【新連載】南雄太「元日本代表GKが見た一流GKのすごさ」第1回:マヌエル・ノイアー(ドイツ) 15年にわたってドイツ代表のゴールマウスを守り続けてきたバイエルン・ミュンヘンのマヌエル・ノイアーが、自身のSNSで代表引退を発表した。 38歳と…

【新連載】
南雄太「元日本代表GKが見た一流GKのすごさ」
第1回:マヌエル・ノイアー(ドイツ)

 15年にわたってドイツ代表のゴールマウスを守り続けてきたバイエルン・ミュンヘンのマヌエル・ノイアーが、自身のSNSで代表引退を発表した。

 38歳という年齢を考えれば、たしかに驚きのニュースとは言えないかもしれない。だが、ノイアーという世界最高峰のGKが代表シーンから退くことに、一抹の寂しさを覚えるサッカーファンは多いのではないだろうか。

 シャルケ時代は元日本代表DF内田篤人のチームメイトでもあったノイアーが、ドイツ代表デビューを飾ったのは2009年のこと。その後、4度のワールドカップを経験している。

 2014年ブラジルワールドカップでは、4度目となるドイツ優勝の立役者にもなった。その大会で不動の守護神は、それまでペナルティエリアが主な仕事場だったGKのプレースタイルを覆し、フィールドプレーヤーとしての役割も担う新しいGK像を世に知らしめた。

 その意味で、ノイアーは画期的かつ革命的なGKと言っても過言ではない。そんな歴史的GKのすごみは、いったいどこにあるのか?

 現在、横浜FCフットボールアカデミーサッカースクールのGKクラスのコーチをはじめ、流通経済大学付属柏高等学校や社会人チームFCグラシオン東葛のGKコーチも務める南雄太氏に、あらためてノイアーのプレースタイルについて解説してもらった。

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新たなGK像を築いたドイツ代表のマヌエル・ノイアー

 photo by AFLO

「いちばんのすごみは、何と言っても『アスリート能力の高さ』ですね。走るスピードをはじめ、ジャンプ力やパワーなど、現代GKに必要とされるすべての要素を兼ね備えていて、それぞれの能力がトップレベルにあるというのが、彼のバックボーンになっています。

 もちろん、足もとの技術の高さについても周知のとおりです。左右両足が使えるうえ、ビルドアップ能力が抜群に高く、判断力も申し分ありません。DFラインの背後のエリアをあれだけ広くカバーできるのは、そういったあらゆる能力が揃っているからこそだと思います。

 しかも、前に出た時の五分五分のボールに対し、普通のGKだとクリアすることが多いのですが、ノイアーには正確な技術と判断力があるので、五分五分のボールでもしっかり味方につなぐことができます。

【GKの常識を覆したプレースタイル】

 特に印象的なのは、寄せてくる相手をキックフェイントで切り返して味方につなぐプレーです。周りもよく見えていて、あれだけ高い技術があるので、常に焦ることなく、余裕を持ってプレーできるのだと思います。

 とにかくノイアーは、アグレッシブなGKですね。ドイツが優勝した2014年ワールドカップの時、あれだけピッチで躍動できるGKはそれまで見たことがなかったので、僕自身もかなりの衝撃を受けたことを覚えています」

 GKの常識を覆したノイアーのプレースタイルについて聞いてみると、南氏はそのように説明してくれた。


南雄太氏はノイアーの細かな動きも説明してくれた

 photo by TOBI

 ただ、それ以上に南氏が強調したのは、ノイアーが持つGKとしての本質の部分。GK経験者ならではの視点による『ゴールを守る』プレーについてのすごみだった。

「ノイアーのプレーを見る場合、どうしてもプレー範囲の広さや足もとの技術に目を奪われがちですが、それ以前に、彼の『ゴールを防ぐ能力』が尋常ではないレベルにあるということを強調しておきたいですね。

 まず、ボールを弾くことと、キャッチすることの判断と、それぞれのプレーの正確性が抜群に優れていること。しかも腕力というか、体全体にパワーがあるので、自分の体よりも後ろの位置からでもシュートを弾き返すこともできます。

 また1対1の局面では、片足を内側に折りながら完璧な『面』を作って、シュートコースを最小限にできる。相手の体勢を見て、そのまま動かずにシュートを防ぐこともあれば、作った『面』をそのままに、シュート体勢に入った相手に寄せていくこともできる。細かい話になりますが、その距離の詰め方が抜群にうまいので、相手からすると、1対1の状況で劣勢を感じてしまうのではないでしょうか」

 普通なら決まっているはずのシュートも、ノイアーならゴールを幻と化すことができる。相手チームにとってはどれだけDFラインを崩しきっても、最後にノイアーという砦が待ち構えているので、ゴールを簡単に奪えない。

 南氏が指摘するように、相手にこれほど脅威を与えるGKはそういない。

【誰にもできないスーパープレー】

 そんな南氏は、昨シーズンのノイアーのビッグセーブのなかで、最も衝撃を受けたシーンがあるという。2024年1月21日(現地時間)に行なわれたブンデスリーガ第18節、バイエルン対ブレーメンの前半24分にノイアーが見せたビッグセーブだ。

「ノイアーがすごいのは、シュートがディフレクション(選手に当たってボールのコースが変わる)した場合でも、我慢が効くというか、一度体が沈んだ状態になっても、そこからもう一回踏み込んでシュートを止めることができるところです。なかなか真似のできるプレーではないですし、それだけを見ても、単純にパワーを含めた能力が異次元であることがわかります。

 その象徴とも言えるのが、ブレーメン戦のビッグセーブです。おそらくノイアーは、ミッチェル・バイザーがシュートを放った瞬間はブラインドとなって、ボールがよく見えていないはずです。

 ところが、シュートの瞬間にノイアーは左足に体重が乗っていたにもかかわらず、その直後に味方(アルフォンソ・デイヴィス)にボールが当たって自分の右側にボールが飛んできたのを見て、すぐにもう一度右に飛んでボールを弾き出してしまいました。

 普通は、左に体重を乗せた状態でボールの角度が変わったら、もうほとんどの場合は見送るしかありません。しかしノイアーは、瞬時にもう一度右足に体重移動してから地面を蹴って、ジャンプしながら右手で高いボールを弾き出す。もう常識を超えたレベルのプレーとしか、言いようがありませんね(笑)。

 あの正確かつ素早い判断と、その判断を見事に体現してしまう身体能力と技術こそ、ノイアーというGKのレベルの高さを物語っていると思います。ほかの誰にもできないスーパープレーと言って間違いありません」

 南氏も、このワンプレーにノイアーのすごみが凝縮されている、と感嘆した。

 幸い、ドイツ代表は引退しても、ノイアーはバイエルンで引き続きプレーしてくれる。数十年にひとりの逸材とも言えるノイアーのプレーは、今シーズンも注目に値する。

(第2回につづく)

【profile】
南雄太(みなみ・ゆうた)
1979年9月30日生まれ、東京都杉並区出身。静岡学園時代に高校選手権で優勝し、1998年に柏レイソルへ加入。柏の守護神として長年ゴールを守り続け、2010年以降はロアッソ熊本→横浜FC→大宮アルディージャと渡り歩いて2023年に現役を引退。1997年と1999年のワールドユースに出場し、2001年にはA代表にも選出。現在は解説業のかたわら、横浜FCのサッカースクールや流通経済大柏高、FCグラシオン東葛でGKコーチを務めている。ポジション=GK。身長185cm。