スペインは、シンプルに「サッカー」で強かった。自分たちでボールを握り、つなぎ、運び、スペースや時間を自在に操りながらゴールに迫り、とことん能動的に試合を制していた。相手が守りを固めて必死になればなるほど、その凡庸極まりない戦いを攻め崩した…

 スペインは、シンプルに「サッカー」で強かった。自分たちでボールを握り、つなぎ、運び、スペースや時間を自在に操りながらゴールに迫り、とことん能動的に試合を制していた。相手が守りを固めて必死になればなるほど、その凡庸極まりない戦いを攻め崩した。

 ユーロ2024は、スペインの完全優勝で幕を閉じた。



イングランドを破りユーロ2024優勝を果たしたスペインの選手たちphoto by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

 7月14日、スペインはユーロ2024決勝でイングランドと対決したが、序盤から「サッカー」で格の違いを示している。

 大会MVPに選ばれることになったMFロドリは、準決勝フランス戦でエンゴロ・カンテのマンマークを受けたように、この日もフィル・フォーデンに"つきまとわれて"いた。ほかにもニコ・ウィリアムズがカイル・ウォーカーに、ラミン・ヤマルがルーク・ショーにぴったり張りつかれ、攻撃の制約を受けている。その結果、試合自体がやや停滞した印象になった。

 しかし、"そうした対処をしないと勝てない"という弱者の兵法に敵を追い込んでいた。

 イングランドは「負けない」ため、自ら攻め手を限定していた。フォーデンやウォーカーは守備に追われる。マンチェスター・シティで彼らがすばらしいのは、そんな理由ではないはずだ。

 スペインは、弱者の兵法に慣れていた。MFのファビアン・ルイス、ダニ・オルモがFWアルバロ・モラタと連係しながら、ライン間を行き来して、少しずつ防御線を歪ませる。また、サイドバックのダニエル・カルバハル、マルク・ククレジャが高い位置を取ることで、攻めに厚みを加える。そして、センターバックのエメリク・ラポルトが自らボールを持って攻め上がる。

 どこかを抑えられても、違う場所で優位を作り出せた。

 後半立ち上がりの先制点は象徴的だろう。バックラインからのつなぎで、ファビアンのパスが右サイドのカルバハルに入る。カルバハルはダイレクトでヤマルへ。この一瞬で相手マークを外していたヤマルは、横にボールを運ぶ。オルモが縦に突っ込む動きをすることで囮になり、敵を釣る。そして左サイドでフリーになったニコにパスが通ると、完全にウォーカーの逆を取り、左足で流し込んだ。

 瞬間的にズレを作る、論理性や再現性が高いゴールだった。

【チームの能動性が極まったゴール】

 もっとも、スペインはジュード・ベリンガムには手こずっていた。

 ベリンガムは卓抜とした個だった。ヤマルからボールを奪い、ふたりを相手にキープし、3人を一発のターンで置き去りにした。そして73分、右サイドのブカヨ・サカがバックラインの前に折り返したクロスを、ポスト役になって落とし、交代出場のコール・パーマーの一撃を演出した。

 これで同点に追いつかれたのだが、スペインは動じなかった。

 前半が終わって、ロドリが負傷交代を余儀なくされていた。これは誰が見ても危機のはずだった。現代最高のプレーメーカーの不在が、マイナスにならないはずはない。ところが、スペインのチームとしての戦い方は変わらなかった。

 代わりに入ったマルティン・スビメンディが遜色のないプレーで、スペインの「サッカー」を稼働させる。スビメンディは積極的にボールを受け、動かした。そして相手ボールを潰し、サッカーをさせない。81分には敵陣でボールを強引に奪うと、拾ったニコがオルモとつなげて、ヤマルの決定機に。これは相手GKに防がれるが、「サッカー」で上回っていた。

 逆転弾は時間の問題だった。

 86分、バックラインのラポルトから入ったボールをファビアン、オルモがライン間でパス交換した後、交代で入ったミケル・オヤルサバルに縦パスをつける。オヤルサバルは左のククレジャにダイレクトで振ってゴール前に入ると、ダイレクトで戻ったボールを右足で合わせネットを揺らした。チームの能動性が極まったゴールだった。

 スペインは、大会を通じて7戦7勝。「サッカー」を見せ続けたと言えるだろう。クロアチア、イタリア、ドイツ、フランス、イングランドはそれぞれ強烈な個を擁していたが、スペインはボールを前に運ぶ仕組みにおいて上回っていた。

 その点で今回の優勝は、「サッカー」の勝利とも定義できる。

 カタールW杯後にスペインを率いることになったルイス・デ・ラ・フエンテ監督が、「サッカー」を選んだからこそ、この戦いは生まれた。平凡な監督は、ニコやヤマルに「ハードワーク」とやらを押し付け、サッカーを退屈にさせる。自分たちがボールを持つという「正義」で勝つことができれば、守りでの消耗を最低限に抑えられる。徹底したボールプレーで、相手をノックアウトできるのだ。

 その結果、3試合連続得点のオルモという「タリスマン(スペイン語で護符、魔よけ)」も"降臨"した。彼がいれば負けない。そうなった集団は、信じられない力を手にする。おかげでジョージアやフランスに先制されても簡単にひっくり返し、ドイツ、イングランドに追いつかれても引き離すことができた。まさに、王者のサッカーだった。

「我々こそが、ヨーロッパの王だ!」

 スペイン大手スポーツ紙『マルカ』の見出しには、少しの誇張もない。

 ユーロ2012以来、12年ぶり4度目の優勝。スペインは単独で最多のユーロ優勝回数を誇ることになった。