連載第9回杉山茂樹の「看過できない」 今季序盤、ブライトンの三笘薫はプレー機会の少なさが目立った。プレーも慎重でおとなしい印象だった。少しばかり心配させられたものだ。だが、リーグ戦が進むと身体が馴染んできたのか、様子は一変。いまではノリノリ…

連載第9回
杉山茂樹の「看過できない」

 今季序盤、ブライトンの三笘薫はプレー機会の少なさが目立った。プレーも慎重でおとなしい印象だった。少しばかり心配させられたものだ。だが、リーグ戦が進むと身体が馴染んできたのか、様子は一変。いまではノリノリでプレーしている。ドリブルにはキレ味、躍動感、推進力が増すばかり。誰にも止められない、まさに手がつけられない状態になっている。

 絶好調というより、選手としての格をワンランク上げた印象だ。プレミアリーグ屈指の左ウイング。日本人選手の欧州組のなかでは一番の活躍だ。歴代の選手を含めても、と言いたくなる。3-2で勝利した先日のトッテナム・ホットスパー戦では、マン・オブ・ザ・マッチ級の活躍を演じた。週間ベスト11に選ぶメディアも多かったという。



バーレーン戦ではウイングバックで先発、後半28分までプレーした三笘薫 photo by Fujita Masato

 プレーの幅を広げているように見える。

 ドリブルが得意の典型的な左ウイング。タッチライン際を縦に引っ張り、マイナスの折り返しを高い確率で決めるプレーが、三笘の最大の魅力だった。ところがここ最近は、真ん中を突く機会も増えている。

 カットインではない。大外から早い段階で内にルートを変え、マーカーの相手右SBと守備的MF、及び右CBの間隙を突き、一直線にゴールに向かう大胆で思いきりのいいドリブルである。

 内を突けば、敵の人数は増える。プレッシャーを浴びるエリアが180度だったこれまでから360度に一変。四方を敵に囲まれながら突き進むドリブルは、慎重派に見えた従来の殻を破るようなプレーでもある。

 得点の可能性も高まっている。スパーズ戦では正面から低弾道の枠内シュートも放っている。これはGKにセーブされたが、別のシーンでは、中央で得点を決めたジョルジニオ・ルターへのアシストプレーも決めている。この時に発揮した、外から内へ方向転換を図ったステップなどは、絶品の味わいがあった。

 文字どおり、中央にも適性があるところ示すプレーだった。新境地を切り開いたかのようである。左ウイングでありながら真ん中の高い位置にも進出し、決定機を演じることができれば鬼に金棒。アタッカーとして多彩になり、スケールをアップさせたことを意味する。まさに本格化した三笘に対し、欧州の市場はさぞや高値をつけているに違いない。

【ウイングバックというポジションの特性】

 日本人ナンバーワンアタッカーをどう活かすか。日本代表のマックス値の上昇を図ろうとすると、これは避けて通れない命題になる。ところが、森保一監督はここ最近、3-4-2-1を多用。三笘を左ウイングバックに据えている。

 SB系の選手ではなくウインガーをウイングバックに据える布陣を、多くのメディアは「超攻撃的3バック」と称し、中国戦、バーレーン戦の大勝劇はその賜だと持ち上げた。

 だが、ウイングバックはウイングとは役割が根本的に違う。それは「ウイング兼バック」の役割を持つ、ひとりで二役を担う、重労働を強いられるポジションなのだ。相手が弱い間はウイング色を全面に出しながらプレーできるが、相手が強くなるとバック色が増す。

 サイドはピッチの廊下。そこでの数的不利、数的有利は、試合展開に大きな影響を及ぼす。サイドを制すものは試合を制す、である。競った関係になればなるほどそれは色濃く投影される。

 想起するのはカタールW杯だ。森保監督は本番で突如、5バックになりやすい守備的な3バックを採用。三笘はそのウイングバックとして、4試合すべてにおいて交代出場を果たした。

 たとえば決勝トーナメント1回戦。クロアチア戦で三笘はどれほどウイング色を発揮できただろうか。アタッカーとしてプレーした時間と、バックとしてプレーした時間はどちらが長かったかと言えば、後者だ。断然、バック色が強めだった。"超攻撃的3バック"とはしゃぐ人は、カタールW杯を見ていたのだろうか。

 世の中にこの手のサンプルはごまんと溢れている。常識中の常識である。相手は、ウイングバックをウイングではなくバックになる時間のほうが長くなるように仕向けてくる。サイドで数的有利を作り、ウイングバックのウイング色を消そうとする。対抗策はほぼゼロだ。

 さらに言えば、三笘をウイングバックで使えば、先述した進境著しい真ん中でのプレーは期待できなくなる。三笘本来の魅力は半減する。

【低い位置で守れば前へのベクトルは鈍る】

 カタールW杯の三笘はまさにそうだった。宝の持ち腐れに終わった。4試合すべて交代出場だったことも解せない点だ。森保監督はある時期まで、三笘を明らかに軽んじているように見えた。

「三笘が大会前の合宿にどんな状態で臨んだか。コンディションを見れば納得していただけるはずだ」とは、カタールW杯当時の森保監督の弁だが、そもそも三笘が代表チームに定着したのは、カタールW杯が迫った時期(2021年11月)だった。選ぶのが遅すぎた。

 三笘は東京五輪に臨んだU-24日本代表にも、コンスタントに選ばれていたわけではない。川崎フロンターレで鮮烈なJリーグデビューを飾った2020年の段階で、筆者には現在の姿がはっきりと見えていた。日本代表はおろか、五輪チームにも選ぼうとしない森保監督に歯がゆさを覚えたものである。

 東京五輪では、本大会直前まで3バック(5バック)だった布陣を4バックに変更したのはいいが、コンディションの問題はあったにせよ、三笘の出場時間は、アタッカー陣のなかで前田大然と並んで最も少なかった。

 森保監督は三笘のウイングプレーに、筆者ほど魅力を感じていないのではないか。そう考えれば辻褄は合う。だが、三笘をウイングバックで使うことを、筆者は看過することができないのである。

「いい守備からいい攻撃」を、何かにつけて口にする森保監督だが、それはチームとして目指すものだ。三笘個人に深い位置で守るバックの役目を課せば、その前方向へのベクトルは鈍る。自軍の低い位置から長い距離を駆け上がれば、ドリブルのキレ、アタック力、推進力は最後の局面で失われる。三笘とてスーパーな超人ではない。

 ウイングバックというポジションの本質を理解すれば、「超攻撃的」とはしゃぐことはできないはずなのだ。そもそも日本人にはウイングバックに適性がありそうな選手は少ない。CB、CFにも言えることだが、ウイングバックを務める選手は、鋼のような身体と馬力、直線性......言ってみれば、陸上の十種競技の選手のようなスケールの大きい万能性が不可欠になる。

 トルシエジャパン時代、ウイングバックを務めたのは技巧派の小野伸二だったが、それを見たオランダのサッカー関係者は、開いた口が塞がらないといった表情でこちらを見返したものだ。三笘の場合も、それに近いものを感じる。

 ウイングバックは完全なミスキャスト。森保監督は三笘の魅力に気づいていない。あるいは過小評価している。「高い位置でプレーさせてあげてください」と、お願いしたくなるのである。