橋本大輝を指導神田眞司コーチインタビュー(第2回) パリ五輪体操日本代表の橋本大輝と谷川航を高校時代に指導した船橋市立船橋(市船)高校体操部の元総監督で現技能講師の神田眞司コーチ(65歳)。現在、高校教師を定年退職した神田コーチは、橋本と谷…

橋本大輝を指導
神田眞司コーチインタビュー(第2回)

 パリ五輪体操日本代表の橋本大輝と谷川航を高校時代に指導した船橋市立船橋(市船)高校体操部の元総監督で現技能講師の神田眞司コーチ(65歳)。現在、高校教師を定年退職した神田コーチは、橋本と谷川が所属するセントラルスポーツのアドバイザーコーチとして、2度目の五輪出場を控える両選手にアドバイスを送っている。

 幼少時代に地元の体操教室などに通ってきた選手が、10代の最も成長する時期にどんな指導を受けるかは、その将来に関わってくる。そんななかで神田コーチはこれまで多くの優秀な体操選手を育てて、日本代表を輩出してきた。



橋本大輝、谷川航をはじめ多くの体操選手を育ててきた神田眞司コーチ

 自身の現役時代は決して恵まれた環境のなかで体操に打ち込めなかったと振り返る神田コーチがどんな哲学を持って教え子たちを指導しているのか。原石を磨いてどう輝かせてきたのか。

「人生哲学を語れるわけではないし、教え子をとりこにする指導者ではないですから、あまり答えらえることはないですよ(笑)。そんなに持ち上げてもらっても困ります。

 ただ、ひとつあるとしたら、縁があって関わった選手が、体操を嫌いにならないようには指導しています。好きでやっている体操ですから、その気持ちを失わせたくない。結果を残すためにはそれだけじゃないですけど、そんなに苦しい思いをしてまで乗りきって結果を求める、という感じもないです。当然、きれいごとではないこともあるし、やらなければいけないことはいくつかあるけれども、修羅場とか修行とか、人格を高めないとできないとか、そんなすごいものではないだろうと思っています。もっとあっさりしていて、楽しんで体操をやればいいと思いますね。

 よくスポーツは人間教育だと言われますが、それはおかしいという気持ちがあります。それはこれとは別個。スポーツはそれ自体を楽しむもので、それに付属して人間的なものがついてくるのであって、人間教育が目的だったら、違うことをやればいいんですよ。スポーツをやるのではなくてお寺に行けばいい。極論ですが、人間性を高めたいなら、スポーツの指導者ではなく、違う人にやってもらえばいいと思います。

 もちろん、人間性を高めることは大切ですけど、スポーツでそれを目的にするのはどうか、疑問です。その意味で日本はまだまだ後進国と言えます。部活動でも、関わった選手たちが人間的に成長することを期待していますが」

【「怒られてきた子は弱い」】

 神田コーチにとって体操で重要なのは、面白いか、面白くないか。好きかどうか。だから教え子たちにも無理やりやらせるのではなく、違う目標を持つ選手個々がやりたいように打ち込める環境を作っているという。だから指導する際も、自分の体操を教え子に押し付けることはしない。

「私に教わらないほうがもっと強くなるかもしれない、ということもあるわけです。ほかの人に教えてもらえばもっと強くなったかもしれないと、常に思ってやっていますよ。橋本も違う人に教わっていたら、もっと強くなっているかもしれないと思ってやっています。アドバイスをするのに迷うことがあります。言おうか、言うまいか。もしかしたら、言わないほうが、この子は自然に私が知らないアプローチの仕方をしてやれるかもしれない、と。言い方でも、迷いながら言ったりするときもあります。

 ただ、『この動き方だけは絶対ダメだぞ』と、いくつかのことについてはしっかりと伝えるようにしています。原則は、言おうかどうしようか迷ったら、とりあえず言う。迷って言わないと、いいことはないですから(苦笑)。でも、毎日(練習を)見ていないときは、さらに迷いますよ。だから、適当にやるしかないんですよ(笑)。自分のポリシーを押しつけてはダメなんですよ。選手はみんな、それぞれ違うんですからね」

 体操が好きで取り組んでいる選手をどう導いていくか。神田コーチが選手を育てるにあたって必ずやっていることを教えてもらった。

「最近は横着しちゃっていますが、以前は親に『どうやって育てましたか?』とよく聞いていました。練習を見ていると、"この子はよく怒られながら育ってきたのかな"とか感じることがある。親に怒られてきた子は心が弱いんです。一番気にしたのは、親に『小中学校の試合で失敗した時にどうしていましたか?』『お母さんは文句を言ったでしょう?』と聞くと、結構、当たります。怒られてきた子は弱い。そこを(高校に入った時に)もう一度リセットしないといけない。(それまでは)お母さんに怒られないようにやってきたので」

【橋本大輝は高校生のように練習していた】

 だから市船では、(結果が)よくても悪くても、言わないようにしないといけない。何のために練習するのか。試合で結果を出すためにやっているのに、先生に怒られないために練習をやっている感じになっていてはダメだからです。本当に勝負強くなるのは、『なぜ失敗したの?』と聞かれない子です。誰も失敗しようと思ってやっていないんですから。一生懸命やっているのに、追い込んじゃダメです。試合で失敗したときには、怒るのではなくて、その原因が何かを客観的に伝えて、絶対に感情的になって言わないことです。

 僕の指導モットーでは、そこを一番意識しているのかな。練習のなかで気を抜いた失敗があれば、その時は怒りますけど、心を込めてやって失敗しているときは、客観的な原因を指摘します。流すところは流しますしね。"試合は練習のとおり、練習は試合のとおり"とよく言われますけど、そんなことはない。試合は特別だから、我々が言う『試合筋(しあいきん)』が出る。だからそんなに失敗は気にしなくていいよと、言っています。とにかく、指導者の自己満足でやらせないことです。冷静に見て、指導していくことが大事です」

 もうひとつ、神田コーチが強調したのは、チャレンジすることの重要性だった。思えば橋本は現在もチャンレンジを続けている。

「ケガの危険があるので、試合ではふだんできないことはやってはいけないと言っていますが、でも、ひとつもチャレンジしないのは寂しいから、1種目にひとつくらいはあっていい。特にジュニア期はそうです。大学生になると技を習得するエネルギーがなくなってしまうので、そのバランスが難しいです。かといって、技ばかりやるとまとまらない演技になってしまうので、技と演技を両立できないといけないですし、どっちもやらないと上には行けないですからね。

 最悪なのは、"失敗しなければいいや"という体操になってしまうことです。失敗しないことは大事なんですけど、体操には非日常的な競技性があり、それとは正反対の美しさも兼ね備えてあり、ジュニア期で大切なのは、このふたつをちょっとずつ妥協しながら、失敗しない演技を作り上げていくことなんです。全部を完璧にしようとするとリスクを背負いますから。正しくやって失敗しない体操、しっかりした技をやってなおかつ美しさもある体操。そう促していく感じです。そんなに難しいことではないんですけど、高校の時には結果を出さないと自信もつかないですけどね。

 それを踏まえてエピソードをひとつお伝えすると、橋本が跳馬のロペスを習得した時の仕上げ方は立派でした。毎日の練習で10本以上跳んでいましたから。この選手はすごいなと思って見ていました。今年のパリ五輪選考会だった全日本選手権前は、やっぱり練習をしっかりやっていました。大会に出発する前日にも、6種目を通して、その上で鉄棒を1時間くらい、納得いくまで高校生のように練習していました。別に失敗してないんですよ。でも、タイミングがもうひとつ合わないとか、器具が合わないとか、『気持ちよくないんです』ということで、納得いくまでやり続ける。そして最後に気持ちいい演技を通したことで、全日本選手権本番でピッタリやってきた。すごい選手です」
(つづく)

■Profile
神田眞司(かんだしんじ)
1959年2月1日生まれ、千葉県出身。中学1年で体操を始め、習志野市立習志野高校、順天堂大学、同大学大学院を経て、1989年4月から母校・習志野高校の教諭になり、教師生活と同時に体操指導者としての活動もスタート。2006年4月から船橋市立船橋高校の教諭として同校体操部を指導し始め、今年で指導歴36年目を迎える。定年退職後、5年間の再任用教諭も24年3月で終了。現在は市船の技能講師とセントラルスポーツのアドバイザーコーチとして教え子たちを指導する毎日を送っている。23年に3度目となる日本体操協会の優秀指導者賞を受賞している。