社会人捕手がドラフト会議で指名されるハードルは高い。 2019年に柘植世那(Honda鈴鹿)が西武に5位指名されて以降、4年間も社会人捕手がドラフト指名されていない状況が続いている。 昨秋のドラフト会議前には、阪神の岡田彰布監督による「キ…

 社会人捕手がドラフト会議で指名されるハードルは高い。

 2019年に柘植世那(Honda鈴鹿)が西武に5位指名されて以降、4年間も社会人捕手がドラフト指名されていない状況が続いている。

 昨秋のドラフト会議前には、阪神の岡田彰布監督による「キャッチャーは高校生よ」という発言が話題になった。プロの捕手は技術を身につけるだけでなく、投手ごとの特徴、配球、サインプレーなど覚えることが膨大にある。時間をかけて高校生の好素材を鍛え上げることを是とする、岡田監督のような考え方も理解できる。

 その一方で、社会人出身の名捕手が球界を盛り上げてきた事実も忘れてはならない。

 大卒・社会人として初の2000本安打を達成した古田敦也(元ヤクルト/トヨタ自動車)は、その代表格。現役選手でも巨人は小林誠司(日本生命)、大城卓三(NTT西日本)、岸田行倫(大阪ガス)と近年の中心的捕手は、すべて近畿圏の社会人出身捕手だ。

 ほかにも木下拓哉(中日/トヨタ自動車)、戸柱恭孝(DeNA/NTT西日本)など、一線級で存在感を示す捕手もいる。アマチュア最高峰の舞台で揉まれた技術と経験は、伊達ではないのだ。


都市対抗予選では攻守に躍動したNTT東日本の野口泰司

 photo by Kikuchi Takahiro

【二度の指名漏れを経験】

 社会人野球最大の祭典である都市対抗野球大会が7月19日に開幕した。今大会は野口泰司(NTT東日本)と石伊雄太(日本生命)というプロ注目の逸材捕手が出場する。今回は強豪社会人チームで攻守にレベルアップした野口にスポットを当ててみたい。

 野口は名城大4年時にNPB8球団から調査書が届き、「ドラフト上位候補」という声もあった強肩強打の捕手である。

 だが、野口は2022年秋のドラフト会議で指名漏れを味わっている。野口は当時の自分を「実力不足でしかない」と振り返る。

 指名漏れの背景には野口のスローイングの問題があった。4年夏に大学日本代表に選ばれた際、右肩を痛めてしまった。秋のリーグ戦はなんとか試合に出場したが、本人のなかで満足のいくパフォーマンスを見せられなかった。その結果、野口にとっては栄徳高(愛知)3年時以来2回目となるドラフト指名漏れの屈辱を味わった。

 NTT東日本に入社した昨季は、ほとんどの試合でDHとして出場している。チームには経験豊かな保坂淳介という正捕手がそびえていた。野口はプロを目指す以前に、保坂という壁を越えなければならなかった。

 ところが、今シーズンに入るやいなや野口は正捕手の座を奪取する。平野宏監督は、野口を起用する理由をこう語った。

「去年は守備力がまったくなかったのでDHでしたが、上田(祐介)コーチと二人三脚で基礎から練習して、やっと試合でマスクを被れるようになりました。もともとバッティングはいい選手でしたから、今は我々も自信を持って彼に捕手を任せています」

 大学時代から攻守にパワフルだった一方、力任せに見えるきらいもあった。ところが、社会人2年目となる今季は、すべての動作でほどよく力が抜けている。野口は自慢のスローイングについて、こんな実感を語った。

「上田コーチに下半身を使ったスローイングを教えてもらって、180度変わりました。極端に言えば、足だけで投げるイメージです。下半身を使わないと安定したスローイングができませんし、バッティングにもいい影響が出ていると感じます」

 力任せからの脱却。野口が急成長した要因はここにある。野口は捕手としての内面的な変化についても語った。

「去年までは力任せ感が強かったのですが、今は頭をつかって投手からの信頼を勝ち取れるように考えています。プレーだけでなく、バッテリーとしてまとめる力が出てきたように感じます」

 先輩の保坂から学んだ点も大きい。野口は「毎日、配球について教えてくれます」と感謝を口にした。

「保坂さんは自分に気づきを与えてくださるので、ありがたいです。捕手として先の先まで考えてプレーされるので、毎日勉強させてもらっています」

【都市対抗予選では打率.455と大活躍】

 4番打者を任される打撃面も大きく変貌している。大学時代はバットを右肩に担いで低い重心で呼び込む、いかめしいスタイルだった。ところが今はスタンスを狭めてバットを立てて構え、悠然とした雰囲気を醸し出す。

 野口の前の3番に座っているのは、社会人を代表する強打者・向山基生。その向山と打撃スタイルが似通ってきた点を指摘すると、野口は苦笑を浮かべてこう答えた。

「向山さんとは一緒に練習させてもらっているんです。ただ、マネしようとは思っていないんですけどね。大学の時は『自分が打たないと勝てない』と思っていましたが、社会人は状況に応じてチーム打撃ができないと勝てません。自分の場合は当たれば飛ぶとわかっているので、バッティングも社会人らしく頭を使って、力任せではなくシャープに振ることを意識しています」

 NTT東日本は昨年、都市対抗東京二次予選で第二代表決定戦に進出したものの、そこから悪夢の3連敗を喫して本戦出場を逃した。秋の日本選手権も関東予選で敗退し、二大大会に出場できない屈辱を味わっている。

 野口が正捕手に座った今年、NTT東日本は破竹の勢いで都市対抗東京二次予選を勝ち進んだ。初戦でゴールドジムベースボールクラブを8対0で破ると、続いてJR東日本を5対4、東京ガスを7対2で破って第一代表として都市対抗出場を決めた。

 野口は3試合すべて第1打席でタイムリーヒットを放つなど、打率.455、4打点と活躍。優秀選手賞を受賞している。

 野口は大学1年時から社会人2年目の今に至るまで、「背番号35」をつけ続けている。その理由を聞くと、野口は「意味はないんですけど、番号が空いていたので社会人でもつけさせてもらいました」と答えた。

 来年は、別の形で「背番号35をつけたい」と言えるようになるといいですね──。そう伝えると、野口は意図を察知したのだろう。笑ってこう答えた。

「それがいいですね。そう言えるくらいの選手になりたいです」

 都市対抗本戦でも普段どおりの実力を発揮できれば、野口泰司はバックネット裏から今までにないほどの熱視線を浴びるに違いない。