7月25日、パリ。バレーボール試合会場の「サウス・パリ・アリーナ」からトラムで15分ほどの場所にある練習場「Salle Pierre Charpy」で、彼らは汗を流していた。会場の外は涼しく、静かだったが、コート上は選手の歓声やボールを叩…

 7月25日、パリ。バレーボール試合会場の「サウス・パリ・アリーナ」からトラムで15分ほどの場所にある練習場「Salle Pierre Charpy」で、彼らは汗を流していた。会場の外は涼しく、静かだったが、コート上は選手の歓声やボールを叩く音で熱を帯びていた。

「っしゃー!」

 サーブレシーブ練習、ワールドクラスのオポジットである西田有志が、動物的な跳躍から左腕を振って一撃を見舞う。ひとりだけ赤いアームバンドをつけ、火の玉をぶっ放すような激しさだった。レシーバーはボールを上げきれない。



24日にパリ五輪のバレーボール会場で初練習をした西田有志 photo by Kyodo news

「コンディションはいいですね。これだけ準備してきたし、やってきてよかったなって感じで。やっていることは変わらず、(五輪前にも)試合があってコンディションが左右されるのはありますが、そこはリカバリーとかも含めて準備してきたので」

 西田は言う。淡々とした口調だが、積み上げてきた自信が滲む。体の動きのよさがメンタルを好転させるのか、あるいはその逆か。闘争心がゆらゆらと立ち昇っていた。

 その強者の風体は、先日も世界1位のポーランドを撃破した"史上最強"日本男子バレーボールの今を象徴しているのかもしれない。

「(パリ五輪開幕のドイツ戦は)厳しい戦いになるとは思うんですが、全員が同じ方向を向いて一緒に戦っていければ......勝ちきれる準備はしてきました」

 西田はそう集約した。
 
 西田のスパイクサーブは迫力満点だが、それをレシーブできる選手がいることが日本の強さと言えるだろう。

 冒頭のサーブレシーブ練習では、世界最高のリベロのひとりである山本智大は、低い重心で西田のサーブを完璧に上げていた。瞬間、小さな拳を作る。そして西田に向かって吠えた。

 世界屈指の選手同士がやり合うことに、至高の切磋琢磨がある。

 たとえば山本と並んでディグで存在感を放つ髙橋藍も、西田のサーブをAパス(セッターが動かなくてもトスが上げられる場所への正確なレセプション)で上げ、チームメイトをどよめかせる。一方、西田は次のサーブで上回ろうと虎視眈々だった。しかし髙橋がコートチェンジで対決できず、子どものように残念そうな表情を浮かべた。

【「全員が活躍するチームでありたい」】

 サポートメンバーとして帯同している小川智大は、山本に匹敵するリベロで、高いレベルのディグを見せていた。西田はその堅守を圧巻のサーブで崩すと、ネットに近づいて"どうだ"と言わんばかりに上半身を揺らした。やりきった西田が流れでベンチに座ろうとすると、小川が"もう一度打ってこないのか?"と挑発するのだった。

 西田とその周辺は「表情」が豊かで、色が出やすい。健全な競争の図式が表に出る。チーム内に世界標準があることで、52年ぶりの金メダルも不可能でないところまで辿り着いたのだろう。

 西田は日本の強さの理由を「誰が出ても戦えるから」と力説していた。

「自分としても、選手としてのレベルを上げられているとは思うので。ここでそれを証明するためにもプレーしたいです。でも、全員が活躍する、というチームでありたいですね」

 西田は言う。チーム内での競争力を、そのまま敵にぶつける。

「ドイツはオリンピック予選でも、(本大会出場を)自力で勝ち取っているし、それだけ力のあるチームですね。福岡(のネーションズリーグ)で対戦した時も、それは感じました。今回は(主力となる)出てなかった選手が出て、トスの配分がどうなるか、データを見てひとりひとりが準備しながら......。でも一番は、相手よりも自分たちがどういうプレーをするか。そこで最高のパフォーマンスを見せられるように準備したいです」

 ドイツ戦の注目のひとつは、世界トップレベルのオポジット、ギョルギ・グロゼルとの勝負になるだろう。

「(一番注意すべきは)グロゼル選手だと思うんですけど、その前にクイックを多用してくるはずなので、それをどう捌いて、ディグを何本あげられるか、になるかもしれません。レフトサイドのディフェンスをどこまでできるか。それに向けて準備しますが......。まあ、チームが勝てばいいですし、ひとりで戦っているわけじゃないんで」

 仲間を信頼しているのだろう。その温度は、他の選手も同じように感じられる。西田のスパイクを止めることができたら、グロゼルのスパイクも恐れることはない、という感覚こそ、今の日本の強さだ。

 西田から放たれる言葉は、とにかく前向きだった。

「会場が独特? いろんな国の照明でプレーしてきたので、問題ないです」
 
 1本のサーブを切り取っても、打つたびに研ぎ澄まされていく。それは相手に適応し、凌駕する構造そのものだろう。たとえ1本、2本拾われても、最後には勝つ、と言いきれる強靭さだ。

 7月27日、現地時間午前9時(日本時間午後4時)。ドイツ戦で、パリ五輪の戦いは幕を開ける。

「(ドイツ戦が翌日早朝の試合のため)開会式に出られない? いや、試合をしに来ているんで」

 西田はそう言って、対決を待っていた。口の端に静かな熱が漂う。新しい時代の息吹だ。