勇気を振り絞って罠を仕掛けた。3-2とリードして迎えた後半アディショナルタイムの94分。柏レイソルがPKを獲得した大ピンチで、川崎フロンターレの守護神チョン・ソンリョンは、石野智顕GKコーチの言葉を思い出していた。「PKやFKの情報を石野…
勇気を振り絞って罠を仕掛けた。3-2とリードして迎えた後半アディショナルタイムの94分。柏レイソルがPKを獲得した大ピンチで、川崎フロンターレの守護神チョン・ソンリョンは、石野智顕GKコーチの言葉を思い出していた。
「PKやFKの情報を石野コーチがいつも共有してくれて、今日も(マテウス・)サヴィオ選手が僕から見て真ん中か左に蹴ってくると。なので、ほんの少しだけ左を空けておいて、最後の最後まで我慢して先に飛ばないようにしました」
柏のMFマテウス・サヴィオはデータ通りに、ソンリョンから見て左側を狙ってきた。しかも、コースがやや甘い。完璧に阻止したソンリョンは次の瞬間、駆け寄ってきたMF大島僚太やMF瀬古樹らに鬼気迫る表情で何かを叫んでいた。
こぼれ球に柏のDF川口尚紀が真っ先に反応してクロスをあげるも、ハンドでPKを献上していたMF橘田健人がブロック。状況が右CKに変わっていたからだ。
「みんなが『よくやった』と言ってきたけど、そんなに時間もなく、次のCKへの準備をしなきゃいけなかったので。そのなかで最後まで集中できたと思います」
■「信じて次へ準備し続けるしかない」
柏のホーム、三協フロンテア柏スタジアムに乗り込んだ20日のJ1第24節を、川崎は6戦連続で白星なし、直近の5試合はすべて引き分ける苦境で迎えていた。
しかも前節までの4戦は、すべて75分以降に追いつかれていた。理由は明白。追加点を奪えないまま、前半から飛ばしていた反動で後半に失速する。降格圏のチームに勝ち点差で迫られていたなかで、ソンリョンは必死に前を向いていた。
「自信がなければ、10連敗とかしている。些細というか、本当に小さな運や流れといったものの差だと思うので、自分たちを信じて次へ準備し続けるしかない」
守護神の言葉通りに柏戦は違った。開始4分。左膝半月板損傷から約3カ月半ぶりに復帰したDF三浦颯太のクロスを、FW山田新がボレーで合わせて先制した。
「怪我人を含めて、みんなが少しずつ戻ってきて、チームがひとつになっている」
ベンチ入りメンバーでは最年長の39歳のソンリョンも、J2ヴァンフォーレ甲府から今シーズンに加入した三浦のJ1初アシストを喜ぶ。わずか6分後の10分には、FW家長昭博が右からあげたクロスに再び山田が今度は頭で合わせた。
喉から手が出るほどほしかった追加点を、あっという間に奪った2分後。左サイドからサヴィオが放った直接FKを、ファーでDFジエゴが折り返したゴール前。MF白井永地が頭で流し込んだ一撃を、ソンリョンは阻止できなかった。
■雨の中で試合は振り出しに
再び1点差となった展開で、先にゴールしたのは柏だった。67分。左CKをソンリョンがパンチングで逃れるも、こぼれ球に誰も寄せていかない。キャプテンのMF脇坂泰斗が慌てて阻止しにいくも、とてもじゃないが間に合わなかった。
MF山田雄士が余裕をもってあげたクロスに、ファーでFW垣田裕暉に完璧に合わされる。鹿島アントラーズから4日に完全移籍で加入し、初先発した垣田が頭で決めた今シーズン初ゴールが、雷鳴がとどろく雨中の一戦を振り出しに戻した。
しかし、中断前で最後の一戦に臨んでいた川崎の選手たちは、敵地でどんなに追いつめられようと絶対に下を向かない。悪い流れを断ちきったのは脇坂だった。
(取材・文/藤江直人)