まさに天王山。その直接対決は、今季の覇権の行方を左右する大一番だったと言っていい。 ポルトガルのポルトで行なわれたレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ第6戦。レースはラウンド・オブ・8で大きなヤマ場を迎えていた。ラウンド…

 まさに天王山。その直接対決は、今季の覇権の行方を左右する大一番だったと言っていい。

 ポルトガルのポルトで行なわれたレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ第6戦。レースはラウンド・オブ・8で大きなヤマ場を迎えていた。



ラウンド・オブ・8で、年間優勝を争うマルティン・ソンカと対戦した室屋

 前日の予選で3位につけ、この日のラウンド・オブ・14も問題なく勝ち上がっていた室屋義秀が、ラウンド・オブ・8で顔を合わせたのはマルティン・ソンカ(チェコ)。今季開幕戦(アブダビ)を制し、ここまで常に室屋とチャンピオンシップポイントランキング(年間総合順位)でトップを争ってきた好敵手である。

 このふたりに、シーズン中盤から調子を上げてきたふたり――今季2勝を挙げているカービー・チャンブリス(アメリカ)と、全5戦中3戦で表彰台に立っているピート・マクロード(カナダ)――が加わり、年間総合優勝争いは繰り広げられている。

 前回の第5戦(カザン)を終了した時点で、チャンピオンシップポイントランキングは1位チャンブリス(40ポイント)、2位室屋(39ポイント)、3位ソンカ(39ポイント)、4位マクロード(38ポイント)と、わずか2ポイント差に4人のパイロットがひしめいていた。

 室屋にとってラウンド・オブ・8で難敵と対戦することは、ファイナル4へ勝ち上がれるかどうかの際どい勝負を強いられる一方で、ここでソンカを叩けば、ライバルをラウンド・オブ・8敗退(すなわち、5位以下)に追い込むことができる。

 勝利すれば優勝争いに生き残り、敗れれば優勝戦線から大きく後退する。天王山とも言うべき対決は、現在の戦局を大きく転換する可能性を秘めていた。

 果たして結果は、室屋の1分8秒414に対し、ソンカは1分7秒991。僅差の勝負を制したのは、ソンカだった。

 勝敗を分けたのは、室屋が犯したスタートスピード超過のペナルティである(通常は200ノットに制限されているが、今回は高速コースのため、180ノットに定められていた)。これによって加算された、ペナルティタイムの1秒が勝負を決めた。

 レッドブル・エアレース参戦6年目にして、室屋がスタートスピード超過のペナルティを受けるのは初めてのことだ。これまでに一度も起きなかったことが、この重要なフライトで起きてしまうのだから、神様は気まぐれだ。あらためて勝負の怖さを思い知らされる。

 6位に終わった無念のレースを振り返り、室屋が語る。

「ラウンド・オブ・14のタイムで、ソンカは(自分よりも)コンマ何秒か前にいた。だから、スタートも含めて勝負をかけなければいけないかな、と。チャンピオンシップのことはあまり考えないようにしたが、その他(のセクション)にはほとんどマージンがないので、100分の1秒でも、1000分の1秒でも(スタートで縮めておきたい)という気持ちが焦りとなって出てしまったのかもしれない。もちろん、自分ではそんなつもりはなかったし、そういう気持ちを感じてもいなかったけれど……、結果的に、そういうメンタルの部分が反省すべき点として出てしまったのかな」

 後にデータ解析によって分かったところによれば、室屋の機体はスタート直前、不自然な加速を記録していた。それは操縦によるものとは考えにくく、おそらく風の影響を受けた可能性が高い。不運の一言で片づけるには、あまりに痛いスピード超過だった。

 直接対決で室屋を蹴落として勢いに乗ったソンカは、そのままファイナル4も勝ち抜き、今季2度目の優勝。2位にはマクロード、3位にはマット・ホール(オーストラリア)が入り、チャンブリスも前2戦に続く3連勝こそ逃したものの、確実に4位を確保していた。

 この結果、室屋はチャンピオンシップポイントランキングで4位に転落。4人の年間総合優勝争いからひとり後れを取る形となり、トップの座に返り咲いたソンカからは10ポイントの差をつけられた。表情を曇らせ、室屋が訥々(とつとつ)と言葉を発する。

「ラウンド・オブ・8でソンカが相手だったので、チャンピオンシップを考えるうえでは、もちろん(実際に起きた結果とは)反対の展開を想定していた。ここを勝ち上がれば(ソンカを振り落とせる)、という気持ちはあったので……、この結果はやはり大きい」

 もちろん、室屋の年間総合優勝の可能性はまだ残っている。獲得できるポイントは、ひとつのレースで優勝すれば15ポイント、残り2戦を連勝すれば30ポイント。逆転不可能な差ではない。

 だが、仮に室屋が2連勝したとしても、ソンカが残り2戦で2位に入ってしまえば、もはや追いつくことはできない。シーズン終盤に来て、いよいよ厳しい立場に立たされた。残念だが、その事実は認めざるをえない。

 自分にできることはベストで飛ぶことだけ――。人事を尽くして天命を待つしかない室屋は、繰り返し、そうつぶやく。

「マルティンとは10ポイント差、(2位の)ピートでも6ポイント差。上位のパイロットがコケてくれなければ差を詰めるのが難しくなってしまった。でも、彼らだって常に完璧なわけではないし、何が起こるか分からないから。あとは自分がベストで飛ぶしかない。明日のポイントを考えてもしょうがない。今をベストで飛ぶしかないから」

 勝負は下駄をはくまで分からない。あきらめた時点で勝負は終わり。とはいえ、今季残されたレースはわずかに2戦。起こりうる結末が徐々に絞られてくるなか、安易に逆転優勝のシナリオを思い描くことは、現実から目を背ける行為に他ならない。

「どっちかというと、追いかける展開のほうが燃えるかな」

 自分の気持ちを奮い立たせるようにそう語る室屋。だが、これに続いた言葉は、当事者である彼自身が現状の厳しさを痛いほど理解していることをはっきりとうかがわせた。

 笑みを浮かべ、冗談めかしてはいたが、それが偽らざる本音だということだろう。

「10ポイントか……、これが5ポイント差くらいだったらよかったのに」

 優勝争いへの生き残りをかけた大一番。敗者に待っていたのは、無情の現実だった。