主将・脇坂泰斗はきっと、考えたうえで小林悠を指名した。9月17日の練習後の場面だ。  9月18日のAFCチャンピオンズリーグエリートのリーグステージ第1戦・蔚山現代戦を翌日に控えたこの日、スタジアムにほど近い練習場で“締めの挨拶”をベテラ…

 主将・脇坂泰斗はきっと、考えたうえで小林悠を指名した。9月17日の練習後の場面だ。

 9月18日のAFCチャンピオンズリーグエリートのリーグステージ第1戦・蔚山現代戦を翌日に控えたこの日、スタジアムにほど近い練習場で“締めの挨拶”をベテランFW小林にお願いしたという。

 なぜ背番号11だったのか。小林自身は、「ACLで悔しい思いをしているって泰斗が知ってるからか」と思い至ったという。そして、その感情を素直に言葉にした。

「ACLはフロンターレが取ったことのないタイトル。天皇杯もルヴァンも取ってるけど、ACLは取ったことがない。泥臭くてもいいから、こういうアウェイで勝点3を取ることだけ意識して、みんなで全員で戦おう!!」

 もし指名されたら何を話そうかは決めていたという小林は、「自分の思いの丈とACLに懸ける気持ちをしっかり話しました」と明かす。脇坂が期待したように、そのまっすぐな言葉がチームをピリっと引き締めた。実際、ある主力選手はその言葉が「すごく胸に響いた」と振り返る。

■「あまり前で背負わないように」

 小林が言葉にした「泥臭さ」は、蔚山戦の90分間、川崎の選手の心に突き刺さっていた。というのも、ピッチコンディションの悪さは想定以上。まともにサッカーができる状態ではなかった。土がむき出しになる箇所もあるピッチで、文字通りの“泥臭さ”を体現した。

 小林に芝の状況を聞けば、「いやあ……もう……」と言葉に詰まり、「初めてぐらい悪かったかもしれないです。アップのときとか、もう笑っちゃうぐらいに普通のボールがポンポンポンってはねて。ギリギリまで見ないと本当にトラップが難しいですし、バウンドがすごい跳ねる」と説明する有り様だった。

 だからこそ、小林には「あまり前で背負わないように」という指示が出ていたという。「相手も強いので、ちょっと落ちてっていう作戦だったんです。でも、相手が前から来たことで落ちる時間がなくて、それを狙ったプレーは何回かしかできなかったんです。このピッチコンディションだったのでくさびを受けるのもかなり難しいですし」

 事前の想定をしながらも、それでもうまく行かなかった場合にどうするかを、百戦錬磨のベテランはピッチの上で解決できる。落ちて起点になることができないならば、「それよりも、相手のパス回しに対して前からプレスをかけることで、相手のキックミスを誘発してこっちがカットしてチャンスっていうのを何回かできたので、途中からそっちに頭を切り替えました」と明かす。

「特に左のセンターの選手はけっこう大きくてうまかったですけど、右に持たせるとやっぱりちょっとチャンスになってたので、後半からはそこに狙いを定めてプレスをかけるように意識していました」
 頼れるベテランのプレーが、流れを確実に川崎に引き寄せていた。

■「みんなでまた一つ強くなっていく」

 一方で、小林が最も狙っていたのはゴールだ。前半18分、左サイドを上がった三浦颯太からのマイナスのパスを受けた小林は、ペナルティエリアの手前からミドルシュート。これは身を投げ出した相手GKに弾かれたが、得点を感じさせるチャンスだった。

「チャンスがあったら振ろうと思っていた」。この意気込みと、「あとはグラウンドが悪かったのでゴロで行けば“変わるかな”と思った」という狙いを持ったシュートで、チームに攻撃のスイッチを入れて見せた。

 小林は69分にピッチを去り、残り時間はベンチから声を枯らして見守った。「絶対に勝って帰るぞ」という気持ちを叫び続けて、勝利を手にした。

「いやあ、嬉しいです。こうやって勝ってみんなでまた一つ強くなっていくんだなと思うんで、これがまたリーグ戦にもいい影響が出ればいいなと思います」

 こう笑顔を見せてミックスゾーンを去った小林の背中は頼もしく、そして、“一つ強くなったフロンターレ”が楽しみになった。

(取材・文/中地拓也)

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