穏やかな目つきと、184センチ、122キロの筋骨隆々のいかついボディとのギャップが印象的な韓国出身の具智元(グ・ジウォン)は、日本ラグビー界のホープのひとりである。先月20日に23歳になったばかり。昨季からサンウルブズに入り、国際リー…

 穏やかな目つきと、184センチ、122キロの筋骨隆々のいかついボディとのギャップが印象的な韓国出身の具智元(グ・ジウォン)は、日本ラグビー界のホープのひとりである。先月20日に23歳になったばかり。昨季からサンウルブズに入り、国際リーグのスーパーラグビーに挑んでいた。目下、韓国人唯一のスーパーラグビープレーヤーである。

 背負っているのは、ラグビーが盛んな日本で高みを目指してほしいという家族の思い。目指すのは、2019年のワールドカップ(W杯)日本大会に日本代表として出場することだ。

「韓国の友だちからも『頑張ってね』と言われます。今後も日本でプレーしたいという気持ちです」



7月15日のスーパーラグビー最終節で初スタメンを果たしたサンウルブズの具智元

 かつて日本の本田技研鈴鹿のラグビー部に在籍した元韓国代表の具東春(グ・ドンチュン)を父に持ち、小学6年のときに兄の具智允(グ・ジユン)とともにニュージーランドのウェリントンへ留学。その後、大分県内の公立中学校に編入し、日本文理大付属高校に進学。全国大会と無縁ながら高校日本代表に選ばれた。拓殖大学に進んでからも、20歳以下日本代表の一員として世界と戦った。

 ポジションは右プロップ。8対8で組み合うスクラムでは、最前列右に入って相手選手の重圧を受け止める。強靭な体が求められるポジションだ。

 父も現役時代は、韓国を代表する左プロップの選手だった。具がソウル郊外の実家に帰省してきたときは猛特訓を課し、日本での試合を見れば、その日のうちにアドバイスを送った。

 20歳以下日本代表で具を指導した沢木敬介ヘッドコーチ(現・サントリー監督)は、当時から「具は2019年(のW杯)にプレーしていなきゃいけない選手」と言い続けてきた。2015年まで日本代表のスクラムコーチだったマルク・ダルマゾは、条件さえ整えば彼の母国であるフランスで挑戦させたかったという。いずれにしても、それだけの才能を秘めているということだ。

 具は、2016年に結成されたサンウルブズには、初年度から招集された。日本語を流暢に話し、先輩選手からは「ぐーくん」とかわいがられた。

 しかし、挫折も味わう。当時、サンウルブズのヘッドコーチだったマーク・ハメットにうまくアピールすることができず、専門コーチ不在のスクラム練習では先発組はおろか、控え組にも入れなかった。

 リーグ戦は故障者が続出したこともあり4試合の出場機会を得たが、本職とは違う左プロップだった。同じプロップでも、左右が違えば重圧のかかり方も異なる。両肩で相手と対峙する具にとって、左肩が誰とも触れない左プロップでのプレーは未体験ゾーンに近い。力を発揮できぬまま終わってしまった。

 そして今季も試練は続いた。

「ジウォン、下がるな!」

 今年からサンウルブズのスクラムコーチになった長谷川慎は、8人の姿勢や手足の位置を明確化し、日本人にマッチした低いスクラムを目指していた。

 緻密なシステムを確立するためには、組み合う瞬間に足を後ろに引いてしまう具の癖は見逃せなかった。穏やかな性格が影響しているのかと感じ、とにかく「下がるな!」と繰り返した。

 シーズン開幕前、具はもがいていた。

「全然うまくいかないです。大学のときは足を後ろに下げても押せたんですけど、ここでは自分ひとりが動いたら崩れる。足を下げないように教えてもらっているんですけど……癖になっちゃっていて」

 なかなか白星を挙げられないチームにあっても、具はベンチ入りすらできなかった。それどころか、練習中のケガで長期離脱を余儀なくされてしまう。今年6月に行なわれた日本代表の試合は、テレビ観戦するしかなかった。

「心配でした。みんないい経験をしていて……自分は間に合うのかなと」

 不安は自ら払拭するしかない。7月15日、シーズン最終節。具は本職の右プロップとしてスーパーラグビー初先発を果たした。

 リハビリ期間中、トレーニングをしっかり積んだことでコンディションは整っており、長谷川流のスクラムも反復練習によってものにしつつあった。対戦相手のブルーズの最前列にはニュージーランド代表勢が揃っていたが、具は心に誓った。

「海外はどこのチームも大きく、プレッシャーをかけてくる。でも、8人でまとまれば押せる。自分から押しにいって崩れるのではなく、相手が崩れるまで自分の姿勢を保つ」

 前半1分、ファーストスクラムの機会が訪れた。となりで組むフッカーの日野剛志と体を密着させ、足を下げずに組み合った。

「……いける」

 気温33度という蒸し暑いグラウンドで、長谷川流のスクラムをまっとうした。ブルーズのプレッシャーはあまり感じなかった。

「低い姿勢で8人まとまれば押せると思いました」

 フィールドプレーと呼ばれるセットプレー(スクラムなどの攻防の起点)以外のシーンでも強さを発揮。チーム最多タイの10本のタックルを放った。

 攻撃でも突進役として、何度も相手の防御壁を破った。コンタクトの時、しばしばスキルの高い相手が具を引っ張り込んで球をもぎ取りそうになったが、それは具がその選手に当たり勝ったからこそ起きたことだった。

 そしてノーサイド。48-21。後半30分までフィールドに立っていた具は、チーム最多となるシーズン2勝目を素直に喜んだ。

 長谷川は、具が秘める大きな可能性についてこう語る。

「いろいろな相手の組み方に慣れていって、先に仕掛けることができるようになれば、『しばらく日本にいい3番(右プロップ)が……』となるのですが。真面目で練習も一生懸命やるし、パワーもある」

 さらに長谷川は、今季のスーパーラグビー開幕前に、こんな予言めいたことも口にしていた。

「いきなりチャンスがきたときに『準備していませんでした』と言う人もいれば、ずっと準備をして待っている選手もいる。ジウォンは待っているんでしょうね」

 その言葉通り、ずっとチャンスを待っていた具は、ようやく訪れた機会に満点の回答で応えた。

 2015年のW杯イングランド大会を経験した畠山健介や山下裕史が代表を離れているなか、群雄割拠の右プロップ争いに強烈なインパクトを与えた。

 夏からは兄とともに父の前所属先であったホンダで、国内最高峰のトップリーグへの昇格を目指す。そして11月に行なわれる日本代表ツアーで、テストマッチデビューを狙う。

 統括団体であるワールドラグビーは、2019年のW杯について、アジアでの競技普及というミッションを課している。韓国で生まれ日本で育った大器は、もしかしたら大会を象徴する選手になるかもしれない。