出雲駅伝2区で9人抜きを果たした創価大学の吉田響 photo by SportsPressJP/AFLO「創価としては、全体的に大崩れせずに、まとめきれたのが今回の勝因かなと思います」 創価大の榎木和貴監督は、優しい笑みを浮かべて、そう言っ…


出雲駅伝2区で9人抜きを果たした創価大学の吉田響

 photo by SportsPressJP/AFLO

「創価としては、全体的に大崩れせずに、まとめきれたのが今回の勝因かなと思います」

 創価大の榎木和貴監督は、優しい笑みを浮かべて、そう言った。

 戦前の目標は3位内。今回は目標どおりにはいかず、4位に終わったが、底力を見せ、あらためて「創価強し」を印象づけるレースになった。

 スタートはいきなり試練に見舞われた。

 3区に配置されたスティーブン・ムチーニ(2年)が現地での調整練習が終わったあと、突然意識を失い、崩れ落ちた。その際に両ヒザを強打し、意識が飛んだ原因も不明のため、エントリ―から外し、山口翔輝(1年)を当日変更で3区に抜擢した。「ムチーニは非常にいい練習ができていたので、2区の吉田響、3区のムチーニで先頭争いに立つのが理想です」と語っていた榎木監督にとって、ムチーニ離脱というアクシデントは、考えていたプランの見直しを迫られ、さぞ頭が痛かったことだろう。

 だが、創価の選手は逆に奮い立った。

 1区の石丸惇那(3年)は10位と出遅れたが、その窮地を救ったのが「ショート区間でも走れるのを確認したい」と志願して2区に入った吉田響(4年)だった。

「10位という順位で、しかも暑く、向かい風が強い状況だったんですけど、惇那がまだ前が見える位置で襷を渡してくれたので、あとはもう先輩である自分の務めを果たすだけかなと思いました。動揺も緊張もなく、リラックスしてレースに臨めました」

 襷を受けた吉田響の走りは、圧巻だった。

 4キロ越えたところでトップの野村昭夢(青学大・4年)を捉えると、後ろにつくことなく、一気に抜き去り、9人抜きの快走を見せた。

 そのシーンを見た榎木監督は、吉田響の競技者としての凄みを感じたという。

「もう人間離れしていますね。あの気温のなかでも自分のペースをひたすら刻んでいく攻めの走りは彼の魅力でもあるのですが、それを春先からすべての試合で発揮してきたんです。それを駅伝で証明していくのが彼のモチベーションになっているのですが、あの走りは本当にすごかった」

 トップの野村を抜いた時の加速感は、プレスルームが「おぉ」とどよめくほどだった。首を左右に振り、腕を大きく振って走るスタイルは独特だが、それがこの日のロードでは力強く見えた。

 榎木監督も「独特ですよね」と語り、こうつづけた。

「最初から首を振っているので、キツそうに見えるんですけど、それが彼のリズムなんです。今もこれからもそのフォームをいじるつもりはないですね。ただ、いい時と悪い時の動きの違いを彼は求めてくるので、それはしっかり把握しています。今日はすごくよかったですね。むしろ首が振れてきた時は最後にもがけるのでスピードが出るんです」

 吉田響は独特の首振り走行について、こう語る。

「首、振ってます(笑)。でも、それで走れていますし、問題はないかなと思っています。ラスト、首をさらに振って加速する感じはないですが、きつくても、とにかくこらえて走るのが自分の持ち味かなと思っています」

 スピードに乗った吉田響の走りには、気持ちの強さも滲み出ていた。

「2区を希望した時から佐藤圭汰(駒澤大・3年)くんの記録を抜くことを目標にしていましたし、走る時にはどんな順位であれ、絶対に1位までもっていくのを自分の仕事だと思っていました。今回は最初の時点でかなり抜くことができたのでよかったですが、区間新が出なかったことがすごく悔しいです」

 9人抜きのド派手な活躍で、吉田はレースをリセットした。26秒のビハインドを逆に2位の青学大に20秒差をつけて、山口に襷を渡した。「山口にトップで襷を渡す」とレース前に約束したとおりの有言実行だった。

 ムチーニの代わりに3区に入った山口は、榎木監督が期待するルーキーだ。

 9月28日の絆記録挑戦会5000mで13分56秒72と自己ベストを更新すると10月8日の奥球磨駅伝競走大会では上り基調の3区を駆け、後続に33秒差をつけて区間賞を獲得した。出雲駅伝は9月末から連戦になるが、榎木監督曰く「山口は連戦がきくタイプ」で、ロードで戦えるのでムチーニの代役として適任だった。

「いきなりの変更で走らせていただくことになったのですが、3区は強い選手がいるのでプレッシャーは感じていました」

 駅伝でトップを走れる経験はそう簡単にできるものではないが、山口はとくに舞い上がることもなく、冷静にスタートを切った。うしろからは黒田朝日(青学大・3年)や山川拓馬(駒澤大・3年)ら強い選手が来るのがわかっていたので、追いつかれることは走る前から想定していた。

「そう思っていたんですけど、いざ捉えられると、負けたくない気持ちが出てきて。でも、ついていくのが精一杯で何もできなかったです。力の差を痛感させられましたし、自分の弱さを実感させられました。それに自分のところで順位を落としてしまったことが決定打になってしまい、目標に届かなくなってしまった。それが本当に悔しいですし、先輩方に申し訳ないという気持ちでいっぱいです。今回走らせていただいた経験を次の全日本、箱根に繋げて行ければと思います」

 山口は、トップから4位に落ちながらもその順位にとどまった。

 力がないとここからズルズルと順位を落としてしまいがちだが、いまの創価はこの順位を維持できる力がある。4区の主将の吉田凌(4年)は、青学、駒澤大、國學院大の3チームに離されながらも45秒差で5区の黒木陽向(3年)に繋ぎ、黒木も駅伝デビューながら4位を死守した走りでアンカーの小暮栄輝(4年)に襷を渡した。榎木監督は、「全日本や箱根のことを考えると、黒木と小暮はここで駅伝を経験してもらい、どんな走りをするのかを見ておきたい」と語り、ふたりに期待していた。黒木、小暮ともに区間6位でまずまずのデビューを飾り、4位を守った。

 最終的に優勝した國學院大に2分23秒差をつけられ、3位内という目標は達成できなかったが、創価大にとっては価値のある4位だった。

 ムチーニを入れて3以内が目標だったが、留学生抜きの日本人だけでレースを作り、戦えたことは非常に大きい。選手は駅伝で十分に戦えるという自信を得ただろうし、それが走る際の支えにもなる。吉田響は「今回の出雲はみんなポジティブに捉えてもいいと思います。これがベースになるので、次の全日本や箱根ではもっと上の順位を狙えるようになると思います」と語ったが、上を目指す意欲がチーム全体に浸透していけば競技に対する姿勢が変わり、より競技力が向上していくだろう。

 また、山口、黒木、小暮が駅伝デビューを果たし、今後に向けて新戦力が計算できるようになったことも大きな収穫だ。山口はトップを譲ったが、粘り強く走り、夏合宿での頑張りで評価を上げた黒木も順位を守る走りができた。安定した走りが持ち時の小暮も自分のよさを発揮した。この6名に加え、ムチーニや昨年出雲2区を駆けた小池莉希(2年)、川上翔太(2年)らがいる。

 榎木監督は、手応えを感じているようだ。

「今回は國學院さんが優勝しましたが、私は一番強いと思っていましたし、勝つべくして勝ったなという印象です。創価が優勝するには、まだ足りないものが多いですが、安定して結果を残していくことが大事です。そうして何回か優勝争いをしていくなかで、優勝のチャンスが出てくるのかなと思いますが、次の全日本も楽しみです」

 今季の創価大はもはやダークホースにあらず。ここ数年の駅伝の結果と今回の出雲の戦いで、「やっかいな大学だ」と、あらためて他校にマークされていく存在になるだろう。