グランドスラム大会で3回戦まで進んだ奈良くるみ 今季最後のグランドスラムとなるUS(全米)オープンテニスで、日本女子選手は、本戦に6名が名を連ね、国別の出場人数ではフランスと並んで4位タイの記録となった(1位はアメリカの18名)。 その…



グランドスラム大会で3回戦まで進んだ奈良くるみ

 今季最後のグランドスラムとなるUS(全米)オープンテニスで、日本女子選手は、本戦に6名が名を連ね、国別の出場人数ではフランスと並んで4位タイの記録となった(1位はアメリカの18名)。

 その中で、3回戦に進出した大坂なおみ(WTAランキング45位、8月28日付け、以下同)以外にも、奈良くるみ(116位)が3回戦に進出。さらに日比野菜緒(80位)と尾崎里紗(96位)が2回戦に進出し、久しぶりにグランドスラムの舞台で日本女子の存在感を少なからず示すことができた。

 USオープンでは5年連続で初戦突破をした奈良は2回戦で、第8シードのスベトラナ・クズネツォワ(8位)を6-3、3-6、6-3で初めて破る大勝利をつかんだ。勝利の瞬間、両手を上げて大きなガッツポーズをつくった奈良にとっては、トップ10選手からの初勝利となり、彼女の地道な努力が実を結んだ瞬間となった。

 クズネツォワは2004年のUSオープンチャンピオンで、トップ10に返り咲いた32歳のベテラン。フォアハンドストロークが強力なクズネツォワに対して、奈良は対等のラリーをして25本のウィナーを奪い、逆にクズネツォワからは45本のミスを引き出した。

「大舞台で結果が出て、とにかく嬉しい。USオープンでいい結果をという希望を持って、それがモチベーションになっていた。トップ選手とやると、もっと仕掛けなきゃとか、もっと打たなきゃという思いがあったんです。自分でやらないといけないプレーはイメージできていたので、それをコートで出してみようと思った。それが落ち着いてできた。攻め急がないで、打てるボールを見極めた」

 こう試合を振り返った奈良を、ツアーに帯同している原田夏希コーチは労(ねぎら)った。

「勝ちにいくイメージを本人が持てていた。やるべきことも完璧にやり通せた。それでも勝つのは大変ですけど、勇気を持って、自分のプレーに信念があった」

 奈良は3回戦でルーシー・サファロバ(37位)に3-6、2-6で敗れたが、4年ぶり2度目のUSオープンベスト32という結果を前向きにとらえた。

「今、自分がやれることはやった。自分の得意なバックハンドをもっと活かせるようにしていきたい。角度をつけたり、早いタイミングで前に入れたらいいなと。自分の中ですごく成長できた、いい大会だった」

 ジュニア時代から奈良のプレーを見守ってきた元フェドカップ日本代表監督の村上武資氏は、身長155cmとツアーでは小柄ながら奮闘する奈良の活躍に目を細める。

「奈良のいいところは、毎試合ベストを尽くすことで、いつも全力の(ラファエル・)ナダルと似ているところがある。それが彼女の一番の強みで、だから競った時に勝てる芯の強さがある。まだまだ上に行ける可能性がある」

 原田コーチも、上向いてきた25歳の奈良のテニスに期待を膨らませ、今後さらなる進化を目指す。

「自分のテニスが見えてやり通せば、このレベルでやれる力はある。今、テニスの質がすごく上がっています。ディフェンスもできるし、攻める時は攻めるし、攻守のバランスよくできている。フォアとバックのバランスもすごくとれている。何よりも、自分のテニスをやり切れているという自信は絶対なくならない」

 日比野は1回戦でアメリカ期待の18歳キャサリン・ベリス(36位)を6-3、4-6、7-5で破り、2度目のUSオープンで初勝利を挙げるとともに、グランドスラム8大会目で念願の初勝利を挙げた。2回戦では、サファロバに1-6、6-3、2-6で敗れたが、トップ選手と対戦しても、ラリー戦ではたしかな手ごたえをつかんだ。



この全米オープン1回戦の勝利が、グランドスラム初勝利となった日比野菜緒

「取り組んできたことが間違いでなかったことを、自分自身に証明できたので、すごくいい大会になった。やっぱりいかに自分のテニスに徹するのかが大事というのを言われて、ずっとやってきたんですけど、自分の中でしっかりはまったというか、これを続けていけば、大丈夫だと思えた」(日比野)

 日比野のツアーコーチである竹内映二氏は、日比野のプレーに変化と成長を見てとった。

「戦術で一番大事なのは、深い配球。それがうまくいくと、自分サイドにたっぷり時間がある。(2回戦で)ラリーが速くなって、相手につかまったんですけど、第2セットから深く配球することによって、(日比野に)構える時間ができて、頭脳を活かせる余裕ができた。

 誰だって勝ちたいじゃないですか。そんななかで、相手の雰囲気に押されたりする。自分のベストを尽くすことは誰も止められないわけですから、自分だけに焦点を当て、自分のプレーをその場で引き出せばいいだけなんです。そのことに日比野が初めて気づき始めている」

 USオープン初出場の尾崎里紗は、1回戦で予選勝ち上がりのダニエル・ラオ(219位)を6-3、(7)6-7、7-6(5)で破って初勝利を挙げ、同時にグランドスラム4大会目の挑戦で初勝利をつかんだ。

「今年の最後のグランドスラムで勝利できたのはすごくよかったです」と語った尾崎は、5回のマッチポイントを跳ね返して劇的な勝利をたぐり寄せた。

「”おしん”過ぎるでしょ」

 ジュニア時代から逆境になると不思議と底力を発揮する尾崎を指導してきた川原努コーチは、ドラマ「おしん」(NHK、橋田壽賀子原作・脚本)で、激動の時代をひたむきに生きたヒロインの忍耐力に重ね合わせながら尾崎のメンタルを表現した。



尾崎里紗も全米オープンでグランドスラム初勝利

 ただ2回戦では、第27シードのジャン・シューアイ(26位)に0-6、3-6で敗れて、シード選手との力の差を見せつけられた。

「シード選手と対戦して力の差は感じましたしが、もっとできると自分で思うところもある。私は、どんどんエースを狙えるタイプではないですし、それほどパワーがあるわけじゃないので、(自分が)振られた時のボールとか食い込まれた時に、もっと精度よく、深く、イーブンに戻せるボールをしっかり打たないと通用しない」(尾崎)

 川原コーチは、尾崎がリードを奪うとラケットの振りが鈍くなるため、ボールが跳ねなくなって伸びがなくなってしまう悪い癖を修正していきたいと語る。また、ジュニア時代から尾崎を見守って来た村上氏も、彼女への期待が大きいだけに厳しい注文をつける。

「今のままだときつい部分があって、相手からすると、尾崎のやってくることをわかってしまっている。相手のミスを待っているだけだと、ITFレベルでは通じますけど、ツアーレベルだと通じない。ポジショニングだったり、ボールを捕らえるタイミングだったり、技術的にも戦術的にも幅を広げていかないといけない」(村上氏)

 ちなみに、日比野と尾崎は、今回のUSオープン1回戦で同日にグランドスラム初勝利を挙げた。2人とも日本女子テニスの”1994年組”で、周囲から何かと比較されることが多く、今回も偶然とはいえ、何か運命的なものがあったように感じられた。

「やっぱり”94年組”の存在は大きい。私、ひとりが勝っていたら天狗になっていたかもしれない(笑)」(日比野)

「(94年組は)刺激にはすごくなりますね。同じ大会にいれば、負けられないと強く感じるので、いい刺激になってます」(尾崎)

 
 今回のUSオープンでの日本女子選手の活躍について、レベルが上がってきた兆しかととらえたいところだが、村上氏は「トップ100に入ってきた日本選手が一時よりは増えましたけど、日本女子の全体のレベルが上がってきたとはまだ言いにくい」と、長年女子選手のプレーを見続けてきただけあって現状に全く満足していない。

 WTAツアーのインターナショナルレベルの大会(30~100位ぐらいの選手がエントリーしてくる)だと、現在の日本選手は上位進出ができるが、プレミアレベルの大会(トップ10をはじめ、50位以内の選手がエントリーしてくる)だと、初戦突破がおぼつかなくなる。

「ツアーレベルで戦っていく術(すべ)を身につけていかないといけない。例えば、100位前後で、ツアー予選を戦えるレベルにいるのなら、ツアー下部のITFに行ってランキングポイントを取りにいかないで、予選を上がって本戦に行くべき。そこでしか吸収できない部分がある。スケジューリングも含めて、身も心もツアーレベルになっていかないと厳しい」(村上氏)

 1990年代には伊達公子、2000年代には杉山愛がグランドスラムの第2週に頻繁に残っていたことを踏まえれば、村上氏が檄を飛ばしたくなるのもうなずける。

「もっと彼女たちはできると思っているので、もの足りないですよ。ここで喜んでいいかと言ったらそんなことはない」

 9月から10月にかけて、東京で開催されるWTAの2大会をはじめ、アジアでのツアー大会が続く中で、奈良、日比野、尾崎ら日本女子勢が活躍し、さらに日本女子テニス全体のレベル向上につなげることができるかどうか、彼女たちの実力が試される。