うだるような暑さのなか、今年も夏の甲子園が開幕した。6年ぶりに夏の頂点を目指す大阪桐蔭は大会2日目、第1試合で興南(沖縄)と対戦する。 大阪桐蔭のブロックには、春夏連覇がかかる健大高崎(群馬)、大分大会4連覇の明豊、2021年夏の準優勝・…

 うだるような暑さのなか、今年も夏の甲子園が開幕した。6年ぶりに夏の頂点を目指す大阪桐蔭は大会2日目、第1試合で興南(沖縄)と対戦する。

 大阪桐蔭のブロックには、春夏連覇がかかる健大高崎(群馬)、大分大会4連覇の明豊、2021年夏の準優勝・智辯学園(奈良)など、実力校がひしめく。大会前の下馬評では優勝候補の一角に挙げられている大阪桐蔭だが、その一方で大阪大会序盤ではらしくない戦いぶりも目についた。甲子園ではどちらの姿を見ることになるのだろうか。


2年ぶりに夏の大阪大会を制した大阪桐蔭ナイン

 photo by Sankei Visual

【大阪大会序盤のらしくない戦い】

 近年の大阪桐蔭の甲子園での戦績を振り返ると、一昨年は春のセンバツで優勝、夏はベスト8。昨年は春ベスト4を果たし、今春のセンバツはベスト8。全国レベルで安定した強さを発揮し、現チームも投打ともに分厚い戦力を誇る。加えて、大阪大会での終盤の戦いぶりが、評価をさらに押し上げた。

 とくに準決勝での履正社戦では、強い大阪桐蔭を見せた。それまで5戦すべて5点差以上の完封勝ちで勝ち上がってきた最大のライバル・履正社を12対2(5回コールド)と圧倒。見事な勝利に「桐蔭ヤバい!」「エグすぎ!」といった声が、X上に溢れたとネットニュースが報じていた。

 さらに翌日の東海大仰星との決勝戦では、大阪桐蔭史上最高の素材と言われる2年生右腕の森陽樹が15奪三振、1失点の快投で優勝。9回に入っても150キロを超えるストレートを軸に東海大仰星打線をねじ伏せ、「ヤバい!」「エグい!」の声はひと際大きくなった。

 ただ、夏の大阪大会を序盤から見てきた者の感覚としては、履正社戦までの大阪桐蔭に「ヤバい!」と思えるほどの強さを感じなかった。さらに言えば、夏の大阪大会が始まるまで大阪桐蔭の絶対的な空気も感じることはなかった。

 この春、履正社、大阪桐蔭の「2強」を下した大阪学院大が話題を集めるなか、近大付、興国、大商大堺、東大阪大柏原、箕面学園といった学校を回った。打倒・大阪桐蔭への思いを語る指揮官たちの言葉は熱く、意欲的だった。

「たしかに戦力的には3枚も上で、とくに投手はえげつない。でも大会のなかで、5、6人の投手を使う難しさが出てくるのではないか」

「バットが変わって、一番影響が出るのは大阪桐蔭じゃないですかね。僅差のゲームが増えれば、いくらでも勝つチャンスが出てくる」

「例年の桐蔭の何が強いかと言えば、あの守備です。それが今年は、守りに隙を感じます。去年の神宮大会、今年のセンバツ、今年春の大阪大会で大阪学院大に負けた時も守りのミスからでしょ」

 近大付の藤本博国監督は「大阪で、本気で甲子園を狙っているチームなら、今年はチャンスがあると思っているはずです」と語っていたほどである。

 実際、大会序盤の大阪桐蔭には「どうにもならない」といった絶対的に強さを感じなかった。終わってみればワンサイドの結果でも、110キロ台のサイドハンド右腕や、超軟投派の左腕を攻めあぐね、フェンス際で失速してしまう打球もしばしば。たたみかける攻めも少なく、相手なりに戦うといった印象だった。

 5回戦の大商大堺戦でも試合中盤に追い上げを許し、近年力をつけてきた早稲田摂陵との準々決勝も7対3。試合直後、たまたま顔を合わせた大阪桐蔭の橋本翔太郎コーチに「(準決勝は)五分五分じゃないですか」と言ったが、本心では履正社優位と見ていた。

【履正社に引き出された大阪桐蔭の底力】

 試合は初回、履正社が得意の足を絡め2点を先制。昨年、24年ぶりに夏の大阪大会で大阪桐蔭との直接対決に勝利し、優勝した履正社が今年も連破するようなら勢力図も変わってしまうのか......そんな想像まで膨らんだが、すぐに10年以上も高校球界のトップを走り続けてきた王者の底力を見せつけ、結果は冒頭で記したとおりだ。

 それまで力のない凡フライや投球に合わせたようなスイングが目立っていたが、履正社との試合ではそれまでとは別人のバッティングを披露。低い弾道で、11安打中8本がセンターから逆方向。チームとしての強い意思が見えた。

 またこの日は、シートノックからの活気ある動きや、試合中のベンチから飛ぶ気持ちのこもった檄からも、一丸の姿勢がスタンドまでひしひしと伝わってきた。よく西谷浩一監督がゲームプランやチームづくりについて話すなかで、「束になって......」という言葉を使うが、まさにそれを体現したゲームだった。

 1時間40分で終了となった大一番を観戦しながら、昨年秋からこの夏の大阪大会序盤までのもの足りなく感じていたモノの正体に触れた気になっていた。そして履正社戦のあとの西谷監督のコメントに、つい頷いた。

「昨年敗れた悔しさ、2年連続で甲子園を逃せないという思い。そこで束になるというか......そういう空気を履正社さんに引き出してもらいました」

 2点を先制された直後の攻撃で、チームメイトの背中を力強く押したのが吉田翔輝のレフト前ヒットだった。5回戦で膝の故障から復帰し、この日1番に入った吉田はチーム一丸を勝因に挙げた。

「今日は正直『別のチームか⁉︎』ってくらいの感じがありました。2点取られてベンチに帰ってきて、『よっしゃ、逆転するぞ!』ってなった時の空気に、『あれっ、この感じ初めてかも』って思ったんです。やっとひとつになったというか、だから先頭で出たら絶対に盛り上がっていけると思ったんです。そのあとも一体感が続いて、ここまで感じたのはほんとに初めてで、今日はチームとしてすごく成長できたというのと、もうひとつ勝ち方がわかったというか......こういう空気になった時に、チームとしてこれだけの力が出ると。ある意味、履正社が教えてくれました」

 力を出し切れば、段違いの強さを秘めていることはわかった。ただ、この日の攻め、翌日の決勝での森の投球はたしかに「エグかった」が、攻撃陣は9安打を放ちながら3得点。履正社戦の迫力は感じられず、以前の状態に戻った感じすらあった。

 最大の山を乗り越えた次の一戦で、よくあるパターンではある。むしろ、その一戦を圧倒的な投手力で勝ち切ったことを称えるべきなのだろうか。とはいえ、まだ揺るぎない強さを確信するまでには至っていない。

 しかし、実力校が揃う甲子園で履正社戦のような一体感が再現され、さらなる力を発揮する期待は大いにある。

【エースと4番の復調はあるか?】

 この先、束になって戦うチームをイメージした時に欠くことができないのがエースと4番だ。

 決勝戦のあと、閉会式が終わるとベンチ裏で囲み取材が始まった。西谷監督や森に多くの記者が集まり、チームの主力である徳丸快晴、境亮陽、吉田、さらには主将の宮本真司郎たちが質問を受ける。

 そんななか、平嶋桂知とラマル・ギービン・ラタナヤケはそこから少し離れたところで、ほかの控えメンバーらと早々にユニフォームからTシャツに着替え始めていた。

 自分が活躍しなくても甲子園出場を決めたチームを、エースと4番はどんな気持ちで見ているのかと、あらためて大阪桐蔭で野球をすることの過酷さを見たような気がした。

 ラマルは3回戦の枚方なぎさ戦で2打数2三振。守っても一塁ファウルフライを落球するなど、攻守に精彩を欠き、4回戦(城東工科)からスタメン落ち。ちなみに、この試合の最後に代打で登場し、記録上はサヨナラヒットを放ったラマルだが、打球は二塁後方へのフライを相手野手が捕球し損ねたもので、気分が晴れる一打ではなかった。

 一方、平嶋もこの4回戦の最後に、森のあとを受けて今夏初登板。1イニングを無難に抑えたが、起用のされ方を含め、まだまだ本調子でないのは一目瞭然。

 この試合のあと、記者がばらけたところで西谷監督に声をかけると、苦笑いとともに「察してください」といった調子で、ひと言返ってきた。

「1番と4番がこの感じなんでしんどいです」

 つまり背番号1の平嶋と、4番を担っていたラマルの状態の悪さを嘆いていた。

 その後、ラマルは準々決勝で代打ホームランを放ち話題になったが、打席はそれが最後。準決勝、決勝の出番はなく、大阪大会の通算成績は4試合の出場で7打数2安打。勝負強い打席に、守りでも安定感のある内山彰梧が好調なだけに、出場機会を得るのは容易ではない。

 今年の大阪桐蔭打線は上位に左打者が並ぶため、右打者のラマルは左投手相手に結果を残し、どこまで出場機会を増やしていけるか。

 平嶋は4回戦でのリリーフ登板のあと、5回戦(大商大堺)戦で先発して5回途中降板。大阪大会は2試合(5回1/3)しか投げることなく、準々決勝以降は登板なし。普段は優しい笑顔が魅力の平嶋だが、険しい表情で巻き返しを口にした。

「チーム的にはうれしいですけど、自分的には全然喜びきれないです。ここから自分の状態を完璧にして、甲子園では全試合投げるくらいの気持ちでしっかりやっていきたいです」

 一方、晴れない気分を紛らわすように近くにいた選手たちと談笑していたラマルも表情を引き締め決意を語った。

「(大阪)大会の入りからうまくいかなくて。少しずつ状態は上がってきましたが、それを出すことなく終わった感じです。でも、甲子園で優勝することが一番の目標。取り返すチャンスをもらったので、甲子園では頑張ります」

 エースと4番がこの状態でも勝つところに、大阪桐蔭の強さと層の厚さを実感するが、このふたりが絡んでこないことには全国の頂点に立つイメージは湧かない。

 この夏、西谷監督がふたりに関わらず、選手を語るうえで何度も口にした言葉がある。

「もっとやれる子なんで」
「もっとやってもらわないと困ります」
「まだまだやってくれると思います」

 勝ち切る力は持っている。あとはチームが束になり、その力を出し切れるかどうかだ。波乱を期待する人たちと、強い大阪桐蔭を期待する人たちの相反する思いが渦巻くなか、100年目を迎えた甲子園球場に姿を現すのは、どちらの大阪桐蔭だろうか。

「高校野球2024年夏の甲子園」特設ページはこちら>>