(18日、全国高校野球選手権青森大会準々決勝、八戸学院光星1―6青森山田) 人は、吹っ切れたとき、ふと笑ってしまうことがある。八戸学院光星の洗平(あらいだい)比呂投手(3年)が、マウンドでそんな表情を見せた。 1年夏から活躍し、昨夏の甲子…

 (18日、全国高校野球選手権青森大会準々決勝、八戸学院光星1―6青森山田)

 人は、吹っ切れたとき、ふと笑ってしまうことがある。八戸学院光星の洗平(あらいだい)比呂投手(3年)が、マウンドでそんな表情を見せた。

 1年夏から活躍し、昨夏の甲子園は、エースとしてベスト8に貢献。今春の選抜も経験した。

 だが、最後の夏は飾れなかった。春に左ひじを疲労骨折し、回復が間に合わなかった。

 選抜8強の青森山田との大一番。「先発は洗平しかいない」とチームに託され、打たれることは覚悟して登板した。

 一回を三者凡退で切り抜けたものの、本来の球威はなかった。でも、「抑えることができて、勝手に笑みがこぼれました。楽しかったです」。

 最速147キロの速球で力投した、かつての姿はない。変化球でかわすしかなかった。四回、スライダーを2点本塁打され、みずから降板した。「できる限りの力を出したかった」と、涙を流した。

 仲間の多くは、「打の光星」にあこがれて入部した。洗平投手は、「投の光星」という新しいカラーを加えた。青森を代表する左腕として、記憶に残る大黒柱だった。(渡部耕平)