西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 第6回 ラミン・ヤマル日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。今回は、ユ…

西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第6回 ラミン・ヤマル

日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。今回は、ユーロ2024で大活躍。スペインの優勝に貢献した17歳、ラミン・ヤマルです。

【軸足リードのドリブルの利点】

 6歳でバルセロナのラ・マシアに入る。15歳でトップチームデビュー、16歳1カ月でスペイン代表デビュー。ユーロ2024の決勝こそ17歳になっていたが、準決勝時点では16歳だった。



ユーロ2024でスペインを優勝へ導いたラミン・ヤマル。大会の最優秀若手選手賞を獲得 photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

 準決勝のフランス戦では巻いて内ポストに当てて入れる同点のミドルシュートを決め、決勝のイングランド戦ではニコ・ウィリアムズの先制点をアシストした。しなやかなドリブルが特徴だが、左足の正確なキックこそ最大の武器だろう。

 左利きの右ウイング。ドリブルの形としては、軸足リードだ。

 右足を前方に置き、利き足の左でボールタッチ。懐の深い持ち方をする。逆サイドにいる右利きの左ウイング、ニコ・ウィリアムズは右足の前にボールを置く持ち方で、ヤマルとは対照的。どちらがいいというより、それぞれの個性なのだが、ヤマルは軸足リードの利点を最大限活用している。

 まず、対峙するDFからボールが遠い。ニコ・ウィリアムズのようにボールを"さらす"持ち方よりも、ボールが遠いのでDFは安易に足を出せない。懐に入れている分、そこからボールを前へ運ぶまでに時間があり、その間にDFの反応を見ることができるので逆を突きやすい。

 さらに、縦へ運ぶ際にはボールと一緒に左足を前方へ動かしてスプリントの一歩目を大きく踏み出せる。さらす持ち方では、ボールをプッシュした足が詰まる感じになるので、軸足リードのほうがスムーズさはある。

 最大の利点は、しばしばDFが立ち位置を間違えること。ヤマルの体の軸ではなく、ボールに正対してしまうのだ。そうすると、軸足リードで右足が前に出ている分、縦に抜く場合にはボールを動かす前にヤマルはすでに一歩または半歩、DFより前にいることになる。もともとスピードがあるうえ、スタートラインがDFより前というアドバンテージがあるわけだ。

 逆に、DFがヤマルの体の軸に対して守るなら、懐からボールを左側へ持ち出して容易にカットインできる。DFから遠い位置にあるボールを、さらに遠くへ運ぶのでタックルは届かない。

【懐にあるボールをそのまま蹴り出せる】

 ここまでは軸足リードの一般的な利点だが、ヤマルにはプラスアルファのアドバンテージがある。

 懐にしまってあるボールを、ほぼそのままの体勢で蹴り出せるのだ。DFが縦突破を警戒して体のほうに正対した際、ヤマルは左足アウトで切り返すことなく、そのまま左足でクロスを蹴ってしまうことがある。緩く縦へボールを運びながら、DFの右側の空間にボールを通してしまうのだ。

 しかも、この懐から蹴り出すようなキックの精度がすばらしく、空中にボールを置くようなクロスボールを蹴る。バレーボールのトスのようなクロスをゴール前にいる味方の頭上にピタリと合わせる。

 ウエイトは右足のほうにかかっていて、体も右へ傾いているのに、左足のキックの瞬間には軸足の右足が地面から離れていることも多い。一瞬で蹴り足加重に切り替えている。このしなやかさは独特だ。

 左足の外へ置いた、遠くにあるボールを正確に蹴れるので、キックフェイントの切り返し幅も大きい。さらにキックフェイントで縦へ持ち出すとみせて、再度カットインを狙う動きもスムーズにできる。リーチの長さと体の柔らかさ、遠くに置いたボールを正確に蹴る能力の合わせ技で、抑えがたい複数の型をものにしている。

【ウイングは早熟の天才のためのポジション】

 ウイングは早熟の天才のためのポジションと言えるかもしれない。

 ジョージ・ベスト(北アイルランド)は17歳の時にマンチェスター・ユナイテッドでデビュー、22歳でバロンドールを受賞した。クリスティアーノ・ロナウド(ポルトガル)がスポルティングでデビューしたのも17歳、翌シーズンにはマンチェスター・ユナイテッドに移籍してクラブのエースナンバーである7番をつけた。リオネル・メッシのバルセロナでのデビューもやはりウイング。年齢も17歳だった。

 ヤマルは偉大な先輩たちより早い15歳のプロデビューだったわけだが、10代でデビューする選手はウイングであることが多い。17歳の時にマンチェスター・ユナイテッドでボランチとしてデビューしたコビー・メイヌー(イングランド)のような例もあるが、フィジカルの強さと経験を求められるセントラルMFのレギュラーポジションを10代の選手が獲るケースは珍しい。

 ウイングに求められるのは速さ、そしてドリブルの突破力、得点力。プレーの制約が比較的少なく、才能に任せて思いのままにプレーできる点で、10代の選手にフィットしやすいポジションと言える。古くはアルフレード・ディ・ステファノ(スペインほか)やボビー・チャールトン(イングランド)もデビュー時はウイングだった。

 ヤマルは天性のウイングプレーヤーに見えるが、このまま右サイドでプレーし続けるかどうかはわからない。ディ・ステファノ、チャールトン、ロナウド、メッシがその後、中央へポジションを移しているように、ヤマルも数年後には違うポジションでプレーしていても不思議ではない。

 現在でもサイドに張りっぱなしではなく、スペインのウイングの流儀としてハーフスペース(サイドと中央の間)でのプレーも多い。将来的にはそちらが主戦場になっていく可能性もあるのではないか。

【場数を踏み、トライし続けることで選手は伸びる】

 スペイン代表ではレギュラーポジションを獲得し、ユーロ2024優勝の立役者にもなったが、バルセロナには同じポジションにブラジル代表のラフィーニャがいる。新シーズンはシャビ・エルナンデスからハンジ・フリックへ監督が代わることもあり、ヤマルのポジションが保証されているわけではない。ただ、バルセロナでプレーすることは間違いなく、さらなる成長へつながると考えられる。

 バルセロナは伝統的にウイングを重視している。ボール保持力は抜群で、普通のチームでは考えられないくらい多くのパスが供給される。ウイングが孤立することはなく、格段にプレー機会が多い。

 昨季、バルセロナにおけるヤマルはすばらしいプレーをする反面、まだミスも多かった。ただ、6歳からこのクラブの哲学の下で成長してきた選手なので戦術的な適応力は高く、何よりまったく臆することなくチャレンジを続けていた。

 トライし続けることで選手は伸びる。トライすることでエラーも起きるが、場数を踏むことでミスは減っていく。仮にヤマルが弱小チームでプレーしているなら、プレー回数自体がかなり制限されて経験値はなかなか上がらず、成長のカーブは緩やかなものになってしまうだろう。

 ドリブル突破だけでなく、得点やアシストというわかりやすい結果を出すために不可欠なキックの威力があり、年齢は若いが戦況判断も的確にできる。あと20年もプレーできそうなだけに、将来どんなプレーヤーになっているか想像できないくらいだ。