サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回のテーマは、J1で旋風を巻き起こしているFC町田ゼルビアの「伝家の宝刀」について。重要なのは、細かな…
サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回のテーマは、J1で旋風を巻き起こしているFC町田ゼルビアの「伝家の宝刀」について。重要なのは、細かなことをおろそかにしないこと。
■スローインを「武器」にする
夜中にオリンピックのサッカーを見た後、ベッドに入っても眠れずに悶々としているときに思い浮かんだのがこのフレーズだった。思わずベッドから飛び起き、仕事机のスタンドをつけて、忘れないようにメモした。(そのまま寝ていたら、間違いなく朝にはその記憶の跡形もなかっただろう)。
「スローをブキにしてくれ」
もちろん、私と同世代のシンガーソングライターである南佳孝さんの大ヒット曲『スローなブギにしてくれ(I want you)』のもじりである。
片岡義男さんの短編青春小説「スローなブギにしてくれ」(1975年)が東映と角川春樹事務所で映画化された1981年、その主題歌としてつくられたのが、この曲である。半世紀近くも前の曲だが、「ウォンチュー~」で始まる名曲は、若い世代でも耳にしたことがあるのではないか。作詞は松本隆さん、作曲は南さん自身である。
最初から楽屋裏暴露の言い訳じみた記事になってしまった。スローインの歴史などについては、この連載でも、2022年の11月に、「チコちゃんに叱られる」に出演した後藤健生さんへの「いいな~」という羨望(せんぼう)を含めて書いた。今回は、スローインの戦術について少し考えてみたい。スローインを「武器」にするのだ。
■新潟コンビの「大笑い」トリック
8月12日のJリーグ、アルビレックス新潟対京都サンガF.C.で、新潟の堀米悠斗がすぐ前に立つチームメートの小野裕二の背中にボールを投げ、はね返ってきたところをプレーした。これにはスタンドも沸いたが、ルールに違反しているわけではない。新潟の聖籠町にあるトレーニンググラウンドで、チーム練習が終わった後にグラウンドに残った堀米と小野が、「こういうのをやってみよう」「面白いな、それ」などと言葉をかわし、大笑いしながら何回かやってみる光景が想像できる。こういうのは嫌いではない。
だが私が最も好むのは、何と言っても「クイックスローイン」である。
サッカー選手というのは、ボールがタッチラインを割ると必ずひと息つく。ボールパーソンがスローアーにボールを渡す。スローアーが構える。味方が動き、投げてスローアーの足元に戻す。そうしたスローインが圧倒的に多いからだ。守備側はいったん足を止めて味方と相手のポジションを確認し、それからマークに入る。
■メッシも足を止めた「瞬間」に…
2019年1月のスペインリーグ、FCバルセロナ対エイバル。バルセロナの2-0のリードで迎えた後半13分、右サイドをバルセロナのセルジ・ロベルトが攻め上がり、エイバルのペドロ・ピガスが倒れながら絡んでボールがタッチを割る。副審はコーナー側に旗を上げ、バルセロナ・ボールであることを示す。
すぐ内側にいたエイバルのルベン・ペニャは、セルジ・ロベルトの足に当たって出たと両手を上げてアピール。彼がマークしていたバルセロナのリオネル・メッシも足を止める。
しかしピッチ内には、ただひとり足を止めなかった選手がいた。彼らより中央寄りの前にいたバルセロナのルイス・スアレスである。彼は斜め外側に向かって走ると、左手を広げてボールを拾ったセルジ・ロベルトのスローインを促す。そして投げられたボールをゴール方向に流しながら一歩持ち、エイバルGKアシエル・リエスゴの動きを見ると、その足元を破って勝利を決定づける3点目を決めたのである。
セルジ・ロベルトも、タッチ外に出たボールをそのまま足を止めずに走って追い、即座に拾った。そして顔を上げてスアレスがフリーなのを見て取ると、迷わず投げた。ふたりの呼吸がピタリと合った見事な得点だった。
厳密に言えば、セルジ・ロベルトが投げたのはボールが出た地点から5メートル以上前だったし、投げたのも頭の上あたりからで、「ファウルスロー」気味だった。しかし、エイバルの選手たちも天を仰ぐばかりで、スペインではこのシーズンから採用されたビデオ・アシスタントレフェリーも、異議は唱えなかった。
ほっとひと息、足を止めがちな状況に、集中を切らさず「クイックスローイン」をすれば、大きなチャンスになることがある。ところがサッカー選手の多くは、はっきり言って「なあなあ」のプレー習慣に飼いならされてしまっており、このようなチャンスをみすみす空費してしまうのである。