今夏の甲子園では、大がかりな「実験」が行なわれた。高校球児の健康面に配慮して、1日の試合を「午前の部」と「夕方の部」に分ける2部制が試験運用されたのだ。 実施されたのは開幕日から大会3日目まで。新設された「夕方の部」を戦った現場の選手や指…

 今夏の甲子園では、大がかりな「実験」が行なわれた。高校球児の健康面に配慮して、1日の試合を「午前の部」と「夕方の部」に分ける2部制が試験運用されたのだ。

 実施されたのは開幕日から大会3日目まで。新設された「夕方の部」を戦った現場の選手や指導者の声を聞いてみた。


大会初日第3試合の智辯学園と岐阜城北戦は21時36分に終了した

 photo by Ohtomo Yoshiyuki

【時間が決まっているので準備しやすい】

「夕方5時開始と正確な時間が決まっているので、準備がしやすかったです。午前中はしっかりと寝て、午後からいきなりスイッチを入れようと調整していました」

 そう語ったのは、高校球界屈指の遊撃手である藤本陽毅(京都国際)だ。藤本は1年生だった2022年夏の甲子園初戦で第3試合のナイトゲームを経験している。

「いつもの第3試合、第4試合だと時間が読めないので、そのほうがきついです。甲子園は何が起こるかわからないですし、いつ試合が終わるかわからないですから」

 17時試合開始の場合、起床時間はチームによってまちまちだった。

「いつもは早寝早起きなんですけど、今日は遅く起きました。そのあたりはちょっと面倒臭かったですね」

 そう言ったのは南陽工の山崎康浩監督だ。ただし、「遅く起きた」のレベルが違う。選手に何時に起きたか確認すると、「午前6時」だという。

「普段は朝4時半から5時に起きて朝練をしています。自分たちは力がないので、みんなが寝ている間に練習をするんです。6時起きはずいぶん遅い感覚でした」(南陽工・斎郷優太)

 南陽工と対戦した菰野の森田亮太監督は「朝はいつもどおりの時間帯に起きました」と語ったが、南陽工水準の「遅い起床時間」より遅い7時起床だという。

 ただし、森田監督が「いつもどおり」にこだわったのは理由がある。

「(時間によって)甲子園の風、太陽の位置など押さえるべきところはミーティングで押さえましたが、そこと戦うわけではないので。振り回されないように、特別に意識することなく戦おうと選手に言っていました」

 実際に夕方から夜にかけてプレーしてみて、選手はどんな感想を抱いたのだろうか。菰野の2年生二塁手・小山剛に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「ナイターで野球をするのは今までの人生になかったことなので、いいのか悪いのかわかりません。でも、体力的には三重大会と比べたらラクではありました。照明がついた時は、今までできなかった体験なのでテンションが上がりましたね」

 グラウンドコンディションも従来と比べてはるかにいい状態だったはずだ。午前の部が終わるとスタンドは観客を退場させ、グラウンドでは阪神園芸による整備が行なわれた。従来であれば整備用トラクターでならす程度の整備しかできないが、1部と2部の合間だと荒れた土をローラーでプレスするなど、入念な整備ができる。外野の芝生はスプリンクラーによって散水がされていた。

 足場が荒れたグラウンドはイレギュラーが起こりやすいが、菰野の小山は「荒れている感じはしませんでした」と振り返る。

「甲子園練習の時より土が硬くて、バウンドが跳ねる感じがしました。前に出て捕ろうと意識していました」

【いつもより打球が速く見える】

 選手の体調が第一とはいえ、2部制は必ずしもいいことばかりではない。グラウンド整備、スタンドの清掃、観客入れ替えの警備などコストがかさむ。通常開催時よりチケットの割引がなされているとはいえ、1日を通しで見たいコアなファンにとっては金銭的にも時間的にもストレスがかかる。

 また、選手の間ではこんな声もあがった。

「ナイター照明が点灯する前の夕方はボールが見づらくて、とくに変化球は当てるので精いっぱいでした」(京都国際・藤本)

「ナイターは慣れていないので、いつもより打球が速く見えてやりづらかったです」(南陽工・斎郷)

「空が暗くて、フライが見えづらかったです。自分は辛うじて捕れたのですが、すぐチーム内で『見づらいぞ』と共有しました」(菰野・小山)

 いずれも試合運営上の不満というよりも、慣れない薄暮から夜にかけての戸惑いを口にしたに過ぎなかった。

 そして、気になるデータもある。2部制を実施した3日間で、熱中症と見られる症状が見られたのは8選手。そのうち4人が16時以降に試合があったチームの選手だった。この事態を受け、大会本部は大会4日目以降に16時以降の試合でもクーリングタイム(5回終了後に挟む10分間の休憩時間)を設けることを発表している。

 それでも、現場で奮闘する選手・指導者にとって2部制はおおむね好評だった。南陽工の山崎監督は「我々からすればありがたいことばかり」と語り、こう続けた。

「高校野球はたくさんの方に支えてもらっています。2部制になることで小さいお子さんやご高齢の方にも応援してもらいやすくなるなら、非常にすばらしいこと。(キャプテンの)丸山(想太)には、『いいクジを引いたな』と言いました」

 大会3日目までは2部制・3試合を行ない、4日目からは今まで通り1日4試合の形式に戻っている。

 来夏はどんな形式で開催されるのか。日本高野連は高校野球の7イニング制への変更を検討するワーキンググループを設置し、議論を始めることを公表している。

 高校野球界に一石を投じた2部制は、大きな変革の第一歩になるかもしれない。

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