パリ五輪で日本のフェンシング勢が躍動している。女子フルーレ団体が日本女子フェンシング初のメダル(銅メダル)を獲得すれば、翌日には男子エペ団体が銀メダルを獲得して2大会連続の表彰台に立った。 残る女子サーブル団体(8月3日)と男子フルーレ団…

 パリ五輪で日本のフェンシング勢が躍動している。女子フルーレ団体が日本女子フェンシング初のメダル(銅メダル)を獲得すれば、翌日には男子エペ団体が銀メダルを獲得して2大会連続の表彰台に立った。

 残る女子サーブル団体(8月3日)と男子フルーレ団体(8月4日)にも期待がかかるが、その見どころや注目点を、東京五輪の男子エペ団体で金メダルを獲得した宇山賢氏が語った。

(※)団体戦のルール・・・8チームによるトーナメント形式で行なわれ、試合は1チーム3人制(控え選手含めて4名)。5本先取の3分間を1試合とし、合計9試合、45本先取したチームの勝利となる(9試合目終了までに45本取れなければ、その時点でリードしているチームが勝利)。


個人戦ではメダルに届かなかった女子サーブルの江村。団体戦でリベンジを誓う

 photo by JMPA

【女子サーブル団体で江村も雪辱へ】

 女子サーブル団体は、開会式で日本選手団の旗手を務めた江村美咲選手と、高嶋理紗選手、福島史帆実選手、交代選手の尾崎世梨選手という布陣で臨みます。

 1番手はエースの江村選手。サーブル初の日本人メダリスト誕生が期待された個人戦は、悔しくも3回戦敗退となりました。サーブルでは先に「攻撃権」を取ることが大切なのですが、個人戦では相手に主導権を渡し、攻撃を受けるシーンが目立ちました。試合後には「自分の悪い癖が出た」とコメントして団体戦でのリベンジを誓っていましたが、不調の原因をきちんと修正し、戦う準備をしていると思います。パフォーマンスを出しきれなかった悔しさを、団体戦で晴らしてほしいです。

 2番手での登場が予想されるのは、江村選手と同学年で、さまざまな大会で競い合ってきた高嶋選手。小学校4年生の時に、トップアスリート育成を目指す福岡県の「タレント発掘事業」でフェンシングと出会い、そこからJOCエリートアカデミーで力を伸ばした選手です。相手の攻撃をフットワークでかわし、瞬時に距離を詰めて攻撃する「フレッシュ」を得意としているので目が離せません。

 続く3番手が予想される福島選手も、高嶋選手と同じく福岡県のタレント発掘事業によってフェンシングへの適正を見出された選手です。中学時代は陸上部に所属し、高校から本格的にフェンシングを始めました。東京五輪では交代選手でしたが、今大会では正規の団体メンバーとして選ばれ、個人戦にも出場。得意としている相手の剣をタッチして突くプレーで、ポイントを重ねていってくれるでしょう。

 交代選手として控える尾崎選手は法政大学に在籍しており、積極性が光る選手です。得点時には雄叫びを上げ、自らを鼓舞する姿からは勝利に対する貪欲さを感じます。攻撃的なフェンシングに磨きをかけてきた期待の若手です。

 今回のパリ五輪に挑む日本チームは、女子サーブル史上初めて自力で五輪の出場権を勝ち取ったチームです。個人戦ではメダルに届きませんでしたが、悔しい思いを団体戦にぶつけてほしいです。

【初戦から厳しい相手】

 初戦の準々決勝で対戦するハンガリーは世界ランキング2位の強豪で、ベスト4常連国です。これまではあまり対戦する機会がありませんでしたが、直近では2023年3月のW杯(ギリシャ・アテネ)で対戦し、35-45で敗れているため相性がいいとは言えません。

 そもそもサーブルは、ハンガリー騎兵隊の剣技が競技化したとされていて、個人でも各選手のランキングが高く、種目発祥の地ならではの技術の高さを誇ります。初戦にして難敵と相対することになりましたが、日本チームも"個の力"は着実に向上してきています。あとはチームとして、それぞれに与えられた使命を果たすことができれば、歴史的な勝利を手にできると信じています。

 ハンガリーを退けることができたら、準決勝ではウクライナとの対戦が予想されます。個人戦で銅メダリストを獲得したオリガ・ハルラン選手が控えていますが、彼女は昨年7月に世界選手権(ミラノ・イタリア)でベラルーシの選手に勝利したあと、握手を拒否して失格になったことも話題になりました。実力は確かで、プレー開始後の一瞬で「相手に主導権を握らせまい」と積極的なプレーをしてきますから、それにのまれないようにしたいですね。

 決勝では、巧みなフットワークが武器の韓国、もしくは世界ランキング1位のフランスと戦うことになるでしょう。ランキングどおりに開催国のフランスが勝ち上がってきた場合は、完全アウェーでの対戦を強いられることになります。サーブルはプレー開始時の一瞬が非常に重要なため、開催国の大声援にひるむことなく攻めてほしいです。

 日本はこの1年間でフランスとは2回対戦し、0勝2敗と苦戦しています。ただ、韓国人とフランス人のコーチと歩んだこの8年間で、選手たちはいろいろなものを吸収してきたはずなので、それを生かして戦い方を組み立てていけばチャンスはあるでしょう。

<団体戦で対戦の可能性がある国との近年の戦績>

2024年4月:W杯(プロブディフ・ブルガリア)フランス36-45●

2023年7月:世界選手権(ミラノ・イタリア)フランス37-45●

2023年3月:W杯(ギリシャ・アテネ)ハンガリー35-45●

2022年1月:W杯(プロブディフ・ブルガリア)ウクライナ45-28○

【世界1位として臨む男子フルーレ】

 世界ランキング1位の日本男子チームは、五輪初出場で個人4位に入った飯村一輝選手と、東京五輪も経験した主将の松山恭助選手と敷根崇裕選手、交代選手の永野雄大選手という布陣で臨みます。

 直近の大会では敷根選手が1番手を務めましたが、本番では松山選手が起用されるかもしれません。多彩な技が持ち味で、剣を外に広げて相手に触らせずに追い込んでいくプレーを得意としています。チーム唯一の左利きであり、冷静で落ち着きもあるキャプテンがチームをけん引します。

 敷根選手は2番手を担うことになると思います。東京五輪では個人4位。今年5月のW杯(香港)では銀メダルを獲得しました。元フェンシング選手の両親に早くから指導を受け、小学生時代に対戦して敗れた1学年上の松山選手を目標に、実力を磨きあげてきました。フェンシングでは剣先を相手に向けるのがスタンダードなのに対し、剣先を下げて戦う独自のスタイルにも注目です。

 それに続くのが、個人戦でニック・イトキン選手(米国)に敗れ、あと一歩のところで銅メダルを逃した飯村選手です。父の栄彦氏は太田雄貴さんのコーチとしても知られ、北京とロンドンで銀メダルを獲得した指導力には定評があります。太田さんと同じく速いアタックを得意としていて、個人戦で届かなかったメダル獲得へとチームを導いてくれるはずです。

 永野選手は東京五輪に続いて交代選手としての参加となりました。3年前は私もエペ団体の交代選手でしたから、同じ境遇だった私たちは「腐らずに頑張ろう」と励まし合ったことを覚えています。

 オーソドックスなスタイルで非常に攻守のバランスがよく、構えや動作を見ても基本に忠実にスタイルを作りあげてきたことがわかります。流れを変えるための交代選手としては、どんな相手にも対応できる力を持っていることが強みになります。

 飯村選手以外の3選手は、東京五輪の団体戦では4位でした。パリでは表彰台に立つ姿が見られることを期待しています。

【トーナメントの展望は?】

 個人戦ではメダルを逃しましたが、世界1位のチームはもちろんメダルの有力候補です。

 日本は初戦の準々決勝で、世界ランキング16位のカナダと対戦します。日本チームが総合的に優っていると見ていますが油断は禁物。団体戦は序盤の立ち上がり次第で大きく展開が動きます。しっかりと1点ずつ積み上げ、準決勝に駒を進めたいところです。

 準決勝では、フランス対中国の勝者と対戦することになります。フランスが優勢と予想していますが、中国が勝ってもおかしくありません。フランスは選手の能力だけでなく、開催国ならではの大歓声が生み出す力も驚異。対する中国もアジアのライバルとして互いの手の内を知り合うだけに、やりにくさはあるでしょう。いずれにしても難しい戦いになるでしょうが、乗り越えてほしいですね。

 決勝の相手はイタリアかアメリカになるでしょうが、私はイタリアが勝ち上がってくると予想しています。日本は昨年11月のW杯(イスタンブール・トルコ)の決勝でイタリアに敗れています。

 ショー的な要素がある剣さばきが特徴で、トマゾ・マリニ選手が個人戦で銀メダルを獲得したことも追い風になっています。ただ、飯村選手を破ったニック・イトキン選手を擁するアメリカも十分に強い相手なので、どちらと対戦することになったとしても集中力を切らさず、勝利をつなげてほしいです。

 パリ五輪のフェンシング団体戦も終盤に入りました。ここまで、日本フェンシングの強さを証明してくれた他種目の選手たちの力をもらいながら、夢、目標に向かって集大成を見せてくれることを期待します。「JAPAN FENCING TEAM」がどう戦いきるか。非常に楽しみです。

<団体戦で対戦の可能性がある国との近年の戦績>

2024年1月:W杯(パリ・フランス)フランス45-43○

2023年12月:W杯(常滑・日本)カナダ45-24○、フランス42-45●

2023年11月:W杯(イスタンブール・トルコ)カナダ45-27○、中国45-36○、イタリア41-45●

【プロフィール】
宇山賢(うやま•さとる)

1991年12月10日生まれ、香川県出身。元フェンシング選手。2021年の東京五輪に出場し、男子エペ団体において日本フェンシング史上初の金メダルを獲得。同年10月に現役を引退。2022年4月に株式会社Es.relierを設立。また、筑波大学大学院の人間総合科学学術院人間総合科学研究群 スポーツウエルネス学学位プログラム(博士前期課程)に在学中。スマートフェンシング協会理事。スポーツキャリアサポートコンソーシアム•アスリートキャリアコーディネーター認定者。