女子トライアスロンのパイオニア庭田清美さんインタビュー(後編) トライアスロンの日本代表として、シドニー、アテネ、北京と、3大会連続で五輪に出場した庭田清美さんは、現役引退後、さまざまなキャリアを経験したあと、2023年6月から、タクシー会…

女子トライアスロンのパイオニア
庭田清美さんインタビュー(後編)

 トライアスロンの日本代表として、シドニー、アテネ、北京と、3大会連続で五輪に出場した庭田清美さんは、現役引退後、さまざまなキャリアを経験したあと、2023年6月から、タクシー会社の株式会社ハロートーキョー(日本交通グループ)で、パートタイムの『GO クルー』としてドライバー業務をスタートさせた。



2023年6月からタクシーアプリ『GO』のドライバーとして働く庭田清美さん

 現在、それから丸1年がすぎたばかりだが、営業所内ではすでにマドンナ的存在になっているようだ。営業所で運行管理の補助をしている新田政史さんは、「庭田さんの運転はとても慎重で、気配り、心配りがあって、どういうルートがお客様にとってよかったのかとか、日々研さんされているところがあるので、この仕事が向いていると思います。仲間意識も高くて、クルーの皆さんと仲良く家族みたいになっているのは、庭田さんのおかげかなと思うくらいです。辞めてほしくない、貴重なすばらしい人です」と証言する。

 庭田さんは最初、タクシーアプリ『GO』専用のドライバーとして活動することを周囲には公表していなかった。オリンピアンがドライバーをすることに対して、世間体を気にしたからだという。

「セカンドキャリアとしては異色でしょうね。私が初めに心配したのは、ドライバー職がなんとなくいいイメージに結びつかないじゃないかということでした。メディアから昨年秋頃から声を掛けられて『(番組などに)出てもらいませんか?』と言われましたが、そのときはお断りしていました。友人にも『出ないほうがいい』と言われたし、JTU(日本トライアスロン連合)にも一切言っていなかったので......。

 でも、そんなイメージは変えていかないといけないし、実際にいまは変わりつつあります。タクシーは足の悪い方や病院に通う方などにとってはすごく大事な交通手段で、本当に必要な人にとっては、ないと困るわけです。昨今はタクシー不足が顕著になってきて、ライドシェアという動きも始まっていますが、『GO』が新しく取り組んでいるのも、ドライバー不足を解消するためでもあるわけで、この動きはけっして悪いことではありません。そう考えると、メディアで取り上げてもらうこともいいことだと思うようになりました。

 それでテレビに出演したのですが、『見たよ!』『びっくりした!』という反応が日本中からたくさんあって、すごい反響でしたね。いまはもう話題のネタにしていますけど(笑)」

【家では地図を見ながら道を覚える】

 庭田さんが所属している東京・門前仲町営業所の業務は、アプリからの注文(配車依頼)のみで、この業態の第1号の営業所だという。みんなが驚くことをしたり、新しく何かを始めたりすることが面白いという庭田さんにとっては、新たなチャレンジとして必然の選択だったのかもしれない。

「お客様をお乗せするので、心地よい運転を目指しています。ブレーキでスーッと止まるとか、走り出しをスムーズにするとか、早めの判断で安全に運転するとか......。自分はもともと同乗者に気を遣う運転をしていたので、それをさらに進化させた運転をするようにしています。

 最初のうちはしばらく緊張していましたね。道がわかるのか、配車依頼をしたお客様のところにたどり着けるのか、道順がイレギュラーな場合にどう対処するのか、駅のどこに迎えに行けばいいのか、怖くて怖くて......。それでも、人に聞きながら、家で地図を見ながら、道を覚えるようにしてやっています。地図を見るのは大好きですし、流れを止めないで上品に運転するのも好きですし、都内の道をだんだん覚えてきたのも楽しいです。覚えたことは全部、スマホにメモしているんですけど、きっと私、ちょっとオタクなんですよ(笑)」

「自分が経験して得た情報をしっかり記録して、ドライバー仲間に提供したい」と話す庭田さんは、もうすっかり一人前のプロドライバーのようで、頼もしい。

「私はスポーツだけで食べていくのが嫌なんです。スポーツ界にいたら、『オリンピアンの庭田さん』と言われるじゃないですか。でも、別にえらいわけでもなんでもないし、人間的には本当にしっかりしていないダメ人間で、ちょっと自慢できるとすれば、面白いところくらいですから(笑)。

 スポーツとは関係なくて、しかもオフィスワークは苦手だから、平日の空いている時間にメインのコーチ業とはまったく違う別の仕事をやらせてもらっているので、気分転換になる。何よりもサービス業はすごい勉強になりますよね。



メインはトライアスロンのコーチとして活動を続けている

 たまにお客様とお話をしていて、この事業に興味を持ってもらったら、『ドライバー仲間には俳優もスポーツ選手もいます』『私はトライアスロンをやっていて、オリンピックに3回行っています』なんて話をすると、『えーっ』と驚かれます。『楽しいな。オリンピアンの運転に乗せてもらって、今日はよかった』とか、言ってもらえます」

 現在、庭田さんの活動はメインのトライアスロンコーチが7割、『GOクルー』の仕事は3割という。業務時間は基本的に朝6時から昼12時までで、水木金の週3日ほど、ドライバーとして都内を走っているそうだ。受け付けた注文を1日10件程度こなす。車内での支払いのやり取りもないので、副業として始めたい人にとってはハードルが低く、取り組みやすい仕事だという。もちろんスケジュール調整は自分次第で、イベントが入ったり、コーチ業が忙しくなったりすれば、乗務日を削って対応することもできる。

「私は乗っている日数が少ないので、たぶん、10年くらい乗らないと上手にならないだろうなと思っています。道をすべて覚えて、お客様に乗ってもらって喜んでもらえるドライバーになりたいです。2種免許を持つドライバーとしてプロ意識を持っていないといけないし、おもてなしの心を持っていないとできない仕事です。だから、胸を張ってこの仕事をしていると発言していこうと思ってやっています。今後はマイクロバスや大型の免許を取りたいし、フォークリフトの免許も取りたいですね」

 若い頃は「夢がなかった」と話していた庭田さんは、充実した毎日を送るなかで、「フリーで活動しているいまが一番楽しいです!」と言う。その日焼けした笑顔が輝いていた。

■Profile
庭田清美(にわたきよみ)
1970年12月10日生まれ、茨城県牛久市出身。23歳の時に入社したフィットネスクラブで、会員に誘われてトライアスロンに出会う。94年に競技者として大会デビュー。97年にプロ宣言したあと、ワールドカップ蒲郡大会で日本人初の表彰台となる準優勝を飾った。トライアスロンが初めて競技種目となった2000年シドニー大会から五輪3大会連続出場を果たした。日本選手権では03年に初優勝し、05年、06年に連覇を果たす。16年に現役引退。第一線を退いたあとは、トライアスロンコーチをメインにしながら多彩なジャンルの仕事に従事。昨年6月からタクシーを呼べるアプリ『GO』のパートタイムのドライバーになった。