日本選手権5000mで際立つ走りを見せた鶴川正也(右)と黒田朝日 photo by Wada Satoshi 6月下旬、新潟で行なわれた陸上日本選手権男子5000mでは、青山学院大のふたりのランナーが終始、主役であり続けた。終始粘りの走りで…


日本選手権5000mで際立つ走りを見せた鶴川正也(右)と黒田朝日

 photo by Wada Satoshi

 6月下旬、新潟で行なわれた陸上日本選手権男子5000mでは、青山学院大のふたりのランナーが終始、主役であり続けた。終始粘りの走りで日本人学生最高記録をマークし4位入賞を果たした鶴川正也に、前半から攻め続けた黒田朝日。特に鶴川は、大学駅伝界の王者・青学大にあっていまだ箱根路を踏んでいない最上級生だけに、今季に賭ける思いは強い。

 それゆえ、トラックシーズンから結果を残すべくスピードを磨いてきた、と思いきや、鶴川のコメントから出てきたのは----。

【粘りの走りで17年ぶりの記録更新】

 陸上・日本選手権の男子5000mは、パリ五輪の参加標準記録(13分05秒00)突破を目指して、序盤からハイペースの展開になった。

 この高速レースに青山学院大4年の鶴川正也は必死に食らいついた。

「全員が格上とわかっていたので、自分が引っ張るとかどこで出るとか、そういうプランは全然なかった。"ただ勝つ。最後、勝って終わる"ということが僕の目標であり、レースプラン。パリ(五輪)を狙っている遠藤日向さん(住友電工)や塩尻さん(和也/富士通)にも"絶対に勝ってやろう"と思っていました」

 鶴川は、今季、学生長距離界を最も賑わせているひとり。そんな強い気持ちを持って、日本選手権に臨んでいた。

 しかしながら、想像以上のハイペースに鶴川は音をあげそうになったという。

「1000mが2分35秒。(速過ぎたので)"やばい"って思い、1000mできつくなってしまいました。自分のメンタルとの勝負でした」

 だが、鶴川は気を緩めるわけにはいかなかった。なぜなら、後輩の黒田朝日(3年)がペースメーカーのすぐ後ろに付いて積極的にレースを進めていたからだ。鶴川にも先輩としての意地があった。

「朝日が前にいたので、絶対に前に行かないといけない。何回か離れかけたんですけど、何回も、何回も、粘ることができました。朝日が最初に頑張ってくれたので、負けじと(力を)絞り出して最後まで行けました」

 我慢比べの様相を呈したレースは、歴代の王者たち――松枝博輝(富士通)、坂東悠汰(富士通)、遠藤、塩尻でさえ、次々に後退していった。

 それでも、鶴川は必死に先頭集団で粘った。優勝の行方は、ラスト600mで5人に絞られたが、大学生でただひとり、先頭集団に食らいついた。

 最後は伊藤達彦(Honda)に突き離されたものの、学生最上位の4位でフィニッシュ。入賞のみならず、記録も13分18秒51と、2007年に竹澤健介(早稲田大学OB)がマークした従来の記録(13分19秒00)を上回り、屋外の日本人学生最高記録を打ち立てた。

 鶴川は、5月の関東インカレ(2部)では留学生をも破って5000mで優勝しており、勢いそのままに日本選手権でも躍動した。

【スピード練習なしの距離走中心で5000mに出場】

 走り終えたあとは喘息の発作が出て、しばらく立ち上がれなかった。

 実は、レース2週間前にアキレス腱を痛めてしまい、この2週間は負荷の高い練習をこなせなかったという。

「トレーニングがあまりできていなくて、(5日前の)日曜日に刺激を入れた(レースに向けて体に負荷をかける練習)だけだったんです。でも、試合になったら自分を限界まで追い込めるタイプなので、それでいけるかなと思ったんですけど......」

 目論見どおりにはいかなかったが、はたから見れば十分健闘に映っただろう。だが、本気で優勝を狙っていただけに、鶴川は「悔しいです」という言葉を連呼していた。

 一方で、国内最高峰の舞台で得た手応えも大きかった。

「発作が出るぐらい追い込めたので、また一歩強くなれた。次は勝てると思います」

 鶴川がこう言いきるのには、確かな理由があった。それは、現状での青学大の練習にある。

「青学では今の時期、スピード練習を全くやっていません。毎週21kmとかの距離走があります。先週の土曜日も暑いなかクロカンコースを使って距離走をしました。こんな練習は(5000mに出場した)ほかの選手はやっていないと思います。

 トラック練習が足りていない分、ラストのキレがなくて負けてしまいましたが、粘れたのは、絶対にそのスタミナのおかげだと思うんです」

 まだまだトラックシーズン真っ只中にもかかわらず、青学大はすでに駅伝を見据えた練習に入っていた。

 もちろん4位という順位の価値に変わりはないが、5000mに特化した練習を積んで日本選手権に臨んでいたら、どんな結果になっていたのだろうと想像してしまう。

「もっと練習して、実業団に行って5000mの練習をやったら、絶対に行けると思う。また次、頑張ります」

 こう決意を表明する鶴川の未来に、いやが上にも期待が高まった。

【実力者揃いの1年生が目立たなかったワケ】

 今回の日本選手権には、青学大から鶴川、黒田、折田壮太(1年)の3人が出場。また、同時開催のU20日本選手権には、3000m障害に黒田然、5000mに安島莉玖、小河原陽琉、飯田翔大、遠藤大成、橋本昊太と多くのルーキーが出場した。

 しかしながら、鶴川の快走と黒田のチャレンジングなレースを除くと、実力者ぞろいの1年生たちがこぞって14分台と奮わず、いささか寂しい結果に終わっていた。そのことが気になっていたが、鶴川の話を聞いてチームがこのようなフェーズに入っていたのを知り、合点がいった。

 とはいえ、青学大がトラックをおろそかにしているというわけではない。

「駅伝で戦っていくなかでも、トラックの5000mなど比較的短い距離のスピードはやっぱり必要なのかなと思っています。そのなかで青学のメンバーも、しっかりトラックで走れる力が付いてきている」

 黒田はこんなことを話していた。

 確かに青学大は駅伝の活躍の印象が強いかもしれないが、今年の関東インカレではトラックでも強さが光った。

 思い返せば、昨季のトラックシーズンも決して悪かったわけではない。昨年度の関東インカレでは、3000m障害で小原響(現・GMOインターネットグループ)が大会新記録で優勝し、1500mを宇田川瞬矢(現3年)が制したほか、鶴川の5000m3位をはじめ多くの入賞者を輩出している。さらに、日本選手権でも、小原が3000m障害で4位入賞を果たしている。

 しかし、ライバルの駒澤大がトラックシーズンにそれ以上のインパクトを残したために、駅伝シーズンを迎える頃にはすっかり青学大のトラックの印象が薄れていた。箱根駅伝よりも距離が短い出雲駅伝と全日本大学駅伝で優勝争いに絡めなかったことも、その一因だったかもしれない。

 年々、大学長距離界のレベルが上がっている印象があるが、大学ごとに箱根駅伝に向かっていく道筋は異なる。青学大の場合、このように早い時期から準備を始めることが、箱根の強豪としてあり続けるための策なのだろう。

 関東インカレの際に鶴川は「青学大に入ったのは、箱根駅伝で活躍したい、優勝に貢献したいという気持ちがあったから」と、いまだ経験していない箱根駅伝への思いを口にしていた。一方の黒田朝日も「青学は駅伝で勝つチームなので、学生のうちは青学の流れに乗ってやっていきたい」と話した。これほど箱根駅伝に向けたチームの意志は揺るぎないものなのだ。

 トラックシーズンに強烈なインパクトを残してなお、駅伝シーズンに向けても隙を見せるつもりはない。