サッカー海外組「外国でプレーしてみたら驚いた」話 橋岡大樹(ルートン・タウン) 後編サッカーの「海外組」プレーヤーは、現地で体験する文化ギャップをどう乗り越えてプレーするのか。2021年にベルギーのシント=トロイデンVVへ渡り、現在はイング…

サッカー海外組「外国でプレーしてみたら驚いた」話 
橋岡大樹(ルートン・タウン) 後編

サッカーの「海外組」プレーヤーは、現地で体験する文化ギャップをどう乗り越えてプレーするのか。2021年にベルギーのシント=トロイデンVVへ渡り、現在はイングランドのルートン・タウンFCでプレーしている橋岡大樹に話を聞いた。後編はイングランドに来てから感じたことについて。

前編「橋岡大樹が欧州であくまで強気な態度で臨んでいる理由」>>

【動画】橋岡大樹インタビュー「プレミアリーグへの挑戦」↓↓↓

【簡単に謝りすぎないほうがいいよ】

 2024年1月、橋岡はイングランドに渡った。

 ベルギーリーグはもちろんレベルが高いが、イングランドのピッチで受けた最初の衝撃は強烈だった。



橋岡大樹は今年からイングランドのルートン・タウンでプレーしている photo by Getty Images

「ベルギーで本当にすばらしいと評価される選手が、もっとたくさんいる感じでした。フィジカル、テクニック、身長もそうですけど、すべてを備えている選手が多いんです。非常に難しい場所に来たな、という印象でした」

 現地に渡って2カ月経った4月3日の第31節アーセナル戦では、2度目の先発のチャンスを得たものの、後半に失点に絡んでしまう。「移籍してすぐの頃は、なんとかやりすごせていたのですが」という橋岡は、ピッチ外でもシント=トロイデンとはまた違った難しい状況にあった。かの地と同じように日本語を話せる選手がいない。ああだこうだと悩みを打ち明けられないから、ちょっとした孤独にも陥った。

 そこを改善していった要素は、やはりベルギーでの想いと同じものだった。

「再度の決意ですよ。本当に周囲を全く気にしないようにしました。ルートン・タウンは降格の危機にあって、不安な思いがある。たとえどんな状況になっても、自分のプレーに集中することが最も重要だと。ケンカしても構わないし、何を言われても構わない、自分のいいところを出して、思うようにプレーしようと。

 もともと練習中もあまりうまく英語で考えを表現できませんでしたが、言えることは言うように取り組んだりもして。繰り返しになりますが、ずっと彼らと一緒にいるわけではないのです。この考え方については、イングランドで半年間経験を積み、最後のほうになってようやく慣れてきました」

 周囲がなんだろうと、自分の考えを主張し、自分のよさを出す。

 この日本人プレーヤーのありようは、イングランドの地でもやはり、橋岡だけが感じていることではなかった。橋岡はある時、日本代表のチームメイト冨安健洋からこんなアドバイスを受ける。

「ピッチ上で簡単に謝りすぎないほうがいいよ」

 橋岡はこう解釈した。

「結局のところ『自分が悪い』というのを認めることになるので、謝るのはできるだけ避けています。ミスをしたあとに謝ったりすると、ミスの多い選手だと思われる可能性があるからです。冨安さんは「いかにミスをミスと見せないかも重要」と言っていました。多少パスがズレても平然とした顔で次のプレーをするなど、『あの選手はミスをしていない』と思わせることも時には大切だと」

【負けたあとも普段と変わらない】

 橋岡にはもう一つ、イングランドの選手たちの「自分は自分」という考え方を感じる時がある。

 試合に負けたあとの態度だ。

「文化的な違いを感じますね。イングランドの選手は負けたあとも普段と変わらないんですよ。スマホでゲームをしている選手もいるくらいで。悔しいと思っている選手は悔しがるし。チームメイトとはっきりとこのことについて話したことはないですが、僕が見るに『落ち込んで何になるの?』『うまくなるの?』『いつもどおり次に向けて切り替えたらいい』と考えているのだと思います。

 逆に日本の時は『悔しがる雰囲気を出さないといけない』という空気の下で、そういう態度を取っていたんだろうなと気づかされました」

 橋岡からこういった話を聞きつつ、こちらからも意見をぶつけてみた。

 筆者自身も2005-06年シーズンにヨーロッパでのプレー経験がある。ドイツ10部リーグでのものだ。残念ながら下手くそで、4試合だけレギュラーであとはメンバーから外された。

 仕方がないから、「ドイツ人・欧州人とは何か」という本を読み漁り、はちゃめちゃな自己主張の渦巻く現地の人間模様を観察していた。

 すると、ある答えにたどりついた。

 キリスト教文化圏か否か。これがサッカーのピッチ上のありようでも決定的な違いがあるのではないか。

 ドイツ中世史が専門の阿部謹也氏の名著に『「世間」とは何か』がある。そこにはこう書かれている。キリスト教ではすべてを超越した神と個人がつながっていると考える。だから個人の尊厳が強い。

 多神教と言われる日本や、儒教・仏教文化圏にはない、一神教の「神と個人の関係」がある。

 だから欧州の人間同士の関係性はドライで厳しい。多少言い合いがあってもお互い気にしないし、個人が思うことを貫くべきだと考えられている。

 橋岡は、筆者が口にした「神とつながっている」「だから他者を気にしない」というくだりで「ああ、確かにそうかも」と反応してきた。

 そして、自身の日本時代のある経験も話してくれた。

【意見を言う時に気を遣うか】

「確かに自分が浦和レッズユースの時には、周りを気にしすぎてうまくいかなかったんですよ。中3の時に高校のチームに飛び級で入れたのですが、最初は高3に兄がいたのでやりやすかった。でも兄の卒業後はあまり面識のない選手たちとプレーすることになって......気を遣いました。先輩たちはかわいがってくれたんですが、やっぱりその年代って年上は怖いものですよ。プレー中は緊張するし、ピッチ外でも練習の準備で気を遣うことがありましたし」

 それでも橋岡は、プレー中に先輩に意見することがあった。ただ、橋岡はこの点でも日本と欧州の違いを感じるのだという。

「日本だと『自分がやるべきことをやってから怖い先輩に意見しよう』と考えると思います。松木(玖生=FC東京)選手などはそういったことがうまい。でもヨーロッパでは『やってないヤツもガンガン言える』というところでしょうか。そういうなかで競争に勝って試合に出て、認められていくにはやっぱり自分を出していくしかないわけですよ」

 神とつながっているから、めちゃくちゃ自己肯定感が高い。その人たちが、自分の個性を発揮して、社会の利益(サッカーだと自チームの勝利)に関わってこようとする。これが今のところ「世界最強(歴代W杯の優勝国~4位の約97%がキリスト教国)」として、結果に表れているのではないか。

 もっとも、「キリスト教徒はそんなこと思ってないよ」という指摘もあるだろうが。

【ヨーロッパモードへの切り替え】

 では、橋岡大樹は"悪人"に変わってしまったのか。6月のシーズンオフの帰国時には郷里の浦和が「大好きだ」と言い、子どもたちとのサッカー教室を実施。笑顔で一緒にボールを追いかけるこの存在が。



橋岡大樹は6月のオフに浦和でサッカー教室を行なった photo by Yoshizaki Eijinho

「僕自身、性格が変わることはないと考えています。周囲の選手たちがどう思っているかはわかりませんが、そう簡単には変わりたくても変われないでしょう。

 ただ、あるのは切り替えです。ヨーロッパでのモードへの切り替え。軽く見られないようにするため、普段なら相手に言われて反論したくないような場面でも、とりあえず言い返さなければならないと考えます。そして、意図的に言い返すようにしています。相手にどう思われても構わないと自分に言い聞かせるんです」

 厳しく、厳格な欧州での日々。だからこそ橋岡は日本代表でのプレーを楽しみにしている。「常に周囲がレベルアップしてくる競争の場」としつつ、楽しみでもあるのだと。きっとそれまでは感じ取ることのできなかった、何気ない楽しみだ。

「日本代表でプレーする時は心が少しほっとするんです。言葉がちゃんと通じて、ひとつの冗談を心から共有し合って笑える。その言葉のコミュニケーションの部分が楽しいです」

 欧州での厳しい環境で培った強さと、日本選手としてのアイデンティティが融合する場所。チームメイトとの会話、戦術の理解、そして共通の目標に向かってチームとして一丸となる感覚もある。

 そうやって選手たちが癒やされている。だからこそ、日本代表の主軸たる欧州組たちのパフォーマンスに期待してもいい。橋岡の話を聞き、新たな日本代表のチーム像を見た思いもした。
(おわり)

橋岡大樹 
はしおか・だいき/1999年5月17日生まれ。埼玉県出身。浦和レッズのアカデミーで育ち、2018年にトップチームに昇格。DFで活躍しJ1で74試合出場4得点。2021年1月にベルギーのシント=トロイデンVVへ。4シーズンプレーしたのち、2024年1月にイングランドのルートン・タウンFCに移籍して活躍している。各年代の日本代表にも選ばれてきて2021年には東京五輪に出場。2019年以降A代表でもプレーしている。