ベテランプレーヤーの矜持~彼らが「現役」にこだわるワケ第6回:西大伍(いわてグルージャ盛岡)/後編J3のいわてグルージャ盛岡でプレーする西大伍 photo by J.LEAGUE/J.LEAGUE via Getty Images 2018…

ベテランプレーヤーの矜持
~彼らが「現役」にこだわるワケ
第6回:西大伍(いわてグルージャ盛岡)/後編


J3のいわてグルージャ盛岡でプレーする西大伍

 photo by J.LEAGUE/J.LEAGUE via Getty Images

 2018年にクラブ史上初のアジア制覇に貢献するなど、鹿島アントラーズの数々のタイトル獲得に貢献してきた西大伍。そんな彼が8シーズンにわたって在籍した鹿島を離れ、2019年にヴィッセル神戸に移籍したのは、「サッカーを楽しむことをより追求すること」が理由のひとつだったと言う。

 鹿島で、さまざまな"頂点"を味わうほど、その使命感もあってだろう。「高校生の時のように、純粋にサッカーを楽しむ日々はもう過ごせない、という現実を理解するようにはなっていた」と西。だからこそ、楽しむ環境を自ら作り出さなくちゃいけないと考えた。

「プロになったばかりの頃は、試合に出られないことを悔しく思う反面、足りないところがあるのもわかっていたので、まずは自分に向き合うことが先決だと思っていました。でも、キャリアを積んで、いろんなものを身につけていくなかで、ある程度必要なものは備わった、と。

 じゃあ、それを今度、どうやって大きくしていくのか、と考えたら、また次のステージの楽しさを求めなければいけないな、と。要するに、刺激ですね。

 鹿島での時間はすごく幸せだったけど、それ以上の楽しさ、幸せを見つけるためにも、新しい世界、新しい刺激を見つけに行きたくなった。その場所が海外になれば理想的でしたけど、その道は拓けなかったなかで、国内で味わえる一番の刺激はなんだろうって考えました」

 アンドレス・イニエスタ――。世界最高峰と評される選手と同じピッチに立つことに大きな魅力を感じた。

「(2016年クラブW杯決勝、2018年クラブW杯準決勝で)レアル・マドリードと対戦した時に感じた相手との一番の差はプレーの"基準"でした。たとえば、そのひとつが"タイミング"。あのレベルでプレーするには、情報を入れる、アクションをする、ボールを離す、といったタイミングを逸しないボール扱いは当たり前に求められるな、と。もちろん、そこにフェイクの可能性を含んでいることも理解しながら、です。

 でも、そうした基準なら、自分が仮にレアルに入って3カ月くらい練習すれば、ある程度は習得できるんじゃないか、とも感じました。そこを備えたら備えたでまた、違うところに差を感じる可能性は大いにあるんですけど。

 じゃあ、その基準を国内で上げるにはどうすればいいのかを考えた時に、イニエスタとやりたい、と。正直、金銭面は鹿島と変わらなかったけど、世界ナンバーワンを体感したいと思いました」

 そして、そのイニエスタと過ごした神戸での2年間は、西にとってより深く、サッカーの本質に触れる時間になった。

「アンドレス(・イニエスタ)のすごさを言葉にするのは難しいというか。基本的にめちゃめちゃ口数が多いわけでもないし、何を聞いても『あまり考えていない』という答えがほとんどでした。でも、それがひとつの答えだと思いました。

 つまり、プレー中に何かを考えた時点で、もう遅い。実際、アンドレスは、脳に刻まれているいろんなシーン、プレーの引き出しから、状況に応じてプレーを取り出し、実行に移すまでの判断のスピードと正確性がずば抜けている。しかもまったくボールを見ずにやるから、もう半端ない!

 あと、ああ見えて、アンドレスでも結構ミスはするんです。タッチミスも意外とあります。でも、たとえばトラップしたボールがちょっと浮いちゃっても、浮き球を利用して相手を交わしにいくというように、ミスを利用して活かすまでの反応速度もすごく速い。もしかしたら、ミスも計算でやっているかもしれないですけど。

 ただ、そうした刺激はたくさん得ながらも、彼ほどの選手でもそれをチームとしての結果につなげるには、ひとりじゃ無理だと感じたというか。一定レベル以上の基準を持った選手がチームの過半数以上は必要だと思いました。やっぱり、サッカーは"ジャズ"なんだなって」

 この「サッカーはジャズ」だという表現は、西が日頃からよく使う表現だ。ヴィッセル時代に彼を取材した際も、繰り返し、口にしていたのを覚えている。改めて、その真意を尋ねてみる。

「サッカーは即興性のスポーツ。いろんな楽器がそれぞれの持ち味をもとに音を鳴らしてひとつの音楽を奏でるように、ピッチに立つそれぞれの選手が過去の経験から、自分の感性や持ち味を引っ張り出して融合させ、ジャズを奏でる。

 そして、そんなふうに全員が状況を把握し、いろんなことに気づきながら、ピッチ上でつながっていくのが、僕にとってのサッカーの楽しさでもあります。もちろんうまくいくことばかりじゃなくて、今日もいい演奏はできなかったね、みたいなこともあるけど、それも含めてサッカーだと思っています」

 話を戻そう。そうして新たな刺激を得たことにも後押しされて、西は2019年3月にフィールド最年長選手として、キリンチャレンジカップ2019を戦う森保ジャパンに選出され、ボリビア戦にフル出場する。

「2019年の日本代表は、自分のプレーができたし、ようやく日本代表でも戦える心と体の準備ができたように感じました。それを31歳で実感できて、サッカー人生はまだまだここからだと思いました」

 さらに、そうした財産を引っ提げて2021年には浦和レッズへ移籍し、新境地を求めた。

「人によって成長の測り方はそれぞれですが、ヴィッセルでも僕の考える"成長"は感じられていたし、自分ならどのチームでもやれるという絶対的自信もありました。今も、ですけど。

 でも、だからこそ契約があるから、という理由ではチームを選びたくなかったというか。キャリアの後半を過ごしているからこそ、より自分が成長できるかを基準にチームを選びたいな、と」

 常にサッカーを楽しむことと成長をセットに考えてきた西だからこそ、それは再び「自分にサッカーの楽しさを呼び戻すための選択」でもあったはずだ。その後、2022年に古巣でもある北海道コンサドーレ札幌に復帰しながら、2023年夏にはふたつステージを落として、J3リーグのいわてグルージャ盛岡に期限付き移籍したことにも、彼なりの考えがあるという。

「この年になると、環境とか、試合に出る、出ないによって、成長の度合いは左右されないというか。チームごとに求められる役割、立場があって、そこに向き合うことでも成長はできる。もちろん、試合に出るのは大事だし、だから得られてきた成長もあったんですよ。

 でも(試合に)出られなくても、筋トレを少しキツめにやっても支障はないよねとか、余った時間で他のことにチャレンジできるよね、みたいに切り替えれば、それもまた違う種類の成長を求める時間になる。

 ただいずれにしても、"楽しめているか"は僕の大事な軸なので。それを際立たせる方法は常に考えているし、楽しめていなければ、変化を求めるのは当然だと思っています」

 近年、うまく休むことを考えるようになったのも、彼なりの楽しむ方法のひとつだ。サッカー界に限らず、スポーツ界はどことなく休むことをよしとしない風潮があるが、西いわく「本当にサッカーが好きだからこそ、離れる」ことに意味があるという。

「楽しくなくなってきたら休むって言うと、サボりみたいに思われそうだけど、それとは全然種類が違います。実際、サッカーから離れることで見えるものや、見え方が変わったり、感覚に変化が生まれることもあるから。楽しくないという気持ちに蓋をしてプレーしていてもケガをしちゃうし、そうなるとやりたい気持ちを呼び起こすための休み以上に多く休まなきゃいけなくなっちゃいますしね。

 だから、意図的に休む時間を作り出す。じゃないと、ふとした瞬間についサッカーのことを考えちゃうから。僕にとって趣味の釣りはそのひとつ。サッカーのことを忘れて没頭できますしね。自分なりに休む方法を見つけたら、ピッチに戻った時の感覚もすごくいい。新鮮な気持ちがまた湧き上がってきて、サッカーがめちゃめちゃ楽しくなります」

 その状態を作れていれば、"ジャズ"を奏で続けられるということか。

「いや、そうとも限らないから難しい。さっきのアンドレスの話と一緒で、奏でるにはやはり個の質がある程度そろわなければいけないから。つまり、そっちの楽しさがほしいなら、当然ながらより高いステージ、強いチームを求めなければいけない。だから今は正直、そこと戦っている自分もいます。言うまでもなく、クラブから必要とされなければ、実現できないんですけど。

 だから、現状を受け入れてキャリアを終える......のもひとつだと思っているし、最後、一か八かで、C契約の最低年俸でいいから、J1のクラブに売り込んでみようかな、みたいなことも最近は考えます(笑)。それで自分が両方の楽しさを手に入れられるなら、お互いにとって悪い話ではないはずなので。僕、意外と巧いし、J1でもそこそこやれるはずだから(笑)。もちろん、たとえJ1でも奏でることは簡単じゃないとは思うし、もしかしたら自分の感覚が時代遅れになっている可能性もあるけど」

 本気とも冗談とも取れる言い回しで引退に触れたが、いずれにしてもその時が近づいているという自覚はある。「周りが思うほど、重くは捉えていない」そうだが。

「サッカー選手にとっての引退って、いわゆる、転職だから。僕も、サッカーよりもやりたいことがあれば、その時は転職します。プレーするだけなら、プロじゃなくてもどこででもできますしね。それこそが、サッカーが世界中で愛される理由でもある。

 なので、あまり考えすぎず、自分が思う道を進めばいいのかな、と。結局、その道を正解にできるかは、自分次第だから」

 もっとも、それらはすべて未来の話。今はまず、グルージャでの時間を全力で過ごさなければいけないという自覚がある。20年近いキャリアを重ねてきた西のこと。今の先にしか未来がないことは百も承知だから。何より、彼にとってのサッカーは、相も変わらず「本気で、妥協なくやるから楽しいもの」だから。

(おわり)

西大伍(にし・だいご)
1987年8月28日生まれ。北海道コンサドーレ札幌のアカデミーで育ち、2006年にトップチームへ昇格。2010年、アルビレックス新潟に期限付き移籍。翌2011年には鹿島アントラーズに完全移籍。「常勝軍団」の一員として、数々のタイトル獲得に貢献した。Jリーグベストイレブンにも2度(2017年、2018年)選ばれた。その後、ヴィッセル神戸、浦和レッズ、札幌を経て、2023年からJ3のいわてグルージャ盛岡でプレーしている。