清水エスパルスを首位に導いたヒーローが思わず声を震わせた。エンドが変わった52分。流れを引き寄せる同点ゴールを決めたMF西澤健太は「興奮していて、あまり覚えていなくて」と苦笑した。その目はちょっぴり潤んでいた。「怪我をしてから本当に長かっ…

 清水エスパルスを首位に導いたヒーローが思わず声を震わせた。エンドが変わった52分。流れを引き寄せる同点ゴールを決めたMF西澤健太は「興奮していて、あまり覚えていなくて」と苦笑した。その目はちょっぴり潤んでいた。

「怪我をしてから本当に長かったし、苦しかった。誰よりも家族に支えられたし、今日はテレビで見てくれているので、帰ったらすぐにありがとうと伝えたい」

 松本山雅FCとのトレーニングマッチで、右肩鎖骨を骨折したのが5月19日。治療とリハビリで約4カ月間も戦列を離れていた西澤が、敵地で22日に行われた藤枝MYFCとのJ2リーグ第32節で、いきなり右MFとして先発復帰した。

 藤枝総合運動公園サッカー場で歴代最多となる、1万667人が駆けつけた静岡県勢同士の激突が動いたのは28分。藤枝が流れるようなパスワークで左サイドを崩し、最後はエースのFW矢村健が4試合連続ゴールを叩き込んだ。

 迎えた後半。藤枝のDF中川創を背負った体勢でMFルカース・ブラガからパスを受けた、キャプテンのFW北川航也の体が無意識のうちに反応した。

「相手選手がきているのも、健太(西澤)が走ってきているのも見えたので」

 北川が選択したのは右足によるノールックのヒールパス。意表を突くプレーを介して中川の股間を抜けたボールは、以心伝心で西澤が走り込む先に通った。清水エスパルスユースの同期生による、ホットラインを開通させた西澤も声を弾ませた。

「航也(北川)だったらあそこにパスを出してくれる、と信じて走り込みました。シュートは本当にほどよい力加減で、これまでの練習通りに蹴れました」

■「いままでしなかったことをやってみました」

 戦線離脱する直前の5月6日のザスパクサツ群馬戦で、開始11分で決めて以来となる今シーズン2点目。すぐにボールを拾い上げにいった西澤は、ゴール裏をオレンジ色に染めあげたサポーターに向かって何度もガッツポーズを見せた。

「まだ同点だったので、ここから巻き返していくぞ、という思いも込めました」

 1-1としてから6分後の58分に獲得した右CK。この試合でキッカーも務めていた西澤は、自ら禁を破る形でゴール裏のサポーターを煽っている。

「敵地をこれだけ埋めてくれるサポーターはなかなかいないし、とにかく結果で恩返しがしたかった。ただ、僕たちの力だけではそれは難しいですし、苦しいときも常にサポーターのみなさんがいたからこそ、チームはこの順位にいると思っているので、そういった意味でも、いままでしなかったことをやってみました」

 インスイングから放たれた正確無比な弾道が、ファーから中央寄りにポジションを移し、宙を舞ったDF住吉ジェラニレショーンの高い打点と完璧に合致。一気に逆転した2分後の60分には北川のアシストからMF乾貴士もゴールで続き、藤枝の反撃を試合終了間際の1点に抑えた清水が3-2で激戦を制した。

■引き分けを挟んでの3連勝

 引き分けをはさんで2度の3連勝をマークした清水は、前夜に大分トリニータと引き分けた横浜FCを抜いて8月28日以来となる首位に再浮上した。もっとも試合後のロッカールームで、西澤は仲間たちと勝利の喜びを共有できなかった。

「ここからまた居残りです。まだ出ていなくて。早く出したいよ」

 抜き打ちで行われるドーピング検査の対象となり、試合後にはピッチから別室へ直行。一時的に取材対応した西澤が、悲鳴に近い声をあげながら再び別室へ向かった。1ゴール1アシストに加えてドーピング検査。まさに“大当たり”だった西澤に加えてもう一人、清水をJ1昇格へ大きく近づけたヒーローがいた。

(取材・文/藤江直人)

(後編へ続く)

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