ヤクルトの大西広樹が、充実のままシーズン前半戦を終えた。中継ぎとして、ビハインド、同点、リード、火消し、回またぎなど、さまざまな局面で37試合に登板し5勝1敗1セーブ13ホールド、防御率0.93。ブルペンでの序列も上がっていき、7月20日…

 ヤクルトの大西広樹が、充実のままシーズン前半戦を終えた。中継ぎとして、ビハインド、同点、リード、火消し、回またぎなど、さまざまな局面で37試合に登板し5勝1敗1セーブ13ホールド、防御率0.93。ブルペンでの序列も上がっていき、7月20日のDeNA戦ではプロ5年目で初セーブを記録し、オールスターにも監督推薦で初選出された。

 大西は「毎年、その1年の終わりに数値を見て反省をして、新しいことに挑戦しようとやってきました」と話す。その大西の筋道を立てた努力と研究の積み重ねを知れば、今シーズンのここまでの結果に何の不思議もないのだった。



前半戦、防御率0.93と圧巻の成績を残したヤクルト・大西広樹

【ウエイトトレーニングで球速アップ】

 大西は2019年ドラフト4位で大商大から入団。1年目は一軍で5試合に登板。真っすぐの最速は148キロだった。

「2年目の春のキャンプでは140キロくらいで、球速を上げないと『これじゃ全然ダメだな』と思って。そういったなかで、チームメイトだった歳内宏明さんと話をした時に、上半身のウエイトをしたらいいんじゃないかと。自分には上半身のウエイトはしないという固定観念があったのですが、やることのメリットとデメリットをきちんと聞いて試してみたんです」

 効果はすぐに出た。

「一軍に上がる前には150キロを超えて......自分は最速148キロで入団しているので、こんなにすぐに結果が出るんだと。そういう成功体験があったからこそ、上半身の大事さを理解できた。シーズン中は上半身のウエイトはしないですけど、プライオボールやチューブなどで練習すれば体的には変わらない。ウエイトはオフにしっかりやって、それをこれからも継続していけたらと思っています」

 昨年は自己最速となる154キロを計測。150キロ台のボールの割合も、確実に増えている。

 石井弘寿投手コーチは言う。

「大西は成長の仕方が、1年1年すごいですよね。3年目に伊藤(智仁)コーチや古田(敦也)さんから助言をうけて、シュートピッチャーになったことで自分のスタイルを確立できたんじゃないでしょうか。シュートは結果が出るボールで、ゲッツーもあるのでいいリズムで投げられる。それが彼の持ち味だし、ゲームの流れを引き寄せることができるので、勝ちもつきますよね。去年まではゲームの入りで硬くなるところがありましたが、今年は勝ちゲームでもイニングの初球から自分のボールをしっかり投げられている。精神的なところでも落ち着いてきたのかな。今ではブルペンに欠かせない頼もしい存在になってくれました」

 5月19日の阪神戦、チームの勝利はならなかったが、大西にとって象徴的な登板となった。大西は2点リードされた無死満塁の場面から火消しで登場。中野拓夢への初球を148キロのシュートで投手ゴロ併殺打。つづく森下翔太も打ち取り4球で大ピンチを脱出。そして、この日は3イニングの回またぎとなったが、28球無失点で切り抜けたのである。

【許した長打は2本のみ】

 大西は「シュートはしっかりと投げられる確信がもてました」と、大きな武器を手に入れたが、代償もあったという。左打者に対しての被打率の高さがそうだ。

「2年目に一軍で33試合投げた時はツーシームを投げていて、左打者には下にこういう垂れ球だったので、引っかけての二塁ゴロが多く被打率は悪くなかったんです。それがシュートになると、レフト前に流されてもっていかれてしまう。でも、シュートへの意識づけはしたかったので、絶対に投げないといけない状況だったこともあります」

 4年目にはシュートを生かすためのカットボール、スライダーに取り組んだ。そして「投げることで、シュートに奥行きができたらいいな」と、昨年オフは「抜け球というか、自分で勝手に名前をつけたんですけど、チェンジアップ気味のシンカー」を覚えた。結果、今年の対左打者の被打率は、昨年の.286から.234と大きく改善。

「ゴロが増えましたし、シュートにバッターがさされている感じがあるので、投げてよかったです。ただ右打者に対しても、インコースのシュートだけじゃ詰まってポテンヒットもあります。自分はゴロピッチャーだと思っていますが、やっぱり狙っていても打てない球を目標にしたい。そう考えると、大谷翔平さん(ドジャース)のスイーパーですね。ショートアームにして投げてみたところ、投げられるんじゃないかと。そういうことで、投げ方もいろいろ変わってきました」

 ボールへの指のかけ方も、昨年オフに変えた。これまでの人差し指重視から中指にもしっかりかけて、両指で強く叩く練習に取り組んだ。その経緯について、大西が語る。

「大学時代はカットボールが得意で、その球を投げるには最後に人差し指でボールを押してちょっと変化させるのですが、その癖がついたというか......真っすぐを投げると、"真っスラ"気味に変化していたんです」

 真っスラとは、打者の手元で小さく鋭く曲がる真っすぐとスライダーの中間的なボールだ。

「シュートを投げ始めてから、ストレートが真っスラしなくなってしまったんです。しかも指のかかりが悪く、もともとリリースの位置が高いほうだったので捕手までの距離が遠く、ベース上で球が弱くなる。なので、ボールをもっと前で離して、ベース上でも強いボールを目指したときに両指をかけたほうがいいと思って、オフに取り組みました。4月、5月はあまりしっくりきていなかったのですが、6月に入ってからその成果というか、ボールが強くなった感じがあります」

 大西のこうした話を聞いたあとで、今シーズンのここまでの数字を切り取ると、じつに興味深い。38.2イニングを投げ、被安打35とほぼ1イニングに1本のヒットを許しているが、四球は7個と少なく、許した長打は本塁打と二塁打の2本のみ。

「ゴロ率を上げようとすればするほど、ヒットは増えちゃったりするんですけど、ゴロで抜ける打球についてはOKと思っています。ただ、ホームランは何か原因がある。そういうのを調べて、こういうボールでいったらダメだなとか、そういう感じでやっています」

【中日のマルティネスに聞きたいこと】

 前出の石井コーチは、大西の野球に向き合う姿勢についてこう話した。

「大西はあの体格(175センチ・92キロ)だし、ぶっきらぼうに見えるんですけど、実際は木澤(尚文)と並んで勉強熱心ですよね。ボールの数値を見ながら『ここが弱いから、次はここを頑張ろう』と課題を持ってやっています」

 大西は言う。

「悪いところをその日のうちに修正できるのが、今の時代だと思っています。球場ではホークアイだったりトラックマンだったり、投げたボールの数値が出ます。自分は数字にはあまり詳しくないので、悪かった時はアナリストの方やトモさん(伊藤智仁コーチ)に聞いて、何が原因だったのか教えてもらっています」

 そして「やっぱり感覚だけじゃ何が悪いのかはわからないので......」と言って続けた。

「数字で出してもらったほうが、吹っ切れてやれるというか。状態が悪い時はここの数値がこうで、こうだから体が突っ込んでいるとか......そういうので出力が変わってくるので、いいポイントで毎日できるように数字を出してもらっています」

 大西の野球に向き合う姿勢は、若い選手たちにもいい影響を与えている。二軍の松岡健一投手コーチは、ある日の戸田球場でこんな話をしてくれた。

「大西はいま流行っているトレーニング方法などを取り入れ、その経験を選手たちに伝えてくれているみたいです。この前も金久保(優斗)が一軍に昇格したときに教わって、また二軍に戻ってきたんですけど、練習に取り組む姿勢が変わっていたんですよ。やっぱりコーチが言うよりも、同じ選手の言葉のほうが響くことがあります。ありがたいですし、感謝しています」

 初めて選出されたオールスターについて聞くと、「まだ実感はないです」と笑った。

「当日はすごいピッチャーが何人もいるので、ちょっとでも会話できたらと思います。なかでも、中日の(ライデル)マルティネス投手には、あのフォークをどういう感覚で投げているのかを聞いてみたいです。ただ指を開けて投げるだけじゃ投げられないボールだと思うので」

 夢の球宴が終われば、すぐに後半戦がスタートする。

「自分は目標を持たないほうが伸びると思っているので、数字やポジションへの意識はなく、今はまだ一軍でフルシーズン戦ったことがないので、そこを目指しています。新しい挑戦は、今年も来年も再来年も続けたいと思っていて、挑戦することを増やしていけば、まだまだ上に行けるんじゃないかと。そういう感じです(笑)」

 大西のピッチングは、チームの巻き返しに不可欠だ。