「チームがまとまらないといけない、という発想を捨てる準備はしています。『まとまらなければ負ける』は秋はなし。まとまるのが難しければ、個で勝負して、技術で圧倒するしかないです」6月下旬に富士大硬式野球部のグラウンドを訪れた際、安田慎太郎監督が…
「チームがまとまらないといけない、という発想を捨てる準備はしています。『まとまらなければ負ける』は秋はなし。まとまるのが難しければ、個で勝負して、技術で圧倒するしかないです」
6月下旬に富士大硬式野球部のグラウンドを訪れた際、安田慎太郎監督が口にした言葉がその後も気になっていた。
7人がプロ志望届を提出した富士大は、今秋は開幕8連勝で3季ぶり39度目のリーグ優勝を果たした。ドラフト候補選手を多数擁しながら、今春は3位以下の3チームに1敗ずつを喫し2位。雪辱を果たすべく、どんな夏を過ごしてきたのか。
春2位の要因は「チームがまとまりきれなかった」
安田監督は6月下旬の取材で、春の「敗因」について次のように話していた。
「チームがまとまりきれなかったというのが正直なところです。リーグ戦が開幕する前からチームの雰囲気とか、リーグ戦への向かい方とかが怪しくて、それが露呈した感じでした」
4年生の主力選手の多くがプロ志望とあって、目の前のリーグ戦に勝つことよりも、その先の全日本大学野球選手権でアピールすることを念頭に置いて練習する雰囲気は少なからず漂っていた。指揮官の嫌な予感は的中し、開幕戦で黒星スタート。翌週、翌々週と負の連鎖は続き、全国切符を逃す結果に終わった。
チームを立て直すにはもちろん、まとまりを再構築するのが最善の策だ。しかし勝ちにこだわる安田監督は、「まとまるのが難しければ、個で勝負して、技術で圧倒する」覚悟を固めていた。
“調整”ではなく“強化”…「冬よりきつい」反復練習
今秋は1試合を残しているが、ここまでの9試合はチーム計71得点、19失点とまさに他チームを「圧倒」している。
投手陣では佐藤柳之介投手(4年=東陵)、安徳駿投手(4年=久留米商)、角田楓斗投手(2年=東奥義塾)が防御率1点台をマーク。野手陣は佐々木大輔内野手(4年=一関学院)と山澤太陽内野手(4年=啓新)が4割を超える打率を記録しており、ほかにも麦谷祐介外野手(4年=大崎中央)ら5人が打率3割以上をキープするなどムラのない打線を形成してきた。
八戸学院大に勝利し優勝を決めた9月14日の試合後、安田監督は「これまで個人は調整、調整で来ていたので、1回ぶち壊して強化する、鍛え上げるということをしてきました」と明かした。
「球のスピード、コントロール、コンタクト率、長打力、スイングスピード、打球スピード、ウエイトの数値、瞬発力…そのあたりをチーム全体で、時には個人的に指示をして強化してきました。個々の力があるのでこれまである程度任せていましたが、春はじけて、任せてダメなら僕が考えるメニューをやりましょうと。休む暇を与えなかったので、野手も投手も相当きつかったと思います」
大学の硬式野球部は、夏は遠征も行いつつオープン戦を多く組み、実戦をこなしながら調整するのが一般的だ。富士大も以前は実戦と個人が自身の課題を設定して調整する「課題練」をメインに据えていたが、今夏は安田監督が提示した練習メニューに全員で取り組んだ。
7月までは実戦は土日の午前中にホームグラウンドで試合を行うのみで、平日と土日の午後はひたすら反復練習をした。安田監督いわく、「冬の練習と夏の練習を一緒にやるイメージ」。体のケアは欠かさないとはいえ、トレーニング重視の冬の練習と実戦重視の夏の練習を同時並行で進めるとあって、「冬よりきついですよ」と不敵な笑みを浮かべた。
選手実感「きついことを乗り越えた先には勝利がある」
選手たちも「めちゃくちゃきつかったです」と口を揃えたが、それぞれが指揮官の思いに応えた。
9試合を終えて打率.378、3本塁打、9打点、14盗塁とキャリアハイに迫る数字を残しているプロ注目外野手の麦谷は、「4年間で初めて、室内練習場の300メートル走を主力も控えも関係なく走りました。きついことを乗り越えた先には勝利があると、後輩たちも分かったと思う」と話す。
5戦5勝で優勝に貢献したエース左腕の佐藤も、苦手としていた走り込みを強化したことで体力面の課題を克服。長いイニングを投げられるようになって2度9回完投勝利を挙げたほか、平均球速も約3キロアップした。佐藤は「正直体力的にはきつかったんですけど、自分としても納得した上で、『やってやろう』という反骨心を持って練習しました」と夏を振り返る。
“俯瞰”する主将がチームにもたらしたまとまり
一方、今秋は安田監督が懸念していたチームの「まとまり」も出てきた。
個人の能力を高めた上で、チーム内では野手は「ボールを見逃してストライクを振る」、投手は「ストライクを投げてボールを減らす」といった「当たり前」を徹底。常に「チームでどう点を取るか、どう点を防ぐか」を考えさせ、目の前の勝利を貪欲に狙う雰囲気を作り上げた。
そして今の富士大に欠かせないのが、主将を務める山澤の存在だ。「能力は高いけど個性的なやつが多くて、爆発力はあるけどムラがある。まとめるのは大変でしたけど、春と比べて一つ一つの取り組みの質が変わったのでよかったです」。個人の能力が高いゆえにまとまりづらかったチームを、主将の自覚を胸に統率した。
ランメニューでは必ず先頭を走った。全力疾走をしていない選手には「もっとできるよな」と発破をかけた。以前は「どうせ聞かないだろう」と目をそらしていたマイナスな行動を見かけると、「春負けたので何かを変えないといけない」と考え時には厳しい言葉をぶつけた。
リーグ戦が終われば来月24日にドラフトがあり、同26、27日には明治神宮大会出場をかけた東北地区大学野球代表決定戦に臨む。「やるべきことをやって、ほころびが出なければ勝てる。自分が俯瞰で見てチームをまとめたい」と山澤。富士大“最強世代”の秋はまだ終わらない。
(取材・文・写真 川浪康太郎)