2028年ロサンゼルス五輪のメダル候補スカッシュ・渡邉聡美インタビュー(前編) 4年後のロサンゼルス五輪で初めて正式競技になったスカッシュ。四方を壁に囲まれたコートのなか、ふたりでゴム製のボールを打ち合うテニスに似た競技で、「3次元ビリヤー…

2028年ロサンゼルス五輪のメダル候補
スカッシュ・渡邉聡美インタビュー(前編)

 4年後のロサンゼルス五輪で初めて正式競技になったスカッシュ。四方を壁に囲まれたコートのなか、ふたりでゴム製のボールを打ち合うテニスに似た競技で、「3次元ビリヤード」とも呼ばれている。

 現在、スカッシュの世界ランキング13位にして、日本人の過去最高位を更新し続ける女性プレーヤーがいる。それが神奈川県出身の25歳、渡邉聡美だ。

 12歳から単身マレーシアに留学し、18歳で全日本選手権を初制覇。高校卒業後はイギリスに渡って大学に通い、スカッシュの本場で研鑽を積んできた。4年後のロス五輪でメダル獲得を目指す日本スカッシュ界のホープに、現在の心境や今後の目標などを聞いた。

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スカッシュで日本人初の五輪メダルを目指す渡邉聡美

 photo by Sano Miki

── 日本でスカッシュはまだマイナースポーツですが、世界ではヨーロッパ、アメリカ、アジア、そして中東でも人気で、1800万人の愛好者がいるそうですね。世界中で人気が高まった結果、2028年のロサンゼルス五輪で正式種目にも選ばれました。

「ようやくです。私がオリンピックに挑戦したいと思っても、競技が種目に入ってないと挑戦する権利すら与えられなかったわけですから。

 ロス五輪でやっと正式競技になることは、噂では耳にしていました。でも、過去にも同じ経験を4大会くらい繰り返していて、毎回ギリギリで落ちていたので、無駄に期待はしないでおこうと思っていました(笑)。2012年のロンドン五輪(スカッシュはイギリス発祥)ですら、結局はダメ(落選)でしたので......」

── パリ五輪でも追加競技の有力候補でした。

「パリ五輪の追加競技が決まる時も、フランスの選手が男女ともにふたりほど世界ランキングのトップ3に入っていたので、スカッシュは有力だと言われていましたが......。

 ただ正直なところ、仮にパリ五輪でスカッシュが正式種目になっていたとしても、私がメダルを獲れるかは難しかったと思います。だからこそ、今、選手としてやっと戦い方を覚え始め、これから勝負していこうというタイミングで正式種目に決まったことには感謝しています。ちょっと運を使いきったような気もしますが(笑)、スカッシュがオリンピックで行なわれるのはこれが最初で最後かもしれませんから。

 とはいえ、2028年のロス五輪には29歳で挑めます。これまでは漠然と、世界選手権で優勝するとか、世界ランキングで1位になることが一番の目標でした。しかし、スカッシュがオリンピック競技になったことで、アスリートとして特別な舞台に立てるかもしれないという実感が湧き、モチベーションが一層高まりました。この機会を通じて、スカッシュ界全体がさらにレベルアップしていくのではないかと期待しています」

【高校卒業後にイギリス行きを決めた理由】

── 昨年10月のIOC総会でスカッシュが正式種目に決まった時は、どこで知らせを聞いたのですか?

「イギリスにいたので(日本の)スカッシュ協会には行けませんでしたが、オンラインでつながって喜びを分かち合いました。ただ、決まった瞬間は思ったよりあっさりしていて『本当に決定したのか?』と、実感がすぐには湧きませんでした(笑)。

 でもその後、日々の話題にあがったり、8月のパリ五輪をテレビで見たりして『あの舞台に自分も挑戦できるんだ』と思うと、本当にワクワクしています!」


渡邉聡美は留学先のイギリスを拠点に活動中

 photo by Sano Miki

── 今夏のパリ五輪を見て、いろんな刺激を受けたのではないですか?

「漫画『ハイキュー!!』は何度も読み返したほど大好きなので、男子バレーボールはよく見ていました。(準々決勝の)イタリア戦は日本が負けてしまい、選手たちは一番悔しかったと思いますけど、試合自体は楽しかったです。あとは、柔道経験のある父と一緒に柔道を見たり、卓球やバドミントンなどテレビで放送されていたスポーツをよく見ていました」

── スカッシュ競技のオリンピック出場権を獲得するフォーマットは、まだ発表されていませんよね。

「そうですね。でもたぶん、男女ともに1カ国最大ふたりの合計32名が出場する形になると予想されています。そのなかで何人かは、世界ランキングを基準に出場できるようになると思います。

 やっぱり世界ランクで出場権を確実に取るのが理想ですし、今の自分もその目標を狙えなくはない位置(世界ランキング13位)にいると思います。残り3〜4年って長いようで短いので、競技を続けるのは本当に大変ですが、追い込むところはしっかりと追い込んで、気をつけるところはちゃんと気をつけて、全力でがんばっていきたいですね!」

── ところで渡邉選手は、なぜイギリスを拠点に活動するようになったのですか?

「現在、スカッシュ界ではエジプトが世界最強国なんですが、イギリスも競技の発祥地としてトレーニング環境や基盤が整っています。大学で勉強しながらプロとしても練習できるという理由で、私はイギリスを選びました。

 通っていたローハンプトン大学にスカッシュコートはありませんが、大学と提携しているクラブがウインブルドンにあり、そこにはコートが4面あります。また、大学のすぐ横にあるローハンプトンクラブには、ウインブルドンテニスの予選が行なわれる施設があり、スカッシュコートも6面あるので、そこを利用させてもらっています。

 イギリスには、ジュニア時代から大会で何度も訪れていました。また、以前からお世話になっている(2009年から全日本選手権8連覇を達成した)小林海咲さんがイギリス人の方と結婚されてイギリスを拠点にしていることもあり、彼女から『スカッシュをしながら勉強もできる環境』という話も聞いていましたので」

【ケガをしてスカッシュができなくなったら...】

── 高校卒業後、すぐにイギリスに向かったわけではない?

「はい。2017年の全日本選手権で初優勝し、ブリティッシュオープンのジュニア部門で準優勝するなど、18歳の頃から成績も上向き、ジュニアの世界ランキングでも1位になりました。

 その頃、プロ選手としてスカッシュ一本でやるかどうか、人生に迷っていたんです。イギリスの大学から奨学金をいただいて進学する話もありました。でも、スカッシュをメインで続けたい気持ちが強くて、その話は一度保留にしたのです。

 そしていざ、プロとしてがんばろうと決めた矢先の2020年春、コロナ禍が始まり......。世界中の活動がストップしてしまいました。スカッシュも大会が2年ほど開催されず、もし自分がケガをしてスカッシュができなくなったら何も残らないな......と思った時、イギリスの話を思い出し、留学を決めたんです」

── 大学ではどんな学科を受けていたのですか?

「スポーツサイエンスです。卒業論文では、プロのエリートスカッシュ選手と普通の愛好家の方との最大酸素摂取量やリカバリー力を計測し、プロ選手はどのぐらいの値が必要なのか、というデータを調べました」

── 競技と勉強との両立は大変だったのでは?

「はい、本当に大変でしたね(苦笑)。ただ、コロナ禍のおかげで授業の多くがオンラインにシフトされたことで、負担が減って意外と助かりました。でも、授業や提出物はすべて英語でやらなきゃいけないので、試験と課題に日々追われていましたね。そのおかげもあって、自分のタイムマネジメント力や英語力の底上げにはつながったかな」

── 学業と両立しながら、スカッシュではロンドンをベースに海外のプロトーナメントにも出場していたそうですね?

「ヨーロッパでは『PSA』というプロのトーナメントが頻繁にあり、クラブのリーグ戦に出ると報酬もいただけるんです。私はウインブルドンとローハンプトンの両方のクラブから出場していて、この前はフランス・ストラスブールのクラブからも出場してくれないかというオファーをいただきました」

【五輪を目指してスカッシュ一本に専念】

── 試合数はかなり多いのですか?

「はい。プロのトーナメントだけでなく、クラブのリーグでもトップ選手たちと真剣勝負をたくさん経験できました。やっぱり試合勘は、真剣勝負でしか身につかないんです。

 たとえば、絶対に落とせない1点をどう感じ取るか、という察知能力は、イギリスの環境があったからこそ培われたものだと思います。この大学4年間は本当に大きな経験でした。大変でしたけど、イギリスの大学に進学して本当によかったと思っています」

── 今年9月に大学を無事に卒業されたそうですね。

「2020年から大学に通いながらプロ選手として活動し、この9月に無事に卒業式を迎えました。大学がひと段落したので、これからは本格的にオリンピックを目指し、スカッシュ一本に専念していこうと思っています。

 世界ランキングを維持するためには、年間で最低でも15大会はプロのトーナメントに出場する必要があります。今年は11月に岡山で開催される全日本選手権に出場する予定です。アジアでもシンガポール、マレーシア、中国などで大きな大会が5つほどあり、来年2月には香港で個人と団体の世界選手権も控えています」

── 大学を卒業してスカッシュ競技に専念することで、少しは個人的な趣味を楽しめる時間も出てくるのでは?

「今年の夏まではスカッシュと勉強だけにしか時間が取れなかったので、ほかのことに目を向ける余裕はまったくありませんでした。でも、今年から少しだけ余裕ができそうなので、今後に活かせるような趣味を見つけられたらいいですね!」

(後編につづく)

「12歳でマレーシアに留学して世界5位から学んだこと」

【profile】
渡邉聡美(わたなべ・さとみ)
1999年1月15日生まれ、神奈川県出身。8歳の時にスカッシュと出会い、12歳でマレーシアにスカッシュ留学。高校卒業後にロンドンへ留学して学業と競技をこなす。全日本スカッシュ選手権は2017年から5連覇を達成。2023年の杭州アジア大会で日本人初の銅メダルを獲得し、2024年3月には世界ランキング4位のネレ・ギリスに勝つなど、世界ランキングを13位まで伸ばす。正式種目となったロス五輪でメダル獲得を目指す。身長170cm。