阪神甲子園球場が8月1日で開場100周年を迎える。本拠地とする阪神タイガースは1935年の球団創設以来、数多くの名場面、名勝負を繰り広げてスタンドを沸かせてきた。日本プロ野球歴代3位の通算320勝を挙げた小山正明氏(89)=デイリースポー…

 阪神甲子園球場が8月1日で開場100周年を迎える。本拠地とする阪神タイガースは1935年の球団創設以来、数多くの名場面、名勝負を繰り広げてスタンドを沸かせてきた。日本プロ野球歴代3位の通算320勝を挙げた小山正明氏(89)=デイリースポーツ評論家=が、甲子園球場の思い出を語った。

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 鮮やかな緑の芝に黒土。すり鉢状のスタンドにせり出すような銀傘。そして他の球場にはない独特の雰囲気。甲子園のマウンドに初めて上がった時の感動は、今でも忘れないよ。

 本格的に野球を始めた小学生の頃から「甲子園で投げたい」と憧れた。

 当時の全国中等学校優勝野球大会(現全国高等学校野球選手権大会)を見て、その思いがより強くなってね。地元兵庫の高砂高では縁がなくて、近くて遠い存在だったけれど、本拠地とする阪神タイガースでプレーする機会に恵まれた。プロ通算320勝のうち91勝を甲子園で挙げたと教えてもらったが、数え切れない思い出があるよ。

 1962年の2リーグ分立後初の優勝はもちろん、「ナイター開き」となった56年5月12日の巨人戦はとても印象に残っているね。

 先発した渡辺省三さんの後を受けて2番手で3回を投げて、八回に右前へ2点タイムリーも打って勝利投手になった。ナイター照明は当時既に、後楽園球場や中日球場(ナゴヤ球場)にあったけど、甲子園のカクテル光線の具合はまた独特でね。初めて明るく照らされたスタンドの景色は今でもよく覚えている。

 私が現役の頃は巨人戦以外のカードはスタンドのお客さんもまばらだった。近年の毎試合、4万人を超えるお客さんでぎっしりと埋まっている観客席を見ると、「ここまで来たんだな」と感慨深いものがある。今の選手たちは本当に幸せだなと思う。

 あの大歓声を受けてグラウンドに立つ心地良さ、喜びは格別。感動の極みですよ。甲子園は野球人にとっての憧れの場所であり、目標の場所。若い人たちには最高の舞台でプレーできる喜びを感じながら、これからも大いにお客さんを沸かせてもらいたいね。

 ◆小山 正明(こやま・まさあき)1934年7月28日生まれ、89歳。兵庫県出身。現役時代は右投げ右打ちの投手。高砂から53年、阪神にテスト生として入団。64年に山内一弘との『世紀のトレード』で東京へ移籍。73年の大洋を最後に現役引退。阪神、西武、ダイエーで投手コーチを務めた。主なタイトルは最高勝率(62年)、最多奪三振(62年)、沢村賞(62年)、最多勝(64年)。通算856試合320勝232敗、防御率2・45。01年野球殿堂入り。