「イエス! P9! イエス! よくやった!」 F1第13戦ハンガリーGP決勝のフィニッシュラインを9位で越え、レースエンジニアのマッティア・スピニの声が聞こえてくると、角田裕毅は声にならない雄叫びで喜びを爆発させた。「XXX!XXX!XXX…

「イエス! P9! イエス! よくやった!」

 F1第13戦ハンガリーGP決勝のフィニッシュラインを9位で越え、レースエンジニアのマッティア・スピニの声が聞こえてくると、角田裕毅は声にならない雄叫びで喜びを爆発させた。

「XXX!XXX!XXX!みんなありがとう、みんながクルマをリペアしてくれたおかげだ!」

 70周のレースを1ストップ作戦で走りきった角田が「タフだったけど、いいレースだった」と振り返ると、スピニはこう返した。

「Goodじゃない、Exceptionalだ。驚異的なレースだったよ」


予選の大クラッシュを乗り越えて9位に食い込んだ

 photo by BOOZY

 暑くてタイヤに厳しいハンガロリンクでは、誰もが2ストップ作戦を採った。

 1ストップで走りきるには、相当なタイヤマネジメントが必要で、タイヤをオーバーヒートさせないよう極めて丁寧なドライビングと、それでいてタイムロスを最小限に抑える絶妙なバランスが求められる。いや、現実的にはそれは不可能だと考えられていたからだ。

 角田も最初は、2ストップ作戦で行くつもりだった。

 チームから「プランCで行くぞ」と1ストップ作戦への切り替えが伝えられたのは24周目で、その時は角田自身も半信半疑だった。29周目にピットインしてハードタイヤに履き替えてからもなお、残り40周を走りきれるとは思っていなかったという。

「正直に言うと、僕はセーフティカーを待っているだけだと思っていたんです。ハードタイヤに交換してからもまだ、1ストップで走りきるとは信じられないくらい、レース前の戦略ミーティングでは1ストップ作戦はあまり考慮に入れていませんでしたから。

 実際、すべてがギリギリでしたし、走っていてマシンのフィーリングはそんなによくはなかった。でも、ペースが周りよりもいいと聞いて、すごく驚きました」

 エンジニアのスピニからは、高速コーナーでどのくらいタイヤをいたわった走りをすべきか、タイヤの状況とペースを見ながら徐々にプッシュレベルを上げていくためのアドバイスが頻繁に与えられた。

【夜を徹して新たにマシンを組み上げた】

 チームはテレメトリーという通信装置でタイヤ各部の温度やスリップ量をリアルタイムで確認し、GPSデータからライバルのペースや車速を見て、相手がどれだけプッシュしているかも監視しながら、どんなレベルでタイヤをいたわるのがベストなのかを角田にアドバイスしてくれる。

 それを参考にしつつ、最後は角田自身が自分の感覚を踏まえて、ドライビングをアジャストしていく。

「裕毅、厳しいのはわかっているが、僕らを信じてくれ。最後にはうまくいくから」

 ハードタイヤを40周保たせることもさることながら、実際には第1スティントのミディアムを29周も保たせたことのほうが大きかった。タイヤのグリップが低下してきてもなお、なんとかそれを維持して耐え抜いた。

 まさに、チーム全体で可能にした1ストップ作戦だった。


角田裕毅はエースとして最高の仕事を成し遂げた

 photo by BOOZY

 その背景には、予選の大きなクラッシュもあった。

 高速のターン5で縁石外の芝生にタイヤを落とし、濡れた芝生でスライド。縁石と芝生の間にあった段差でマシンが底突きをしてコントロールを失い、最後は芝生からコースへ戻る段差でマシンが跳ね、宙に浮いたまま200km/hでバリアに激突した。

 段差を把握しておらず、芝生を使っても大丈夫だろうと甘く見た角田自身のミスに加えて、FIAのコース安全管理の問題もあった。その結果、マシンは大破してモノコック交換が必要となり、RBのメカニックたちは夜を徹して新たに1台のマシンを組み上げることになった。

 今年からパルクフェルメ内で土日のモノコック交換が可能となり、交換してもピットレーンスタートにならなくなったのが幸運だった。壊れたマシンをパルクフェルメ下に置いておき、背後ではスペアモノコックを使ってサスペンション、パワーユニット、ギアボックス、ボディワークと組みつけて、新たな1台を作り上げていく。

 夜の間にその作業を完了させて、日曜朝10時の本来の作業開始時刻になるとFIA技術委員立ち会いのもとで壊れたマシンから引き継げるものは引き継ぎ、マシンのセットアップを完璧に同じ状態へと仕上げていった。その作業はグリッドへと出て行く20分ほど前まで慌ただしく続けられたが、夜の間にマシンの組み立てを行なっておけたからこそ、組みつけやセットアップの精度を極めて高く仕上げることができた。

【4強チーム8台に次ぐ中団の最高位】

 こうしてRBのメカニックたちとエンジニアたちは、予選を走ったのとまったく同じマシンをもう1台、仕立て上げた。そしてピットレーンスタートになることもなく、角田のマシンを10番グリッドへと送り出したのだ。

 もちろん角田も、その苦労と思いは痛いほどよくわかっていた。

 夜遅くまで続いた作業を見守っていたホンダの折原伸太郎トラックサイドゼネラルマネージャーはこう振り返る。

「クラッシュしたマシンをみんな苦労して直しながら、『ポイントを獲ってほしいな』という話をしていたんです。それを裕毅が有言実行でやってくれたんで、みんなの努力が報われてよかったなと思いました。ゴールした瞬間も無線でかなり叫んでいましたし、それを聞いてこっちも感極まるものがありました。昨日からの流れを考えると、すごくいい仕事をしてくれたと思います」

 シーズン前半戦を中団グループ最上位で折り返すためにも、RBが得意とするこのハンガロリンクでは、是が非でもポイントが必要だった。

 レース前に語っていたとおり、角田とRBは最大のライバルであるハースの前でフィニッシュしただけでなく、アストンマーティンの2台も抑えきって、4強チーム8台に次ぐ9位をものにした。

「今週末はコンストラクターズランキングを争っているライバルたちよりも前でフィニッシュすることがとても重要でしたし、特にハースは来週のスパ(ベルギーGP)でかなり速いと思っているので、ここで少しポイントを獲っておけたのはよかったと思います。今はポイントが獲れるレースでしっかり獲ることが重要です」

 クラッシュで痛めた臀部の痛みも口にせず、自分の仕事をやりきってチームスタッフたちの努力に応えた角田裕毅は、そう言ってドライバーの帰りを待つチームの輪のなかに戻っていった。