まるで南国を思わせるほどに透き通った海が北海道にある。南西部に浮かぶ奥尻島は、約150万人が暮らす神奈川県川崎市とほぼ同じ面積を有するが、人口は1960年のおよそ8,000人をピークに減少の一途をたどり、現在では2,000人あまりにとどまっ…
まるで南国を思わせるほどに透き通った海が北海道にある。
南西部に浮かぶ奥尻島は、約150万人が暮らす神奈川県川崎市とほぼ同じ面積を有するが、人口は1960年のおよそ8,000人をピークに減少の一途をたどり、現在では2,000人あまりにとどまっている。
そんな奥尻島の中でも町役場や商業施設があるエリアから最も遠く離れていると言っても過言ではない場所に近年、なぜか若者が集まり、移住者も出てきている。そのきっかけになっているのは、最果ての島の最果ての集落でゲストハウスを開いた男性が仕掛けるスポーツアクティビティの数々だ。北海道の最西端の海にオープンしてから7年。スポーツを通して変わり始めた過疎地域の今を聞いた。
島唯一のコンビニまではバスで1時間JR函館駅からバスとフェリーを乗り継いで行くと約4時間半かかる奥尻島。フェリーターミナルの近くには島唯一のコンビニがあり、ここからバスで1時間ほど離れた終点にゲストハウス「imacoco」はある。人口20人ほどの集落で、オーナーの外崎雄斗(そとざき・ゆうと)さんは、妻と3人の子どもとともに生活している。
外崎さんは札幌市の出身。大学卒業後に高校で英語の教師として働いていたが、体調を崩した義父が福井県で営んでいた農業を手伝うために退職した。
学生時代に世界各国を回ったバックパッカーの経験をきっかけに「人と人が交流できる空間を作りたい」と考えるようになった外崎さん。義父の体調が回復した後、開業のための場所探しをしていたある日、外崎さんの実父が通っていた奥尻島の宿が閉館したという話を聞いた。今後の予定も決まっていないといい、その場で見に行くことを即決。「タイミングもばっちりで、(奥尻に)呼ばれているんだと思いました」と振り返る。
ほどなく訪れた初めての奥尻島は、海、山、温泉、食・・・何もかもが揃っていた。そしてその思いは住むにしたがって確信へと変わっていったという。
水深25メートルまで見える水面でのSUP「理屈抜きに感動するキレイさです」。奥尻の海の魅力について聞かれた外崎さんは間髪入れずに答えた。晴れて水が透き通った日には海面から約25メートル下の海底まで見える。町唯一の高校では、授業の一つとしてスキューバダイビングが行われているほど町の魅力になっているという。
この海のキレイさを体感してもらうために思いついたのが、福井県で農業の傍ら海の家のバイトをしていた時に知ったSUPだった。
SUPとは、サーフィンで使うようなボードの上に立ち、パドルを使って海面を移動するスポーツだ。レジャー目的はもちろん、レース競技も開催されているほどポピュラーなスポーツになっている。
「海を100メートル泳ぐとなると大変です。泳ぎでは行けないところもあるし、疲れてしまって景色なんて楽しめない。何より、水面の上から奥尻の海を感じてほしかったので、SUPをやろうと決めました」
2018年の導入以降、新型コロナウイルスの影響が拡大する中でもゲストは着実に増えていった。
「最近はSUPを目的にここまで来る方も増えています」と外崎さん。高所恐怖症の人はあまりの透明度に怖さを感じるほどという透き通った海は、若年層を中心にSNSで話題を呼んでいるという。
外崎さんは、一般社団法人日本SUP指導協会が認定しているインストラクターのバッジテストで最も難しい1級にも合格。「強風の中、50メートル間隔で浮いているブイの間を6分以内で10往復する試験などがありました。腕がパンパンになるほど大変でしたが、取得して良かったです」と語る。ただのアクティビティではなく、利用者が安心しながらスポーツとしてもSUPを楽しんでもらえるよう、自分自身の技術を磨き続けている。
身体を動かし五感で感じる大自然を提供外崎さんは、SUP以外にも島に広がるブナ林をめぐるツアーや島一周の自転車ツーリングも手がけている。ブナ林のツアーは、北海道知事が認定したアウトドアガイドである外崎さんの説明を聴きながら2時間かけて山の中をめぐる。
「この場所に来れば、特別なことをしなくても大自然を感じることができると思います。ですが、アクティビティを通すことでより自然を知ることができます。例えばブナ林を歩けば涼しさや湿度、匂いやブナの葉が堆積して柔らかくなった地面などを奥尻の山の中に入ることでより実感できます。自転車をこげば車に乗っていては感じない島の起伏を身をもって体感できるでしょう。ブナ林を歩くとき私は海についての説明をしています。あの海がキレイな理由は、実は島の大半を覆っているブナに秘密があるんです。その一つは根です。樹木の根が大地をしっかりとつかんでいるので土砂の流出が防がれ、水は濁りません。実際に山を歩いて、その役割を知り、透き通った海に出て海面から特産のウニを見下ろせば、なぜおいしいのかが分かるはずです。奥尻に来なくても、東京の都心なら、お金を出せば奥尻産のウニが食べられるかもしれません。ですが、実際に足を運んで現地で身体を動かし五感で感じた上で食べるウニは全く違うものになります」
SUP予約はほぼ毎日。奥尻での暮らしを求めて移住者も北海道の海は冷たく、SUPを体験できるのもほぼ夏場だけに限られている。マリンスポーツがピークを迎える7、8月は平日も含めてほぼ毎日SUPの予約が入っているという。もちろん気温も高くなく、猛暑に本州がうなされる今夏も「冷房どころか扇風機なしでも夜は過ごせる」と外崎さんは話す。
夜になれば、人工的な明かりに邪魔されることなく輝く星空が一面に広がる。ゲストハウスの中には時計やテレビを一切置いておらず、時間を忘れ、ゆっくりと静かな時間を過ごすことができる。
「静寂というのがこれほどすばらしく、人間にとって必要なものだということをここに来て初めて知りました」と外崎さん。
都会の喧騒を忘れ、非日常の体験ができる奥尻での時間を求めて訪れる人は多く、imacocoを通しての移住例は少なくとも10人ほどになるという。
目標に向けてとことん。原動力のルーツはサッカーゲストハウスを営む外崎さんにはプロサッカー選手を目指していた過去がある。
小学3年生から高校まではサッカー一筋だった。毎日の練習のほか、帰宅後の筋トレやストレッチ。試合などを通して得た「気づき」をまとめるノートも欠かさず書き続けた。冬になると自宅の札幌は雪が積もるため、車庫に入り壁に向かってボールを蹴った。「漫画の様にボールの跡が今も残っています」と笑う。
努力は実を結び、小学生の時には札幌市の選抜メンバー、高校では北海道選抜に選ばれた。当時の友人10人ほどはプロになったという。
しかし、外崎さんは高校で進路を決める際、一度の人生をサッカー以外の道で生きることを決意した。
「これまで培ってきたものが無駄になるのではとの思いはありました。これだけ大事なサッカーをある意味捨てたからこそ、捨てて選んだ道が中途半端になると自分で自分を許せなくなると思いました。これが今の原動力になっています」と語る。
「最初は自分の決断に後悔しそうで友人たちのJリーグの試合が見られませんでした。ですが、自分が進んだ道が正解だったと思えるようになってからは観られるようになりました」
今でもサッカーをしていた頃の親友である現役Jリーガーとの交友関係は続いているという。
外崎さんが大切なサッカーから離れて進んだ道は奥尻に変化を起こし始めている。
SUPなどの話題は北海道内外のメディアでも扱われ、imacocoのある集落にかつて暮らしていた70代の元住民から、今も集落が続き、新しい息吹が吹き込まれていることに感動したとつづられた手紙が送られてきたという。
外崎さんは「この集落を守り続けるという気持ちを一層強くしました」と話し、今後に向けて決意を新たにした。
全国的に進む過疎化問題。特に奥尻島を始めとする多くの市町村が消滅可能性自治体に数えられている。理由には、若者の就業問題や生活の利便性など重層的な社会課題が考えられるだろう。
今回の取材の中で印象に残った言葉がある。「アクセスの悪さこそ最大のメリット」。外崎さんは奥尻の置かれている地理的なデメリットを最大限活用し、都市部にはない特別な非日常を提供しているのだ。限られた資源をどう活用し、足を運ぶほどの魅力にしていくか。奥尻への人の呼び込みに光を見出している外崎さんが好例ではないだろうか。
text by Taro Nashida(Parasapo Lab)
写真提供:外崎雄斗