カヌー・スラロームの第一人者である羽根田卓也。2016年リオデジャネイロ五輪でアジア人初のカヌー競技で銅メダルを獲得。2021年の東京五輪では惜しくも10位。そして、2023年10月29日、カヌー・スラロームのパリ五輪代表選考を兼ねて行われ…

カヌー・スラロームの第一人者である羽根田卓也。2016年リオデジャネイロ五輪でアジア人初のカヌー競技で銅メダルを獲得。2021年の東京五輪では惜しくも10位。そして、2023年10月29日、カヌー・スラロームのパリ五輪代表選考を兼ねて行われたアジア選手権、男子カナディアンシングル決勝で見事に優勝。5大会連続5度目の五輪出場を決め、27日に行なわれた予選を見事通過し、準決勝に挑む。


カヌー・スラロームセンターでインタビューに答える羽根田卓也

 photo by Kanta Matsubayashi

――今回のパリで、5大会連続の五輪出場です。まず、改めて東京五輪を振り返っていただけますか?

「東京五輪は自分にとって、本当に特別な五輪でしたね。招致活動で2013年7月に五輪開催地が東京に決まってから、毎日が東京五輪のニュースで五輪熱が高まっていました。我々競技者にとって『自国開催の五輪』に出場できることは、本当に特別なものなんです。

 そういう中で、新型コロナウイルスの影響を受けて延期になり、一年後の開催では無観客になりました。まさにこの競技会場(カヌー・スラロームセンター)です。東京開催が決まった2013年からずっと、お客さんに埋め尽くされ盛り上がる会場をイメージしていました。しかし実際は、僕のイメージした東京五輪の形とは違っていました。

 でも、自分なりに東京五輪にかけた想いをすべてぶつけることができたと思うので、そこに関してまったく悔いはありません。応援してくれた人たち、東京五輪を見てくれた人たちには、いい姿を見せることができたんじゃないかなと思います」

――コロナ禍で限られた練習環境の中、自宅の風呂場の浴槽でパドルを漕ぐトレーニング動画をSNSに公開されていました。浴室での自主練習を見たファンからも反響があったようですね。

「外出自粛要請で家から出ちゃいけないという中、『やるしかない』って感じだったので、自分なりに工夫しました。もちろん、筋トレとか自宅トレーニングはひと通りやっていましたけど、やっぱりカヌー競技は水を漕ぐものなので、少しでも感覚を忘れないようにと。もうちょっと広い浴槽があったらよかったんですけど(笑)」

――工夫次第でいろいろな練習ができるんですね。そして東京五輪が終わり、今回5度目となるパリ五輪ですが、出場を決意されたのはいつ頃ですか?

「東京五輪が7月に終わって、2021年いっぱいは自分の気持ちの整理に費やしました。そして、周りの方々とお話しする中でパリ五輪への挑戦を決めました」

――東京五輪が終わって10月にお会いした時は、とにかく年内は休みたいとおっしゃっていました。パリ五輪に向けて、どのようにモチベーションを高めていったのでしょうか?

「休みたいっていうのは、東京五輪で疲れ果てたからではなくて、少し自分の気持ちを整理する時間を作りたいっていうことだったんです。7月から年内いっぱい、自分の中で考えてみたり、いろんな人の意見を聞いてみたり、その意見一つひとつを整理していって、パリ五輪をどうするかを決めたところがあります。

 東京五輪までの五輪は、"自分の挑戦、自分にとっての五輪"でした。自分が五輪に挑戦して、自分がどういう結果を残すかという、"自分主体の五輪"だったんです。

 ですが今回のパリ五輪は、自分主体ではなくて、自分の周りにいる人たちの顔を思い浮かべながら目指すことで、モチベーションが高まり、それこそが意味を持ち価値があるなと思って決めました」

――羽根田選手は、ご自身の主催大会を開かれたり、カヌー体験会のイベントなどにも積極的に参加されています。海外転戦や練習で多忙な中、スケジュール管理が大変ではないですか?

「忙しい中でも大会やイベントに参加する意義は十分あります。参加してくれる方々や観に来てくれる方々、イベント開催に携わってくれる方たちの声や応援はすごくパワーになります。イベントは距離感の近さこそが醍醐味でもあります。

 僕も五輪を目指すきっかけのひとつに、"トップの選手たちと近くで触れ合えたこと"があります。子ども達に、必ずしも五輪を目指してほしいとは言わないですけど、自分との出会いが、子ども達にとって何かのきっかけになってくれたらいいなと思っています」

――羽根田選手は現在36歳、キャリアとしてはかなりの経験を積んでいますが、練習内容やトレーニング方法など気をつけていることはありますか?

「練習量は調整しています。体力回復が遅くなったという意識はないんですけど。これだけ長い年数やっていると、関節であったり靭帯であったり、消耗しているところは必ずあるので、そういったところにしわ寄せが来ないように、コーチとディスカッションをして練習量をコントロールするようにしています」

――羽根田選手のフォトエッセー『Voda 水の声』(報知新聞社)の中に、「若い時は大高慢(だいこうまん)であれ。それが自分を切り拓いてくれた」という言葉がありました。36歳となった今、ご自身の中で自分を後押ししてくれるようなものはありますか?

「そうですね......若い頃の"大高慢"というのは自分主体。自分のやりたいことに対してすごく貪欲で周りを見ないからこそ、(カヌーの強豪国である)スロバキアにも行ったし、いろんなことにもチャレンジできました。競技年数、そして歳を重ねていくごとに、ひとつずつ視野が開けていったし、それ自体はいいことだと思います。

 だからこそパリ五輪では"自分だけの五輪ではなくて、いろんな人たちの声を聞いて、想いを感じて挑戦する"という、自分にとっては新しい形をすごく考えています」



Photo by Kanta Matsubayashi

後編を読む>>パリオリンピックカヌー日本代表・羽根田卓也が競技を通して学んだ「迷うことの無意味さ」

■Profile
羽根田卓也(はねだ たくや)
1987年7月17日生まれ、愛知県豊田市出身。ミキハウス所属。愛称はハネタク。7歳で器械体操を始め、9歳で元カヌー選手だった父と兄の影響でカヌーを始める。中学、高校でもカヌーを続け高校卒業後18歳でカヌーの強豪国スロバキアに単身渡り現地の大学に通いながら鍛錬を積んだ。五輪初出場は2008年北京五輪。2012年ロンドン五輪は7位入賞。2016年のリオデジャネイロ五輪ではカヌー競技でアジア初となる銅メダルを獲得。2020年東京五輪(2021年開催)は10位と悔しい結果に終わった。しかし、5度目の挑戦を決意し、2023年10月29日アジア選手権男子カナディアンシングル決勝で優勝しパリ五輪出場権を獲得。5大会連続5度目の五輪出場決めた。