7月27日、パリ南アリーナ。卓球混合ダブルス1回戦、満員に膨れ上がった会場は混沌としていた。 昨年の世界王者で、パリ五輪でも金メダル最有力候補の中国、王楚欽・孫穎莎のペアに、実力差のありすぎるエジプトのペアが食い下がっていたからだろう。フ…
7月27日、パリ南アリーナ。卓球混合ダブルス1回戦、満員に膨れ上がった会場は混沌としていた。
昨年の世界王者で、パリ五輪でも金メダル最有力候補の中国、王楚欽・孫穎莎のペアに、実力差のありすぎるエジプトのペアが食い下がっていたからだろう。フランスの観客も判官贔屓といったところか。中国語の「加油」(頑張れ)と対抗するような声援がこだまする。歓声と足踏みでプレハブのスタンドが揺れていた。
同会場にある4つのテーブルでは、ほかにも試合が続いていたが、最後まで試合を続けたのが張本智和・早田ひなのペアだ。
ふたりは最近の国際大会で4大会連続優勝を飾っていた。中国ペアと雌雄を決すると予想され、順調にいけば決勝で対戦予定だった。「メダルは確定」という声も出ていたほどだった。
結果から言うと、張本・早田のペアは、北朝鮮のリ・ジョンシク、キム・グムヨンという無印のペアに1-4で敗れ去っている。
北朝鮮戦に敗れ厳しい表情の張本智和・早田ひなのペア photo by JMPA
呆然とするような敗退劇だった。
張本・早田のペアは世界ランキング2位。それぞれが実力者であるだけでなく、息も合っていた。強打やカウンターなど、それぞれの力を生かし合える理想的ペアだった。2021年東京五輪で、水谷隼と伊藤美誠のペアが獲得した金メダルの歴史を積み重ねられるはずだった。
ところが、第1ゲームから異変が起こった。開始からなんと0-6とリードを許す。ここまでの劣勢は予想できず、少なからず混乱もあった。
「五輪の魔物」
それが棲んでいるとしても、その奇妙さは説明がつかない。
「特に緊張やプレッシャーを感じず、いつもどおり試合に入ることはできました。ただ、情報量が少ないぶん、自分自身がちょっと迷ってしまったことはあったかもしれません。相手の男子選手に打たれたボールを、自分が反撃やブロックができなかったので、そこで押され続けてしまったかなと」
早田の言葉だ。
世界予選の映像はあったが、資料が乏しい相手だった。言い換えれば、情報戦で劣る形(相手は世界トップの張本・早田を十分に研究できる)で戦いに挑んでいた。
【「あれをされたらしょうがない」】
それでも、「まさか」の展開だった。カウンターを決められ、バックハンドが外れ、スマッシュがネットにかかる。得点も相手のミスによるものが多く、自分たちの形で決められず、流れを引き寄せられない。第2ゲームは11-7で取り返したが、第3ゲームを4-11で落とした。
張本は実感を込めて語っている。
「有観客(での五輪)は初めてだったので、会場の盛り上がりはすごかったですけど、そこの影響はなかったと思います。今日は、特に(北朝鮮の)男子選手のプレーがよすぎました。あのプレーはミックスだけで言えばトップテンに入る想像以上のプレーで。悔しいですけど、あれをされたらしょうがないかなって思います。五輪予選も映像で見ましたが、こんないいプレーをしていなかったんですけど......」
想定とのズレがあったのだろう。それを埋められないまま、"奇襲"に成功した相手の勢いの力に押された。押されることによって張本と早田は勢いを失い、ペースを掴めなかった。第4ゲームはデュースから13-15で落とし、第5ゲームも10-12で敗れた。
「大事にいきすぎて消極的になりました。相手のほうが、思いきりがよかったと思います」
田勢邦史監督は、試合をそう振り返っている。
「第1ゲームは、北朝鮮の男子選手にプレッシャーをかけられて、大きく仕掛けられませんでした。0-6とリードされ、うまくいかず......。ただ、アンラッキーなところもあったので、第2ゲームを確実に取って、さて、どう戦うかというところでした。そう考えると、第1ゲームであっさりと負けず、もう少し競っていたら情報が入っていたはずで。お互い様ですが、初めてやる相手は怖いですね」
五輪という舞台装置は、少なからず影響していただろう。現場に立って感じられることだが、国の威信を背負った切実さは半端ではない。相手の足元をすくってやろうと、死に物狂いなのだ。
たとえ選手本人が平常心でも、相手に冷静さと執着で最大限の力を使われたら、天秤は簡単に一方へ傾く。
早田は、前髪を揺らしながら言った。
「男子選手の威力が思った以上にすごかったので、そこで攻めても倍で返されたり、張本選手のボールを男子にも女子にもカウンターされてしまったり、"北朝鮮の選手の精度はすごいな"と感じました。オリンピックだから負けたというよりも、普通に試合しても負けていたんじゃないかな、と。そこは自分たちが戦術を変えられなかったのが敗因だと思います。どの選手もオリンピックのために仕上げてきているので、そこを越えられなかった悔しさはありますね」
一方、張本は簡潔にこう語った。
「(敗因の)一番は、4ゲーム目を取りきれなかったことにあると思います。1-4で負けたからと言って、すべてが悪いわけではありません。もし4ゲームのデュースの展開で、1点を取りきって逆転できていたら、相手も焦りが出たはずで......」
勝機はあった。彼が言うように、それだけの気運は会場に漂っていた。第4ゲームを取って心理的にイーブンになったら、実力差を出せていたはずだ。だが......風は吹かなかった。それも五輪という舞台装置の気まぐれか。
「ふたりにはミックスをやってわかった雰囲気を生かし、それぞれシングル、団体で爆発してほしいです。悔しい思いを胸に」
田勢監督はそう励ましの言葉を送った。張本・早田のパリオリンピックはまだまだ続くのだ。