか。

 ナダルのグランドスラムタイトル数は16個となり、男子史上最多となるフェデラーの19個に次ぐ偉大な記録となったが、これまでひざや手首など多くのケガに悩まされてきたナダルにとっては、記録よりも大切しているものがある。

 「自分が健康で、ハッピーであれば、そしてプレーするほとんどの週で競い合うことができれば、自分は嬉しい。自分にとってはグランドスラムで優勝するより大事なことで、それが今年、自分に起こっている」

 ナダルはUSオープンの優勝会見で”passion(情熱)”という言葉を何度も口にした。テニスへの情熱、競い合うことへの情熱、いつでも上達するための情熱を持つことがもっとも大切なのだと、自分に言い聞かせるように強調する。

 この情熱が31歳になったナダルの復活への支えとなり、USオープン3度目の優勝や今季グランドスラム2冠達成の原動力になったのは間違いない。来季の復帰を目指す錦織は、このナダルの情熱をぜひとも見習いたいところだ。

 これまでナダルは、2010年にグランドスラム3冠、2013年にグランドスラム2冠を達成して、それぞれ彼の全盛期と位置付けられている。そして、今季の好成績を受けて、「自分のキャリアの中で、ベストシーズンの1年だと思う」と語るナダルは、約3年ぶりに奪還している世界1位の座を、2位のフェデラーに約2000点の差をつけてさらに盤石なものにした。

本当に強い”ラファ”が帰ってきたのだ。